芦山日向あしやまひなたからメッセージが届いた。年末のオンライン飲み会は欠席するとのことだった。小学生の時からの友人たちで開く予定だったオンライン飲み会は、欠席多数で中止になるかもしれない。


 しかし日向は、わたしとふたりで通話をしようと追って連絡をしてきた。空いている時間をすり合わせてみると、今日の夜に「二人飲み」をすることになった。飲み会というより駄弁るだけだろうから、ノンアルコールビールを買うことはしなかった。インスタントコーヒーだけを用意して九時半になるのを待った。


 久しぶりに聞いた日向の声は、トンネルの奥から響いてくるように聞きなじみを覚えなかった。遠い過去か近い未来から、彼の声はやってきたのではないかと思えた。しかし「おっす」という第一声は、相手が日向であるということを確かにさせるに足りた。わたしたちは、この一年で身辺に起こったことを、軽い調子で話し合った。


「年末にはロンドンへ行くんだけど、荻山は実家に帰るの?」

「友達と同人誌即売会に行くつもり。だけど、相手が忙しいからひとりになるかもしれない」

「ああ、むかし言ってたひと? へえ、シナリオライターって年末も大忙しなもんなんだな」

 

 大学生のときに知り合った市井颯太いちいそうたという友人は、卒業後に上京し、ゲームのシナリオを作成する会社に入社し、いまはフリーランスで活躍している。


 颯太はわたしにとって、あまりに大きな存在だった。わたしは彼から、強い影響を受けている。努力をしても必ずしも夢は叶わないと言うひともいるけれど、颯太は絶え間ない努力の果てに夢であったシナリオライターの職に就いた。


 親しい友人がそのような結果を手にしたのを目の当たりにしたわたしは、自分も努力をすれば夢が叶うと信じるようになった。彼がいなければ、努力というものに虚しさのようなものを感じ続けていたに違いない。


「ところで……」

 日向は声を一段と朗らかにして、いや、深刻な調子を出さないように努めて、こう話を切り出した。


「人間付き合いなんて、そこまで深刻に考えるものじゃないと思うぞ」


 きっと、いままで話のなかで何度もでてきた、親しい「物書き」の人たちとの関係性についての話の裏にあるなにかを、感じとっていたらしい。他者のこころの機微に敏感なのが、日向の特徴であり美徳のひとつだと思う。


「ためしに、SNSでの繋がりを止めてみたらどうだ。人との仲は大事にしないといけないのは、そうだと思うけれど、オンライン上での繋がりをそれにカウントするのは、どうだろう。むしろ、SNSでは関係を断っていても、実際に会ったときに少しくらいは会話ができる……みたいなのが、ちょうどいい親交だと思うな」


 やわらかい口調のなかに辛辣しんらつな批評が混ざっており、わたしは少しの反撥はんぱつを覚えたものの、日向の言っていることには一理があると思ったし、SNS上での関係を断つことを勧めてくれたことに、どこか救われる気がした。


「親しい繋がりを見て羨ましくなったり、同調性だっけ、そうしたものにおびえて萎縮いしゅくして、なにも手に付かなくなったりするくらいだったら、ばっさりフォローを外していいと思うぞ。まあいきなり外されたら、俺だったらびっくりするかもだけれど、でも正直、それでもう関係は終わりだとか思うようなひとと付き合うのって、疲れるだけだし」

「それはそうだけれど……」


「わかるよ。その人たちが好きだっていうのも。でもさ、その気持ちってSNSでの繋がりで表現するものなのかなって、疑問に思う。ぶっちゃけると、たまにその人たちの小説を読んで、イベントで感想を伝えるくらいの距離感が丁度いいよ、荻山にはさ。もう一度繰り返すけど、SNSでの繋がりをったくらいで縁を切るような人と関係を結ぶくらいなら、もっと実際での繋がり、それこそ俺らくらいの距離との人たちと仲良くすることを第一に考えた方がいいぞ。だってその人たち、荻山のピンチのときに助けてくれないだろうから。俺だったら、なにかあったら、何カ月も家に泊めてやるけどな」

「…………」


「なんか荻山って、ひとつの極に執着してしまうところがあるよね。物書きどうしの関係性の極に集中するあまり、もうひとつの極……俺たちみたいなリアルな友達との付き合いを、ちょっとおろそかにしてしまうところがあるよ、実際。連絡の返信が遅くなったし。でもさ、お前がピンチのときに全力で助けるのは、俺らの方。こういう言い方はよくないかもしれないけど、おまけの付き合いくらいに思えばいいよ、物書きの人たちとは」

「…………」


「ていうか、荻山の夢はプロの作家になること……と、恩人の先生と仕事をすることなんだろ。物書きどうしの繋がりについて一喜一憂しているのは、時間をロスしているに等しいよ。小説を書くことに集中すればいい。最後にもう一度言うけれど、SNSでの繋がりを断つことで人間関係はおしまいみたいな考えのひととは、付き合ってもしかたがないからな。俺たちの絆に比べれば、そんなもろい関係なんて役立たずだよ、はっきり言って」

「…………」


 久しぶりの通話は、こうした話で終わってしまった。日向に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。もっと楽しい話題を続けた方が、お互い気持ちよく電話を切ることができただろうに。しかしこうした後味の悪さを引き受けた上で、関係を大事にしてくれるのは、日向の言う通り、リアルで付き合ってきた親友たちだけだろう。


 日向の言葉を反芻はんすうしては、自分なりに再解釈し思案した。そしてわたしは、親しくしていた「物書き」の人たちと、SNS止めた。非礼であり自己中心的であるというのは承知している。しかし日向の言う通り、わたしはプロの作家になるための努力に比重を置くべきであり、「物書き」どうしの関係性を大事にしたいという気持ちに翻弄されている場合ではないのだ。

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