第30話 真紅と漆黒

 俺の視界の先で暴れまわる怪人は、時折力を溜めるような姿勢をとっては、これでもかと言わんばかりに巨大な刀を大きく振るってみせた。するとその刀から衝撃波の様なが辺りに伝わり、離れた場所にいる俺の鼓膜までもをビリビリと震わせる。そしてその度に地面からは大袈裟なほどの土煙が巻き上がって騎士達が後方へと吹き飛ばされるのだ。


 あの力はいったい何なのだろうか……。風圧?それとも何か別の未知の力?


 正直、それが何かなんて俺にはさっぱりわからない。しかし、その現象が俺の知らない力によって巻き起こっていることだけは理解出来た。


 気合で霧を晴らすだって?衝撃波で敵を吹き飛ばす?それがこっちの世界では現実だってんだから開いた口が塞がらない。そんな事すら知らなかった俺は、いったい王都の騎士団にいていったい俺は何を学んでいたのだろうか……。


 今まで俺は心の何処かで疑っていたんだ。ここは地球で俺は異世界なんかじゃなく中世のヨーロッパか何処かに飛ばされたんじゃないかって。でも今、それをまざまざと見せつけられた気がした。


 そう。ここは紛れもない異世界なのだ。


 

 先頭で戦う甲冑を着た騎士達が、もう十人近くは倒されだろうか。怪人は狂気にも似た表情でただひたすら周りを取り囲む騎士達にその大太刀を振るっている。


 しかし……。俺は彼らの戦う姿を見てあることに気がついた。


「なぁ、何であいつらは王都騎士団の格好をしているんだ?」


 俺は思わず目の前の三人にそう訊ねていた。


「えぇ。そうみたい。あの先頭で戦っている三十ほどの騎士達だけあんたがビリビリに引き裂いた服と同じ黒ね。そしてあの動き……。」


「確かに赤じゃねぇのが混じってるな。あの黒い服はここいらでは見慣れねぇ。」


 さすがに話が早い。当然と言えば当然だが毒姫達も既にその違和感を感じ取っているようだった。


 そう。彼らも不思議がるように、彼ら南方の人間が知っている騎士団の隊服は赤い色をしている。しかしながら、いま目の前で怪人と戦っている騎士達の隊服は、彼らが見慣れた赤ではない漆黒の隊服だ。そしてその黒い隊服は王都騎士のみが着用出来る神聖騎士団の隊服なのだ。


 そして……もう一つ。


「なぁ。あいつさぁ、なんか黒服に恨みでももってるんじゃねぇの?」


 琉大りゅうたいが怪人の様子を見て冗談交じりにそう言ったが、よく見ると怪人は何者かに取り憑かたかのような奇声を上げて、明らかに黒い隊服を着込んだ騎士だけを狙っている。


 そして、そういった目で見ると、最初は崩れかけているかのように見えた陣形も、実際はそうではないのがわかる。


 そうだ。これは策略だ――。


 いくら怪人が並外れた戦闘力を持っていたとしても、彼が黒ばかりを狙うので、その攻撃は非常に単調で読みやすい。騎士達はその行動を利用して黒の隊服と赤の隊服が交互に入れ代わりながら防御と攻撃を上手く繰り出している。これならば、俺達が戦わなくても、騎士達だけでなんとかなるかもしれない。


 しかし……。俺には納得出来ないことが一つだけある。何故ここに王都の騎士がいるのだろうか。

 もしや合同討伐隊か?などと考えたりもしたが、よくよく思いだして見れば、この隊列は俺達を南方の支部長邸に連れて行く為に組まれたものじゃ無かったか?

 では、いったい何故に王都の騎士達がこの戦闘に混じっているのだろうか……。


 しかし、その疑問は俺の予想とは別に、案外すぐに晴れることとなった。




「な。あいつの戦いっぷりは異常だろ?わるいけど君をおとりにさせて貰ったよ。私達はどうしてもあいつを倒さなきゃだから。」


 前方ばかりに気を取られていた俺の背中で、突然、誰かが俺に話しかける声がした。

 それはよく通る覇気のある女性の声だった。はて?騎士の隊列に女などいただろうかと、俺は声がする方向に視線を向けた。


 均整の取れた引き締まった体躯に赤く焼けた肌。眉目秀麗だが、その立ち姿からは他者を圧倒する凄みのようなものが溢れている。そしてどことなく妖艶なその瞳の持ち主。俺が振り返ったそこには真っ赤な隊長服を雑に着込み、両手には抜き身の二本の剣をだらりとぶら下げた女騎士が立っていた。

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