第13話 拷問のやり方

 男達が意識を取り戻したのは正午を過ぎてからだった。


 頃合いを見計らって、俺は少女の指示で三人それぞれの頭に井戸の冷水を掛けてく。俺も彼らには聞きたいことが幾つかある。だから少女のやり方を傍らで見てるだけにはいかない。


 ただし、憂鬱だ……。


 わかってはいるが、こうした拷問や尋問めいたやり方は、なかなか気乗りがしないものだ。

 前世で拷問の経験は……もちろんあるわけない。転生してからも騎士団長の息子としてお行儀よく育ってきた俺は、結局何をどうすれば良いのか全くわからないというのが本音だった。


「要するにお坊ちゃんなのよね。」


 少女は俺に向って抜け抜けと言い放つ。情けない話だが確かにその通りだと思う。嫌な仕事を彼女に任せてこうして横で見ているしかないのだから。

 俺と同じくお嬢様のはずの少女が一体何者なのかは置いておいて、彼女はこういったことに一切躊躇をしなかった。


「全然気兼ねしなくていいわよ。逆にクオンはこんな事に慣れないでも良いと思うの。その方があなたらしいじゃない。」


 言葉の意図はよく飲み込めなかったが、彼女は意味あり気にそう言いうと、最初に意識が戻った長身の男の喉元に再び刃物を突き立てた。

 この男は昨晩、毒入りの酒をわざわざ見つけて、まんまと自ら痺れ薬を飲んだ張本人だ。しかしこの間抜けな男も根性だけはあるらしい。今も、彼女に刃物を突きつけられているにも関わらず、大きな声で縄を解けと喚いている。


「全く……命が惜しくないのかしら……」


 俺には彼女の一挙手一投足に何の意味があるのかは分からない。しかし次第に威勢の良かった大男の牙が一本ずつ抜かれていくのは分かる。


 やはり彼女はこう言う事に慣れているのだろうか……


 だが、安心したことに、今の所さほど残酷な真似をすることなく済んでいるのは、彼女が俺の気持ちを汲んでくれているからかも知れない。

 正直言えば爪を剥がすぐらいの事は覚悟していたが……それもまだやってはいない。


 しかし、俺はどうしても理解出来ないことがある。どう言うわけか最初の男も2番目の男も、少女が耳元で何かを囁いた瞬間に突然怯えだし、急に柔順になったのはなぜだろうか。



 最後に意識を取り戻したのは色の白いやさ男だった。昨夜は暗がりでよく見えなかったが、今こうやって見てみるとなかなかの色男に見えなくもない。


「ねぇねぇ、二枚目のお兄さん。あなたがこの3人の頭なんでしょ。だからあなたが口をきいてくれなきゃ困るのよねぇ」


 彼女は皮肉たっぷりの口調でそう言うと、男の前に屈んで頬を軽くペチペチと小刀で叩いている。しかし男は少女を睨んだままでいっこうに口を開こうとはしない。


「ねぇクオン、もう一回水を掛けてあげて。」


 やさ男は見た目とは裏腹になかなか気骨があるようで、こういったやり取りは既に5回目に入った。


「乱暴な事をしないって言うのが難しいのよね……」


 そう言うと彼女は俺の事をちらっと恨めしそうに見た。そして……いかにもといった表情を俺に見せると、腰に下げた袋の中から小さなガラス製の小瓶を取り出した。


「もう、これ使っちゃおうかな……これは乱暴に入んないわよねぇ……」


 またもや毒か?


 しかし……よく見るとその中身には、なにやら黒い生き物がうごめいている様に見える。


 もしかしてそれって……毛虫?ムカデ?いずれにせよれは毒虫のたぐいに違いない。もし彼女が常日頃からそういう物を持ち歩いているとすれば……。さすがにどん引きの俺に対し、なぜか少女の顔は満足気だ。おそらくは俺が気味悪がっているのを楽しんでいるのだろう。なんと悪趣味な娘であろうか。


 そして少女はその毒虫の入った瓶を、やさ男の顔の前にチラつかせる。もちろん眼の前に見える醜悪な生き物に、さすがのやさ男も目を横にそむけた。



 その時。そのやり取りを先ほどからずっと横で見ていた大男が、ついに耐えきれず口を挟む。


「おい兄貴もうやめてくれ。こうなってはどうにもならん。」


 そんな言葉につられて、やさ男の後ろに括りつけられていたもうひとりの男も大男に続いて口を開いた。


「そうだぜ。おとなしく言う事を聞いたほうが身のためだ。」


 すると


 今までずっと黙っていたやさ男も、仲間のだらしない態度についに口を開いた。


「いまさら何を言っている。命が惜しくてこんな稼業やってられるか。」


 少女は「なんだ話しできるんじゃない」と言ってフンッと鼻を鳴らす。


 しかし、そんな事はお構い無し。既に心の折れてしまった二人の男は堰を切った様にやさ男の説得を試みる。


「確かに、俺たちは悪党だ。命が惜しいなんて思ったことはねぇ。だがよ、駄目なんだよ。」


「ああ、あれだけは駄目だ…兄貴も諦めろ…」


 そんな弱腰な弟達の態度に、優男はいっそう声を荒げた。


「黙れ。負け犬め!」


 しかし、一度怖気づいてしまった弟分達には、もうこの少女の尋問に抗うだけの気力は残っていないのだ。


「俺たちは兄貴の事を思って言ってるんだ。」


「そうだぜ、今回ばかりは誰も俺たちの事を負け犬だなんて言わねぇ。」


「うるさい。こんな小娘の脅しに負けたなんて、これからどうやって生きていく?殺されたほうがましだ。」


「この稼業をやってりゃ確かにそうだが……。兄貴……諦めてくれよ。」


「駄目なんだよ。俺たちは兄貴のあんな死に様は見たくないんだ……」


 やさ男は、諦めきった2人の弟分に苛立ちを隠せない様子だ。しかしやさ男は何かがおかしい事に既に気がついている。弟分達は……先ほどから確実に少女が提示した何かに対して怯えているのだ。


「だから、さっきから何が駄目なんだ。はっきりと言え!」


 やさ男が業を煮やして、二人に問いただす。しかし二人は言い淀んだまま、なかなか要領を得た返事が帰ってこない。


 だが、もうこれ以上同じやり取りを繰り返しても意味は無い。大男とて、それが分からない程バカではない。少し間を置いて、ついに彼はその忌々し言葉を口にした。


「………だ」


 おずおずとした声は、全く何を言っているか聞き取れない。


「え?聞こえねぇよ。はっきり言え!」


 苛立つやさ男に、今度はやけくそ気味に大男がはっきりとその毒薬の名前を言った。


線虫丹せんちゅうたん……」


 なぜだろうか、その言葉を聞いたやさ男の顔が一気に青ざめていく。


「せ……線虫丹……だと……。」


 その瞬間、やさ男の緊張の糸がぷつりと切れた。



 さて、この時の俺はまだ線虫丹の恐怖については何も知らなかった。しかし知ってしまった今となっては男達の気持ちがよく分かる。それ程までに恐ろしい薬なのだ。


 正式には『住血線虫丹じゅうけつせんちゅうたん』この口にするのも恐ろしい丸薬について、南方の邪教派ならば知らない者はいないだろう。

 かつては裏切った仲間への制裁や間諜への拷問の際に使用されたと伝えられる丸薬であり、これは未開の地が多い南方のとある渓谷に生息するカタツムリの寄生虫『住血線虫』の卵を特殊な方法で丸薬にしたものである。


 読んで字のごとく、人の血管に寄生し体内で増殖する……。


 この先はあまりにもおぞましいため説明は控えるが、その名を聞いただけで大の男がガタガタと震えると言う事から寒氷丹(カンヒョウタン)とも呼ばれている。

 今では南海の緑翠荘りょくすいそうと呼ばれる土地に住む少数民族のあるじだけが持つとされていた。


「い、いや、緑翠荘の姫はこんな小娘じゃない。あそこの姫はもっと色気のある……。」


 なんとか正気を保とうとするやさ男は、眼の前の小娘が持ってもいない薬で脅しをかけていると思いたい。しかし冷静さを欠いた男は忘れていた。


「兄貴知らねえのかよ。緑翠荘の娘はここ数年その行方を眩ませているだろ。そして今は妹が……。」


「そういえばそんな噂を聞いたことがある……。ということは……もしかしてお前が噂の毒姫どくひめ?!」


 人の顔というのはここまで青ざめるものなのだろうか……。俺は大の男が絶望する瞬間と言うのをこの時初めて見た。


 そして、最悪な現実を受け入れるしかない男に、少女は容赦なく答えた。


「そうね。私はその呼び方が大嫌いだけど、みんなはそう呼ぶわ。」




次話 


『決して男に使ってはいけない毒の話』

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