十二

 二条城……徳川家康が上洛している際の居城であったそこは、老朽化した箇所が補修中になっており、ブルーシートが張られてあった。一月の京都は、曇り空の下で雪が舞い、合間に快晴になり、と思うと、眩い光の中を雨が降りしきるという、忙しない天気の変化を見せていた。たびたび、虹があらわれた。突風が吹くと身体はぶるぶると震えた。しかしわたしは、おそれるほどの感動を覚えていた。


 同人誌即売会にサークル参加するために、前乗りをしたのであるが、暇を持て余してしまい、ビジネスホテルの周りを散策していた。ちょうど、二条城が近くにあったので、ふらっと訪れてみたのだが、わたしはそこで、芸術というものへの価値観の再考を迫られた。気軽に立ち寄っただけであるのに、あまりにも重大な課題を抱えてしまった。


 本当の芸術作品は、多くのひとに「あるべき」ものだと歓迎され、諸行無常に「あらがう」ように、未来へと保存されることを望まれる。


 二条城と自作を比するなどという愚をあえてするならば、わたしの小説は、一生、芸術というものへは昇華しないと確信できる。わたしの小説には、「あるべき」ものだという理由が附されることはないだろうから。時間とともに朽ち果てるのは、摂理であろう。だとするならば、わたしの小説は……芸術とはかけ離れたところにある拙作は、どのようにして、「いまここ」に「ある」ことを正当化することができるのだろうか。


 こうした感動と懊悩おうのうを、簡潔な文章にして、鹿野しかのに送ってみた。すると、すぐに返信がきた。


《ごめん、いま修羅場だから、また今度聞く》


 わたしは、〈ごめん!〉という文章を送ろうかと考えたが、それさえも鬱陶しく思うのが鹿野の性格で、彼女のなかでは、《いま修羅場》ということを伝えたところで、この会話は終わっているのだ。わたしは、鹿野のことについて、それくらいは分かっているつもりだ。だから、既読だけをつけておいた。


 明日にそなえて、もう寝てしまおうか。そう考えた矢先、猛烈な眠気に襲われてきた。普段、今日のように歩くことはないゆえに、疲れが堆積たいせきしてしまったのだろう。エアコンを切り、綺麗に整えられたふとんにもぐりこんで、目をつむった。しかしどうしても、眠りきることができない。うっすらと意識があるなかで、何時間も寝転んでいた。


 浅い眠りのせいで、身体がだるく感じていたが、もうこれ以上、横になっていることはできなかった。机の上に置いてあるスマホを見ると、深夜1時前だった。静謐せいひつのなかに、冷ややかな空気が張りつめていた。エアコンをつけて、椅子に座ったまま、とりとめのないことを考え続けた。


 しかしその奥から、しだいに、家族の健康や自分の将来に対する不安が浮かびあがってきた。明後日には、実家に帰るつもりでいる。家族は、本当に生きているだろうか。だれかはもう死んでいるのに、みんな黙ったままなのではないだろうか。寝起きだからなのか、そんな猜疑心さいぎしんふくらんで、一向にしおれる気配はなかった。


 猜疑心を振り払おうと、昨日の観光を……受けとった感動を思いだそうとした。目に焼き付けた美しい光景を眼前がんぜんよみがえらせようとつとめた。そして、この地域を舞台にした小説を書くとしたら、どういうものになるだろうかと想像してみた。


 リュックからノートとペンを取り出し、書くかどうかも分からない小説のプロットを組んでいった。創作だけが、いまのわたしの唯一の希望だ。いまはそれに、すがりつくしかない。


 あたりは静寂のなかに静寂を重ねていく。もう灯りのついているところは、この部屋だけではないかと思わせられるほど心細い。自販機にコーヒーを買いに行きたい。しかし廊下には、この世のものではないが遊歩しているのではないかという、奇妙な妄想がき起こってくる。それはきっと、わたしに付きまとっている様々な不安が、頭のなかを泰然たいぜん跋渉ばっしょうしているからだろう。


 そのときだった。突然、鹿野からメッセージが届いた。

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