十三
鹿野からのメッセージは、簡明であり見慣れたものだった。
《いまから通話は厳しそう?》
普段なら二つ返事で了承するのだが、隣の部屋にまで会話が聞こえないかということが気がかりだったし、眠れないまでも、ひとりでゆっくり休んでおきたいという気持ちもあった。しかし、親友の鹿野からの頼みとあって、
《正解と不正解》
苦笑してしまった。鹿野はわたしの反応を見たかっただけだろう。イベントの当日なのだから、それに関することばかり考える段にいるべきだ。直前まで、どうしたら成功を収めることができるかどうかを思案するべきなのだ。
ほんの少しの気配りで、同人誌を手に取ってもらえるかどうかは変わるだろうし、ちょっとでも気を抜いてしまうと、ブースの前はがらんどうのようになってしまうかもしれない。だから、通話の誘いに乗るなんてもってのほかだ。
それが「正解」の意味だとすると、「不正解」とはなんだろうか。もしかしたら、この時間に眠らずにいることを指しているのかもしれない。身体が重く頭が鈍った状態では、ケアレスミスが増えてしまう。だから、休息をしていなければならないのに既読をつけている。このメッセージは、鹿野なりの「喝」なのだろう。
しかし、イベントの前日は、どうしても眠りの浅さに苦しめられてしまう。いままで、ゆっくり身体を休めることができた試しはない。それでも、身体を横たえ続けることが大事だ。ムリにでも起きていることは、いまの場合、適切な行動とは言えない。
鹿野の《正解と不正解》という単純素朴なメッセージは、実は意味深長なものだ。そして、先程まで抱いていた不安がうすれていくのを感じた。家族で埋め尽くされていた思考のなかに、家族ではない鹿野が
エアコンと電気を消して、もうぬくもりが消え去った、しわの走ったふとんにもぐりこんだ。ダンゴムシのように身体をまるめて寒さをこらえていると、少しずつ身体は温まっていき、自然と眠気が訪れてきた。相変わらず、静寂は静寂を重ねて、
* * *
わたしの家族のうちで、はじめに死んだのは祖父だった。それは、わたしが中学生のときで、もう十数年前のことだ。それでも、ふたつのことだけは鮮明に覚えている。ひとつは、あまり喪失感を抱いていなかったこと。もうひとつは、葬儀が行なわれた年末の夕暮れの景色が、とても綺麗だったことだ。
不孝なことだし、道徳に反しているといわれれば、
祖父は入退院を何度も繰り返していた。しかしわたしは、祖父とある事で激しい喧嘩をしていたため、滅多に見舞いにいかなかったし、家にいてもあまり会話をしなかった。いまおもえば、わたしの言動は、ほんとうに幼稚だったと思う。だけれど、パニック障碍に悩まされて、ひきこもりになっていたわたしのこころは、あまりに
死の直前の祖父との関係は希薄で、ひさしぶりに祖父の顔を直視したときには、もう冷たくなりまぶたを閉じてしまっていた。つまり、祖父の死に深い悲しみを覚えることがなかったのは、大喧嘩により断交状態になっていて、関係性が薄くなっていたからだ。しかしそれは、深い関係にあるひとの死は、どん底に突き落とされるほどの悲しみをともなうということを逆説的に示していると言える。
そしていまのわたしは、「死」が迫っている家族と、真剣に向き合っている。祖母と母、そして父が死んだとき、わたしはどうなってしまうのだろう。そうした不安が、はっきりとした輪郭を浮かばせている。
* * *
祖父の死について思考するわたしの姿を
いまが何時なのかを確認しようと、スマホを手に取ったとき、通知音が鳴った。この時間に連絡を寄越すのは、鹿野くらいだ……と思ったら、その通知は、わたしが勝手に師と
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