七
しかし日向は、わたしとふたりで通話をしようと追って連絡をしてきた。空いている時間をすり合わせてみると、今日の夜に「二人飲み」をすることになった。飲み会というより駄弁るだけだろうから、ノンアルコールビールを買うことはしなかった。インスタントコーヒーだけを用意して九時半になるのを待った。
久しぶりに聞いた日向の声は、トンネルの奥から響いてくるように聞きなじみを覚えなかった。遠い過去か近い未来から、彼の声はやってきたのではないかと思えた。しかし「おっす」という第一声は、相手が日向であるということを確かにさせるに足りた。わたしたちは、この一年で身辺に起こったことを、軽い調子で話し合った。
「年末にはロンドンへ行くんだけど、荻山は実家に帰るの?」
「友達と同人誌即売会に行くつもり。だけど、相手が忙しいからひとりになるかもしれない」
「ああ、むかし言ってたひと? へえ、シナリオライターって年末も大忙しなもんなんだな」
大学生のときに知り合った
颯太はわたしにとって、あまりに大きな存在だった。わたしは彼から、強い影響を受けている。努力をしても必ずしも夢は叶わないと言うひともいるけれど、颯太は絶え間ない努力の果てに夢であったシナリオライターの職に就いた。
親しい友人がそのような結果を手にしたのを目の当たりにしたわたしは、自分も努力をすれば夢が叶うと信じるようになった。彼がいなければ、努力というものに虚しさのようなものを感じ続けていたに違いない。
「ところで……」
日向は声を一段と朗らかにして、いや、深刻な調子を出さないように努めて、こう話を切り出した。
「人間付き合いなんて、そこまで深刻に考えるものじゃないと思うぞ」
きっと、いままで話のなかで何度もでてきた、親しい「物書き」の人たちとの関係性についての話の裏にあるなにかを、感じとっていたらしい。他者のこころの機微に敏感なのが、日向の特徴であり美徳のひとつだと思う。
「ためしに、SNSでの繋がりを止めてみたらどうだ。人との仲は大事にしないといけないのは、そうだと思うけれど、オンライン上での繋がりをそれにカウントするのは、どうだろう。むしろ、SNSでは関係を断っていても、実際に会ったときに少しくらいは会話ができる……みたいなのが、ちょうどいい親交だと思うな」
やわらかい口調のなかに
「親しい繋がりを見て羨ましくなったり、同調性だっけ、そうしたものに
「それはそうだけれど……」
「わかるよ。その人たちが好きだっていうのも。でもさ、その気持ちってSNSでの繋がりで表現するものなのかなって、疑問に思う。ぶっちゃけると、たまにその人たちの小説を読んで、イベントで感想を伝えるくらいの距離感が丁度いいよ、荻山にはさ。もう一度繰り返すけど、SNSでの繋がりを
「…………」
「なんか荻山って、ひとつの極に執着してしまうところがあるよね。物書きどうしの関係性の極に集中するあまり、もうひとつの極……俺たちみたいなリアルな友達との付き合いを、ちょっと
「…………」
「ていうか、荻山の夢はプロの作家になること……と、恩人の先生と仕事をすることなんだろ。物書きどうしの繋がりについて一喜一憂しているのは、時間をロスしているに等しいよ。小説を書くことに集中すればいい。最後にもう一度言うけれど、SNSでの繋がりを断つことで人間関係はおしまいみたいな考えのひととは、付き合ってもしかたがないからな。俺たちの絆に比べれば、そんな
「…………」
久しぶりの通話は、こうした話で終わってしまった。日向に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。もっと楽しい話題を続けた方が、お互い気持ちよく電話を切ることができただろうに。しかしこうした後味の悪さを引き受けた上で、関係を大事にしてくれるのは、日向の言う通り、リアルで付き合ってきた親友たちだけだろう。
日向の言葉を
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