怪猫-kaibyo-
林 風也
第1話「躁遇-sougu-」
土砂降りの雨が降り注いでいる。
この時期の台風は過去に類を見ないほど大型で、一週間以上も長期に渡って日本列島を通過していた。
都心から外れた住宅街の一角にある小さな公園。
そんな土砂降りに打たれながら、地面にうつ伏せになる少年がいる。
「ほら! こっちだ! もう少し!」
少年は公園の隅にある下水道に向かって、必死で手を伸ばしていた。下水道の水は、土砂降りの雨のせいでものすごい濁流と化していた。
「もう少し……、くっ、もう少しなのに……」
この時、少年は何を思い、何のために、何をしようとしていたのか。
少年の思いは、土砂降り雨に激しく打たれ、濁流とともに流されていった。
その出来事から五年後。
「今日もいい天気だな」
燦々と太陽の光が射し込む学校の教室。そこに一人の高校生がいる。
イマドキの無造作ヘアに少しだけ気崩したブレザーの制服、椅子に気だるそうに座りながら窓の外を眺めていた。
「ねえ、カイト、またこのニュースだよ」
その高校生は隣に座る女子高生に"カイト"と呼ばれた。
カイトは女子高生が見せてきたスマホの画面をのぞき込むと、眉間にシワを寄せる。
「ハルナ、また化け猫の話か? 馬鹿らしい」
カイトに"ハルナ"と呼ばれた女子高生が見せてきたのは、SNSやネットニュースで話題になっている"都市伝説"だ。
都市伝説とは、発祥や根拠が曖昧な現代社会に広がる噂話のこと。嘘か本当かもわからないが、一部では熱狂的なマニアがいるほど爆発的に流行している。
そんな中、最近流行している都市伝説が「怪異・化け猫」である。
土砂降りの雨の日、人間ほどの大きさの化け猫が現れては人々を襲うというもの。
襲われた人は決まって、背中に大きな傷を残され病院へ運ばれているのだ。
幸いにも死者は出ていないが、その被害は都心を中心に広がり、現在では30人以上もの被害者が出ていた。
「でもカイト、やっぱり怖いでしょ? ただ都市伝説で済まないくらいじゃん?」
ハルナはスマホの画面を見ながらも、その表情からは不安が窺えた。
無理もない、多くの被害はカイトやハルナが住んでいる町の付近で起きていたからだ。
「そもそもその被害の状況もあくまで噂で、ネットが誇張して拡散している情報かもしれないだろ?」
テレビのニュースはあくまで"連続通り魔事件"として報じている。
SNSやネットは、そんな話を面白がって誇張し拡散しているのだ。
「カイトって、そういうとこ冷めてるっていうか……、つまんない男だね」
「何言ってんだハルナ、高校生にもなって"化け猫怖ーい"なんて言ってる奴の方がヤベェだろ」
カイトはこういった類の都市伝説にはまったく興味がない。
周りの同級生がSNSやネットの話に夢中になる中、冷めていると思われても無理はないだろう。
「あれ? 雨?」
ハルナは椅子から立ち上がると窓際へ駆け寄った。
さっきまであれほど晴れていた空がみるみる曇り出し、途端に雨へと変わったのだ。
「マジかよ、傘なんて持ってきてねーぞ」
カイトもハルナの後を追って窓際へ移動すると、ため息をつきながら空を見上げる。
教室の窓に打ち付ける雨は、止む様子もなく次第に強くなっていった。
「カイト、どうする? 私は止むかもしれないから、もう少し学校で待機してる」
「俺はバイトがあるから早く帰らないと。仕方ねーけど、走って帰るわ」
カイトは普段、"E.U"という衣料品店でアルバイトをしている。
この日も夜には短時間のシフトが入っていたため、一度家に戻り支度をする必要があったのだ。
「ハルナ、また明日な!」
カイトは覚悟を決めると、どんどん強くなる雨の中へと飛び出す。
顔に打ち付ける雨は、痛みを感じるほどだ。目の前の視界も灰色がかってハッキリ見えない。靴の中では雨が入り込む嫌な感触も襲う。
カイトの気分は最悪だった。
視界が狭まる中、住宅と住宅の間にある狭い路地がカイトの視界に入った。
整備されていない道ではあるが、ここを通り抜ければ早く家に着くことが出来る。カイトは迷わず路地へと駆け込んだ。
その時だった。
目の前に大きな黒い影が見えた。
それは丸みを帯び、まるで人間ほどの大きさの猫のようなシルエット。カイトは思わず足を止めて、目を細めるように"それ"を視界に捉えようとした。
「ニ゛ャーーーオ」
地に響き渡るような低い轟音。いや、それは猫の鳴き声。
カイトの体は蛇に睨まれたカエルのように、頭の先から足の先まで小刻みに震えながら硬直してしまった。
「嘘だろ……」
同時に雷鳴も鳴り響く中、"それ"は確かにカイトの目の前にあった。
次回
第二話 悲謎-himei-
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