二十三

 原稿用紙三十枚の短篇小説を、三篇、書こうと決めた。新刊で短篇集を出したいと思ったのだ。この三十枚というのは、文学賞の規定で採用されることの多い枚数でもあり、この限られた紙幅のなかで物語を紡ぐ練習のひとつにもなるだろう。もちろん、練習だから手を抜くということはしない。昨年の秋のイベント会場からの帰り道のことを想起する。あのとき実感した自作への不甲斐ない気持ちを、もう二度と繰り返してはならない。


 駅の待合室はひとが疎らで、皆、運行が再開するのを待ち遠しそうにしていた。腕を組んで窓の外をじっと見たり、新聞や小説に目を落としたり、スマホを触ったりして、いまの状況がなにか変わらないものかと、ときおり、赤色の文字で運休を報せているモニターに目をやっていた。


 わたしには才能がないのだと、何度も痛感させられてきた。しかし鹿野が言う通り、才能がない、駄作しか作れない、そういうことを公言するのは、自分の作品を読んでくださる方々に失礼である。それでも気持ちの上では、自分の実力不足を痛感している。実家に帰り次第、着手する予定でいる三十枚の短篇小説は、そうした自信のなさを払拭できるようなものにしたい。


 その上で、執筆に際し重点を置くべきなのは、物語に重厚さを持たせることだ。紙幅は限られているものの、次々に事件を起こして、読者を飽きさせないような工夫をする。むかし、わたしの小説は「物語性」がないと言われたことがある。それは、同人誌即売会で自作を手に取ってくださった方からの批評だった。その批評は、わたしを突き動かしてくれた。そして「物語性」を意識して作りはじめたのが、かの「青春漫才小説」ともいえる連載作だった。


 そういえば、私小説を書いたのは、昨年のこの頃だった。心機一転、これから創作活動をやり直すのだという決意を、大学院生のときの、勝手に師と仰いでいるイラストレーターの方との出会いを中心にして描いた一篇を。


 その前年まで、わたしの創作活動は迷走していた。コンテストに応募しようと決めては、なにかと理由をつけて取り消したり、二千字くらいの内容のない掌篇小説を濫作したり、連載をはじめては、三話くらいで放っておいたりしていた。いま思うと、不甲斐ない二年間だった。


 これでは駄目だ。師と一緒に仕事をするという夢から、どんどん遠のいている。そうした焦りから、新しい一年がはじまるのをきっかけに、初心を取り戻そうと、あの一篇を書いたのだった。それからというもの、一心不乱に創作に打ち込んでいった。休載することなく連載を続けて、多くのコンテストに応募した。書き下ろしの中篇小説を収録した同人誌も作ったし、唯一、あるコンテストで入賞することができた。だけれど、師の背中は、まだまだ遠い。


 そこまで考えたとき、窓に映るわたしが、くすりと笑ったのを目にした。それは憫笑びんしょうでも冷笑でもなく、まるで、出口の見つからない迷路を楽しんでいるかのような、厭世的な気分のなかに、興奮のようなものが混じった不思議な感情を宿した笑いだった。この苦境のなかに、心地よさのようなものを見出しているらしい。気付いたときには、立ち上がって、うんと背伸びをしていた。


 午後二時。郷里のHに停まる電車が動くという報せが届いた。


 改札を通り抜け、1番ホームを目指す。プラットホームに向かう階段は、溶けた雪のせいで濡れており、靴を斜めにして横歩きで上がらなければ転げ落ちかねなかった。出発時刻を気にしながら、ちらちらと雪が舞い込んでくる階段を、曇り空の見える方へと上っていく。そのときもわたしは、どこか昂然こうぜんとした心持ちを抱いていることを意識していた。吹き下ろしてくる風の肌を刺すような冷たさも、いまはある種の増強剤のひとつのように思えていた。


 日本海側の厳しい寒冷のなか、二両編成の電車が、ドアを閉めて押し黙っていた。向こうのプラットホームを見渡しても、人の影はひとつもなく、まったくのがらんどうだった。一時間に一本しか走らないこの電車だけが、この駅に停まっている。わたしはこの光景に、孤独というより風流のようなものを感じだした。また、ほほゆるんでいる。今度はそれを、しっかりと意識している。

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