第12話 師弟関係

 気がつくと昨夜降っていた雨も上がり、格子窓からは柔らかな朝日が差し込んでいる。

 昨夜、俺は男達が目を覚ますのではないかと、剣を抱えて寝ずに見張っているつもりだった。

 そういえば、途中からは手強い敵(睡魔)と死闘を繰り広げていたはずだったのだが、いつの間にか奴に敗北を喫して寝入ってしまった様だ。

 彼女は未だ部屋の隅で気持ちよさそうに寝息を立てていた。柱に縛り付けられた男達もまだ意識を回復する気配はない。


 俺はゆっくりと起き上がると、彼女が目覚めないように静かに入口の木戸を開けた。すこし肌寒い外気が心地よく室内に流れ込んでくる。まだ眠っている少女を気遣い俺は慌てて外に出ると静かに木戸を閉めた。


 庭先にある古井戸には、まだ朽ち果てず釣瓶つるべがかけられていた。上着を脱ぎ上半身を寒気に晒した俺は、井戸から汲み上げた冷たい水で顔と体を洗うと、外に持って出た大剣を握り締め大きく一振りした。

 そして俺は両足で地面をしっかりと踏みしめ、大剣を真っ直ぐ正面に構えると体中の全神経を腹部に集中する。そしてその姿勢のままゆっくり深い呼吸を繰返す。

 これがなかなかきつい。呼吸を崩してしまうと、重い剣を中段に構え続けることが出来なくなるのだ。



「それが、知らない男から教わったっていう剣の練習方法なの?」


 気がつくと少女が目を覚まして、いつの間にかすぐ横に立っていた。俺はゆっくりと剣を下ろし呼吸を整える。


「いつから見ていたんだ?」


「結構前からよ。目が覚めたらあなたがいなかったから…」


「ごめん、全然気が付かなかった。これをやってる時はけっこう集中してるから。」



 さすがに上半身裸は気を使う。俺は、井戸の前に戻ると、冷たい水をふくませた手拭いで体の汗を拭いた。そして急いで服を着て身なりを整える。


「この鍛錬の時は上の服を脱ぐって決めてるんだ。冬に雪が降ってるときなんかはとっても寒いんだけど、集中しているとじっとしているだけなのにすぐに暖かくなる。」


「なんだか私が思っていたのと違ってたわ。もっと何度も剣を振り回すのかと思ってた。」


「う〜ん。騎士団のみんなはそういう鍛錬をしているみたいなんだけど、この方法はたぶんもっと基礎的な練習なんだと思う。」


「そうなんだ……」


 そう言うと彼女はなんだか辺りをキョロキョロ見回し何かを探している様子。するといきなり母屋の隣の崩れかけた納屋に走って行ったかと思うと、そこに立て掛けてあった古いほうきを引っ張り出してきた。


「ねぇ、ちょっとは様になってない?」


 彼女はそう言って箒を剣に見立て正面に構えて見せた。


「私ってちょっと剣に憧れてるの。いっつも毒とか吹矢とか使ってるでしょう。でもなんかこうやって剣をやぁやぁっ!て振ってみたら、すごく気持ち良いんじゃないかって思うの。」


 彼女は嬉しそうに箒を俺に向って何回も振って見せる。そして再び箒を正面に構えるとさっき俺がやっていたように深い呼吸の真似をした。

 やっぱり勘がいい。一丁前に姿勢や視線などはなかなかそれらしく決まっている。

 俺は、しばらく感心して見ていたが時折彼女の目線がチラッチラッっとこちらに向けられるのが気になった。


 飽きてきたのだろうか…などと考えていると、少女はいきなり箒をおろしてしまう。


「ねぇちょっと、早くこの先教えてよ。」


 少し怒った様な表情に、俺はさっきの目線の意味を理解した。


 あぁ、教えてほしかったのか…


 思えば、見知らぬ男から教えてもらっただけの秘伝でも何でもない鍛錬に、今まで興味を示した者も騎士団の中には何人かいた。しかし、実際に自分も試そうとした人は誰が一人としていなかった。

 時には役に立つのかと馬鹿にする者もいたため、俺はいつしか朝早くに隠れてこの鍛錬をする様になったのだ。

 だから彼女がそれを教えてほしいと言うなんて全く考えもしなかった。


 彼女にとっては単なるお遊びかもしれなかったが、俺はそれでも嬉しかった。


「まず、この鍛錬の方法は俺が見知らぬおっさんから伝授されたものだ。もしそのおっさんが希代の達人だったら君も達人だぜ。もし学びたければまず俺のことを師匠と呼びなさい。」


 俺は少し威厳のある様な表情で、いたずらっぽく言ってみせた。すると彼女は嬉しそうにはつらつとした声で返事をした。


「ハイ!師匠。」


「よしいい返事だ。」


「あ、でも、あなたの事を師匠って呼ぶのは朝の鍛錬の時だけだから勘違いしちゃだめよ。」


 師匠と弟子などとは単なるお遊び、俺も本気になどしていない。「いいよ」と答え、そしてもし自分が何かを教わる時は逆に彼女の事を師匠と呼ぼうと約束した。


「良いわねそれ。楽しそう。」


「でも毒は、嫌だぞ。」


「残念ね後悔するわよ。まぁ私が教えれる物は他にもたくさんあるから楽しみにしてなさい。」


 そう言って少女は明るく微笑んだ。


次話


『拷問のやり方』

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