十五
同人誌を求めて、たくさんの人たちが入場口から入ってきた。わたしがここに着いたときには、待機をしているひとが何人もいたから、このイベントを待ち望んでいたひとは大勢いるのだろう。しかしその人たちの目的のサークルのなかに、わたしはいない。いつか、わたしがサークル参加をするという理由で、イベントを訪れてくれるファンができることを、願ってやまない。
いや、願うのではない。精一杯、努力をしなければならないのだ。努力は必ず報われるとは限らない。しかし、努力をしなければ、目標に近づくことはできない。成就する可能性は、1パーセントも生まれない。いまわたしにできることは、ひとりでも多くの方に、自分の同人誌を手に取っていただくことだ。
入場口から遠い純文学エリアにも、人の流れがやってきた。しかしわたしのブースに立ち止まってくださる方は、なかなか現れなかった。むろん、周りのブースに立ち寄るひとは散見された。ひとり、
「
わたしのブースを最初に訪れてくれたのは、目をぱっちりとさせた純朴な表情をした男性だった。爽やかなその見た目には、覚えがあった。
「あっ、おひさしぶりです。わたしが見落としていましたかね。サークル参加なされていたとは……」
「いえ! 今日は一般参加です!」
わたしが「言い訳」をいい終わる前に、かぶせるように
彼が来てくださったことを潮に、わたしのブースにも、少しずつひとが立ち寄ってくださるようになった。見本をぺらぺらとめくっただけで、無言で去ってしまうひともいたが、貴重なお金を使ってくださる方もいて、心の底から感謝感激であった。そして、ふたつの掌篇小説集のうちひとつが完売した。在庫がなくなった同人誌は、これがはじめてだった。
わたしは、ブースに立てかけたお品書きに「完売」の文字を記した。感慨の念を
いままで、何度もイベントに参加してきた。しかし、なかなか同人誌を手に取っていただけなかった。思いだすのは、前回のイベントのときのことだ。痛む腰をかばい、とぼとぼと帰った夜道だ。あのときに比べれば、多少は高揚した気持ちを感じることができている。
イベントが終わり、会場の後片付けをお手伝いさせていただいているときも、
帰り道は夕焼けに照らされており、夜闇が忍び込むすきを与えていなかった。まだ一月である。陽が延びたわけではない。前回より閉幕がはやかったのだ。
地下鉄に乗り込む。ホテルへの道を力なく踏んでいく。時間を経るごとに、わたしの力不足を実感してきたのだ。自作への劣等感や、お金をいただいたことへの申し訳なさのようなものが、わたしという存在を縁取っていく。今回もまた、猛烈な内省を、決して切り離せない影のようにして引きずっている。
つまらない小説を書いている。読むに値しない物語を紡いでいる。自虐ではない。これは事実だ。そして、事実であるべきなのだ。いままで作ってきたのは、わたしの才能のなさが結晶化した同人誌だ。お金をいただいていることが、申し訳ない。捨てて燃やしてくれてもかまわない。
結句、わたしは、自分を肯定することができない。比較する対象が、あるかぎり。
* * *
『あーしは、そういう考え方は嫌いだし、言葉に出すに値しないものだと思うけどな。洋ちゃんは、そういう思考を展開することで、読者を愚弄しているって気付かないのかな。だとしたらがっかりだし、そんな泣き言を聞かせられる暇はないから、もう通話を切ってしまいたいくらい。ねえ、卑屈になるということは、だれかをバカにするということと、表裏一体なんだよ』
この鹿野の言葉を肯定するだけの勇気が、いまのわたしにはなかった。しかし、正しいとは思った。わたしはホテルの一室で、鹿野としばらく通話をするという幸運を得ることができた。きっと、ひとりで孤独を抱えることはできなかったであろう。
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