第23話 旅の楽士とその一行

 さてさて、この時から俺の帰る場所もなく行くあてもない本当の旅が始まったと言ってもいいだろう。まさにここからが本編である。



 とは言っても、根無し草となった俺はこれからどうするか……。


 やっぱり他の4人に頼りきりの俺だが、もう今さら情けないだの申し訳ないだのは思わない事にした。なんだかんだで昨日出会ったばかりの俺の事を真剣に考えてくれているお節介な連中だ。結局これからの俺は、彼らのお節介にどっぷり浸かるしかないのである。



 そして、これからの事を決めるのにやっぱり頼りになるのは毒姫と、やさ男のリュウタイだ。この二人は妙に息が合っていて話がトントン拍子で進んで行く。俺は土地勘などないから話についていくのがやっとだ。

 他の二人は全てをリュウタイに任せている様子で、話を聞いているのかどうかも分からない。


 しかし、こうと話が決まれば彼らの動きは早かった。


 まず、目つきの鋭い男リュウショウが、例の若旦那に毒消を渡しに行くことに決まった。彼の用心深さなら毒消を渡した後、誰かに跡をつけられることもないだろう。この小屋から往復で10日はかかるが、俺達がそれまでこの場所に留まるわけにも行かないので、彼とは南都ナンバークにて落ち合うことになった。


 そして、残りの俺達4人はと言うと、まずはこの場を早く立ち去らなくてはいけない。昨日、毒姫と一緒にかなり目立ってしまったのが不味かった……。俺達は手がかりを残しすぎてしまったのだ。


「しかし、どうやって?」


 俺が毒姫にそう聞くと、彼女の答えは早かった。


「ここは変装ね。それも一番らしくないやつで行くわ。」


「一番らしくないやつって……何か考えでもあるのか?」


「いわゆる女装ね……って言うのは嘘。でも、そうとうらしくないから期待してて。」


 彼女は女装と言う言葉に顔を歪めた俺を見て満足げに笑い、そしてすぐにやさ男リュウタイの腰に下げている布に包まれた棒状の物に目をやった。


「ねぇ、やさ男。その腰に下げてるのって鉄笛よね。ちゃんと吹けるの?」


「あぁ。人に聞かせるくらいにはな。」


「よし、決まり。私はこれからひとっ走り衣装を調達してくるから、あなた達はここで待ってて。それと、リュウサンあなたはどこかで荷車を調達してきてちょうだい。奪っちゃ駄目よ。盗むにしてもちゃんとお金は置いて行きなさい。」


 そう言うと彼女はひらりと馬に跨がり旧街道を駆けて行った。気がつけばリュウショウの姿は既に無く、大男のリュウサンも荷台を調達しにすぐに駆け出して行った。


「なぁリュウタイ。君は何をするのか分かってるのかい?」


「大体のことは分かりますぜ。」


「駄目だなぁ、俺にはなんの事だかちんぷんかんぷんだ。」


「兄さんはそれでいいんじゃないですか?誰も求めてませんし。まぁ楽しみにしていてくださいな。兄さんには兄さんの役割がありますから。」




 さて、次の日の朝。準備は整った。それぞれがそれぞれの衣裳に着替えると、なんと出来上がったのは旅の楽士とその一行……いわゆる音楽興行一座の完成である。


 それにしても、なんとぶっ飛んだ変装だろう。さすがに新米騎士の俺が音楽一座の中に紛れているなんて、誰も思わないだろう。俺だって想像もつかなかったんだから当然だ。


 そして、俺の姿はと言うと……無地の黒い詰め襟の服で、胸からすとんとくるぶし辺りまで生地が落ち、ゆったりめの長袖は袖口を折り返して長さを調整する。中国の民族衣装長袍(チャンパオ)に似ていた。と言うかそのものだ。俺は、良く香港映画で拳法家が着ているような服だったので少々テンションが上がったが、何故か俺だけ目に鉢巻のような物を巻かれて何も見ることが出来なくなってしまった。


「おい。これじゃ何も見えないじゃないか。」


「それ取っちゃ駄目よ。今日からあなたは目の見えない役なんだから…目隠しをしてれば貴方が見つかる確率も減るでしょ。」


「まぁ、そうだけど……」


「それから、貴方は見習い役だからね一番下っ端よ。目が見えなくなって琴の修行をしながら一座について来てるの。だから私の事は今日から師匠と呼んで、それから話し方にも気を付けなさい。」


 毒姫は嬉しそうにそう言った。

 確か俺は昨日の朝、師匠だとか弟子だとか彼女とそんな話をしていたが、もしや彼女は自分を師匠と呼ばせたいが為にこんな設定にしたのではあるまいか……。なんて勘ぐりたくなる設定だ。いや、十分あり得る話である。


 座長は毒姫で、ピンクの華やかな衣装。そしてリュウタイは長い羽織を羽織って、冠こそかぶってないが孔子だか諸葛孔明の様なゆったりとした格好をしている。そしてこれが羨ましいことにまた良く似合う。

 最後にリュウサン。彼は荷物運びの人足役だ。上半身に質素なベスト着込み馬に荷車を引かせている。


 目の見えない俺は荷物とともに荷車の荷台に乗せられて、他の三人は馬の背に跨って、一座は心地よい日差しの中、街道を一路ナンバークに向かって急がず焦らずゆっくりと進んで行った。

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