第32話 狩り時
「ねぇ。クオンこの人って……」
毒姫が途中まで言って俺の顔を覗き込ん出来た。俺は小さくうなずく。
「うん。おそらくね。」
やはり彼女も気がついたらしい。いや、彼女のことだからもうとっくに気がついていたのかも知れないが、おそらくこの女騎士が南方騎士団のカレン=ハンナ団長だ。
つまり目の前で繰り広げられているこの大捕物。これらは全てが俺の横に立つ風変わりで美しい女騎士の指揮のもと実行されているのだ。
「さあ、ろそろ狩り時だね。あんた達も一緒に来るかい?」
本当の異世界バトルが女騎士カレンのその一言から始まった。
すぐに彼女の言葉の意味を理解出来なかった俺を放ったらかしにして、彼女は、ゆっくりとに首を左右に傾けてはポキリポキリと首を鳴らし始める。続いて肩を大きくグリグリと回して肩のストレッチ。そして五回ほどその場でジャンプ。その姿はまるでこれから真剣勝負に挑むアスリートのようだ。
そうか。狩りどきとはそういう意味か――
この女騎士は、俺達に話しをしながらも、ずっと前方の戦闘の様子がを伺っていたのだ。つまるところ俺達との会話は、大刀の怪人が理性を失って戦闘が単なる力まかせになるまでのちょっとした場繋ぎでしかなかった。そしてこの女騎士は、その自らの手で怪人をやるつもりなのだ。
その証拠に彼女の意識はもうすでに俺達の側には無い。彼女の視線は既に怪人の一挙手一投足を捉えている。そして除々に闘気が彼女の身体に満ちて行くのがわかった。
「
闘気が最高潮に達した時、彼女が大きくそう叫んだ。
「了解した。」
これもまた俺達が気が付かないうちに女騎士の傍らに立つ男が一人。こいつは昨日俺達を呼び止めた番頭騎士だ。そいつが女騎士の横で、腰に帯びていた細身の剣を引き抜いた。
それを合図に、まず飛び出したのは女騎士だった。驚くべきはまずその速度だ。体勢を極端に低くして大地を駆け抜けるその姿は、まるで四本脚の獣のようである。そしてまたたく間に怪人との距離を詰めたかと思うと、今度は人間離れした跳躍力で怪人の周りを取り囲む騎士達の頭上をひと蹴りで飛び越えた。
一瞬にして怪人の背後に躍り出た彼女はそのままの勢いを保ったまま、黒い隊服の騎士に気を奪われている怪人の脇腹めがけて二本の剣を突き立てる。
なんという速攻だろうか。
当たれば確実に死ぬ。
しかし彼女のほうが一足早い。彼女の振るった二本の剣は、一本が怪人の脇腹をかすめ、もう一本は怪人の背中に深く突き刺さった。ただ、怪人の背中に突き刺さった剣を引き抜く暇は無い。
「うおおおおおっ。」
怪人の咆哮が辺りに響き渡り、女騎士の頭上を怪人の振るった大太刀が通り過ぎる。
その凄まじい威力たるや、やはり尋常では無い。空振りだろうがなんだろうが、辺りのものをその衝撃で吹き飛ばす威力で、女騎士もあわや体勢を崩し地面に這いつくばるところであった。
しかし、そんなちょっとしたスキを怪人が逃すはずはない。彼は背中に剣が刺さっていようがいまいがお構い無しで、返した大刀をすぐさま女騎士に叩き込む。
その瞬間。女騎士が懐に潜ませた
上手い合いの手だ。それを聞いて怪人の動きが一瞬怯んだ。
女騎士がそのすきをついて、怪人との距離をとる。
「お
さっきの毒の声と同じ声だ。
いつの間にか戦闘に加わっていた例の番頭騎士は、そう言うと地面に横たわっている騎士の剣を拾って、女騎士に向かって放り投げた。
「済まない。こいつとやるのも久しぶりだからねぇ。つい気合が入りすぎたよ。でもこれで勝ったも同然だ。今回はチョロかったね。」
「確かに。あの時の我々は完敗でしたからなぁ。」
「全くだ。でも本当なら
「おや?お嬢でもそんなことを思うんですか?」
「馬鹿にしないで。私だって剣術家の端くれだ。」
「全く、その腕で端くれなんて言われたら私などは……。」
無駄話をしながらも、女騎士は渡された剣を拾うと、再び二刀流の構えでジリジリと怪人との間合いを詰める。そして男のほうは距離を取りながら怪人の背後へと回り込んだ。
先程まで戦っていた他の騎士達はというといつの間にか怪人の周りから姿を消し、遠巻きに三人の闘いを見守っている。
「お手並み拝見と言ったところね。」
毒姫が俺の隣で少し嬉しそうな顔でそう言った。
しかし、この時には既に勝負は決まっていた。ここからの闘いは野球で言うならば単なる消化試合。なぜなら怪人の背中には今もまだ先程女騎士が突き立てた剣が刺さったままなのだから。
二人の騎士に挑発される怪人は怒りに身を任せている。そにために彼らの挑発に乗せられては次々と大技を繰り出している。そして、休むことなく動き続ける怪人の背中の傷口からは大量の血液が流れ、除々に怪人の体力を奪って行った。
「何だ、つまらない……。」
毒姫の言う通り、一方的でつまらない闘いであった。しかしこれもあの女騎士団長によって綿密に計算された作戦の賜物と言えた。
怪人とて、このままの闘い方を続けていれば多くの血を失い動けなくなるのは分かりそうなものなのだが、怒りに荒れ狂う彼はその刀を収めることを良しとしない。彼の王都騎士団に対する怒りとはいったいどのような物なのだろう。
二人の騎士のつかず離れずの挑発に、そろそろ無敵の怪人にも限界が近づいて来ている。そう皆が思い始めたその時であった。
何処からともなく、戦場には似つかわしく無い美しい笛の調べが聞こえてきたのである。
目の前の闘いに目を奪われ気づかない者もいるだろう。しかし耳をすませば確かに聞こえる、何とも心地よい笛の調べであった。
今、怪人と闘っている二人も恐らくこの笛の音には気がついているだろう。
突然女騎士が叫ぶ。
「誰か!早くこの笛を止めさせろ!」
しかし時を同じくその声に重なるようにして、もう一人の女の声が辺りに響き渡った。
「父上。今は怒りに身を任せてはなりません。目的をお忘れになりましたか?今は一刻も早くクオン様の身を確保なさいませ。」
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