第26話 あなたちょっと性格変わった?

「いやいや、そう言ってくれると助かります。なんせ支部長は音曲のたぐいに目の無い方でございまして……。私が今朝ついうっかりとあなた方の話を致しましたところ、なんとしてでも我が家に招待出来ぬものかと仰せられたものですから。」


 普通の音楽一座ならこの申し出に嬉々として喜ぶのだろう。しかし我々の事情が事情だけに、この男の言葉をそのまま鵜呑みにしても良いものか判断が難しい。男の言葉に含むところが何も無ければこの申し出を断るわけにもいかず。かと言って裏があったとしてもここで事を荒立てる訳にもいかない。


 いずれにせよこの場は穏便に話を受けるしか無く、その中で俺達はこの危機を逃れる方法を模索しなければならない。そして、男の相手をしている毒姫もそれは十分心得ているはずである。

 ただ、この相手の男。物腰は柔らかいが、どうにも腹の見えぬ態度。南方の異教徒の間で悪名を馳せる毒姫であってもやりにくい相手であった。


「それでは、いつ支部長様のお宅にお伺いさせて頂けば宜しいのかしら?」


「それが……明日あす連れて来いと……」


明日!?それはさすがに急すぎる。何をそんなに急ぐのだろうか。


「急なお話しですのね。明日ですか?それは困りました、私達にも予定がございますの。せめて明後日みょうごにちと言うわけにはまいりませんか?」


「いえ。何としてでも明日。」


 男はその声に妥協を全く許さない威圧感をちらつかせている。

 さすがにここまでくるともう疑う余地は無い。完全に知られている。毒姫は今にも刀を手に飛び出していきそうな琉三リュウサンを横目で牽制しつつ、あくまでも逆らう意思の無い態度を示しながら話を続けた。


「もしかして……我々に選択権はございませんのでしょうか?」


「はい。申し訳ありませんが、支部長からの命令ですので。」


「もし、我々が断ったら?」


「いやいや、ご安心下さい。支部長もあなた方を取って食おうって訳ではございません。我々とて毒は恐ろしいですから。」


 男は丁寧な態度を取りつつも、敢えて毒の話を織り交ぜて、お前たちの身元は割れているんだと言わんばかりだ。

 俺達は毒姫の一挙手一投足に注意を払う。彼女の指示さえあれば俺達は何時でも眼の前の男に斬りかかる準備が出来ている。


 しかし、毒姫は変わらず俺達を牽制しながら、眼の前の男の言葉に従った。


「わかりましたわ。それで我々はこれからどうすれば宜しいのかしら。」


「今夜はわたくしが用意した宿に今お泊り下さい。明日の朝、再びお迎えに上ります。それとですね、そのお姿はくれぐれもそのままでお願い致しますよ。この辺りは人目も多いですし誰が見ているかわかりませんから。」


 男はそう言うと、前もって用意していたのだろうか、真っ直ぐに一番大きく値が張りそうな宿へと俺達を案内した。



 その宿の豪奢ごうしゃさときたら……既に日も暮れていると言うのに建物の中は数多く吊るされた提灯に照らされて昼の如く明るく、東洋的で綺羅びやかな家具や調度品がそこかしこに置かれている。そして美しい女支配人に案内されて通された部屋もまた贅の極みを尽くした豪勢な部屋であった。


 もちろん、料金は先程の男の前払いである。





「あ〜疲れた〜。もう一座も師匠の演技も止め〜。」


 そう言って、毒姫は、部屋の片隅に置かれた贅沢な作りのソファーにどかりと倒れ込む。既に彼女の姿は、琴の師匠のそれでは無く出会った時のようにズケズケと物を言う高飛車な毒姫に戻っている。


「しかし……こんな立派な部屋を俺達に用意しておいて、さっきの有無を言わさない口振り。あいつは俺達をどうするつもりなんだ?」


 琉三リュウサンは、部屋に入って来るなり贅の尽くされた室内を見渡してそう言った。


「まぁ、それもそうなんだが……あいつかなりの使い手だぜ。」


「そうね、あの男は只者じゃ無いわね。あいつ、あなた達が刀に手をのばしていた事にちゃんと気付いていたわよ。」


「はぁ?それであの態度かよ……。なかなか肝が座ってるじゃねぇか。」


 俺以外の3人は、部屋に入るなりさっきの番頭騎士の実力について意見を交わし出した。


 しかしそんな話も俺の頭の中になかなか入って来ない。なぜなら俺はこの部屋の中央に置かれたテーブルが気になって仕方がないのだ。


 部屋の中央に置かれたテーブルの上には、あらかじめ用意されていた豪勢な料理が並んでいる。

 鶏の丸焼き。これは北京ダックのようなものだろうか?その横にある白身魚の唐揚げ。甘酸っぱい匂いのする餡が上からかかっていて食欲を誘う。海老とナッツを炒めたもの。じっくりと煮詰められたトロトロの豚肉。中央に積み上げられたセイロの中には蒸し上げられたばかりの天心の数々。さすがにフカヒレのスープやアワビなどは見当たらないが、ここは中国か?と思わせるような料理がところ狭しと並んでいる。


「なぁ。これ毒は入っってないよなぁ。」


 俺は他の二人と話し込んでいる毒姫に横から聞いた。


「えっ……毒?入って無いんじゃないの?」


 生返事ではあったが毒の専門家からお墨付きをもらった俺は、手前に置いてある皿へ手当りしだいに料理を装っていく。こんな豪勢な料理は前世でも見たことがない。

 3人が真剣に話をしているのを横目に、俺だけがそのご馳走に舌鼓したづつみを打っていた……


「自分の命が危ないってのに……敵が用意した料理をよくパクパクと食べれるわね。」


 一人でご馳走をつまんでいた俺の姿に気付いた少女は、俺の全く危機感のない様子に呆れた顔でそう言った。


「だってさ、俺が考えたって答えが出る訳でも無いし。もし明日殺されるなら、今のうちに美味しいものを食べておきたいだろ?それに腹が減っては戦はできぬとも言うしね。」


 俺は毒姫にそう言った。すると義兄弟二人は「それもそうだな」と言って笑いながら腰掛けていた椅子から立ちあがった。


「いやはや、兄さんは馬鹿なんだか、それとも肝が座ってるんだか……」


「兄さんの言う通りだ。俺も飯が覚めないうちに食うぜ。」


 そして、まずは琉大リュウタイと琉三がテーブルに着いた。


「琉三。こっちにお酒があるよ。」


 俺はテーブルの脇に置いてあったかめを琉三に渡した。今度は毒の入っていない高級酒だ。琉三は嬉しそうにその酒を盃へと注ぎ込む。


 そして俺はソファーの前に少女を迎えに行く。


「なぁ。姫もまずは料理を食べようよ。最後の晩餐なんだからさ。」


「なに?その最後の晩餐って。」


「死ぬ前に食べる最後の食事って意味。」


 さて、これはキリスト教の言葉だったか……それとも絵の名前だったか……。


「なにそれ?私は死ぬつもりなんてないわよ。いざという時の手は腐るほど持ってるんだから。」


「それじゃあいいじゃん。早くおいでよ。」


 俺は、そう言って姫の体ををソファーから引っ張り上げると、そのか細い手を引いて料理が並んだテーブルへ彼女を連れて行く。

 こんな明日の命も知れない状況にもかかわらず、俺は終始楽しかった。もしかしたら危機的状況に高揚していただけなのかも知れない。

 でも俺にも分かる事が一つだけある。それはついこの間出会ったばかりの連中と囲むこの食事が、この異世界に転生してから今までの食事の中で一番楽しかったということだ。


「なぁ皆んな。乾杯しないか?」


 俺はつい柄にもない事を言った。でもなぜだろう……今日はそんな気分なのだ。


「いったい何に乾杯するんだ?」


「言い出しっぺの兄さんが音頭を取ってくれよ。」


 そう兄弟に言われて俺は考える。


「そうだなぁ……なんでもいいけど……じゃぁこういうのはどうだい?俺達5人の未来を祝して。」


「おぉ、いいじゃないか。でも5人じゃ1人多いぞ。」


「いいんだよ。あいつの盃は琉三が代わりに持ってくれ。」


 まだ合流していない流小リュウショウの盃は琉三が代わりに持ち、俺達5人はこの敵地の真っ只中で乾杯をした。

 劉備、関羽、張飛の桃園の誓い何て大袈裟なものではない。でもまだ出会って間もない俺達5人はこの先もずっと一緒に旅をしていく。その時の俺は、そんな様な気がした。


 そして、乾杯を終えたあと、毒姫がポツリと言った。


「ねぇ、クオン。あなたちょっと性格変わった?」


 それを聞いた、俺は料理を口に運びながら「そうかぁ〜?」とだけ言った。

 でも、俺はそんな事にはとっくに気が付いている。そして俺が変われたのは他でもない彼女に出会えたからだと言うことにも。

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