第31話 こいつ口の聞き方をあんまり知らないもんで

 えっ いったいいつの間に?


 その時そう感じたのはやはり俺だけではなかった。さすがの毒姫達もこの突然の女騎士の登場には驚きの色を隠せない様子だった。いつだって目ざとい彼らが、俺が声をかけられるまで気配の一つも感じとれないなんて今まで一度だってあったか?


「そう驚いたような顔をするなよ。」


 思わず身構える俺達に、少し困ったようなぎこちない笑顔見せて女騎士はそう言った。精悍な見た目とは裏腹に、少し間の抜けた口調がなんともチグハグである。


 騎士の格好をしているなら今の彼女は敵では無いはずだ。俺は咄嗟にそう判断したが、しかし俺は彼女の気の抜けた物言いが少しだけ気にかかっていた。

 だってさ、俺達の視線の先では今まさに騎士達と大太刀の怪人の生死をかけた闘いが繰り広げられているんだぞ。彼女にとっては同じ騎士団の仲間が血を流しているっていうのにさ、そんなことを気にかける様子が彼女には全くない。たぶん俺はこいつのそんなマイペースで気の抜けた態度に腹が立っていたのだ。


 でもなぜだろう。このマイペースな女騎士は、俺が返事をしようがしまいが一向にお構いなしだ。まるで俺が古い知り合いかなにかのようにさっきからあっけらかんと意味ありげな言葉をポンポンなげかけてくるのだ。


「いやぁ〜しかし。あいつの目かなり逝っちゃってるなぁ。まさに作戦通りだわ。ねぇ。そう思わない?」


 逝っちゃってる?作戦通り?それにさっき俺達がおとりだって言ってたな――いったいこいつは何だって言うんだ。


 でも、そんなことを思っていたら俺よりも、毒姫のほうが先にれてしまったようだ。


「はぁ?何言ってるのこのおばさん。」


 いきなり毒姫得意の上から目線が炸裂した。もうちょっと言葉を選べよと思っても後の祭りである。そう言えばこいつは初対面の人間には上から目線でしか話せないのを、俺はちょうどいま思い出した。


「おい姫。初対面で、こんな綺麗な人におばさんはないだろ。」


 俺が慌ててフォローに入った。これは何時いつぞやと同じパターンだ。全く悪い癖だ。

 俺は姫を叱りつけながら恐る恐る女騎士の顔を見た。顔は笑っってるけど目が座っている……これどうすんの姫……。


「アハハ。お兄さんナイスフォロー。でもさぁ、いくら緑翠荘の姫でも、アンタもう一度それ言ったら殺すからね。」


 まったく笑いながら恐ろしい事を言う。この女騎士様、サラリとって言ってのけた。冗談なのか本気なのか……それは分からないが、姫はムスッとしたまま女騎士の言葉にそっぽを向いてなんとも険悪ムードである。

 横で知らんふりを決め込んでる琉大りゅうたい琉三りゅうさんが俺から目をそらした。頼むから黙って無いでお前達もなにか言ってくれよ。


「申し訳無いです。こいつ口の聞き方をあんまり知らないもんで。」


 仕方なく姫の代わりに詫びを入れる俺は、一体何をやっているのだか……


「いやいや構わないよ。今回は坊やに免じて許してあげるわ。それに今、あの毒姫とやり合うつもりは無いからね。」


 この全く緊迫感のないやり取りに(違った意味での緊迫感はむちゃくちゃ有ったが)なんとも無駄な精神力を使ってしまったが、俺はどうもコイツの正体にほぼほぼ当てがつき始めていた。



「いやさぁ、あいつってば王都の騎士団に相当恨みを持ってるんだわ。それで黒い隊服を見るとあんな感じで理性を失っちゃうわけ。だからさ、偽の黒い隊服でああやっておちょくってあげて、あいつの理性を完全に飛ばしちゃおうって作戦なの。」


 女騎士は相変わらずのマイペースで俺達を相手に一人で話し続けているが、彼女はその気の抜けた話しぶりとは裏腹に、今の怪人の状況を的確に解説しているのだ。


「私、どうしてもアイツのこと殺さないとだめだしさ。悪いけどそれであんたのことおとりにさせて貰ったのよ。」


 なるほど、そういうことだったのか――


 薄々は理解していたが、この時俺は今起こっている全ての自体に合点がいったのだった。


 俺は、この女騎士の言葉で今の俺達の状況が一気に理解出来た。昨日からの微妙な騎士達の態度も、今日のこの一見無意味にも思える行軍も、そして今まさに怪人と戦っている黒い隊服を着た王都騎士の存在も。全ては大太刀の怪人を倒すためだけに準備された作戦だっのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る