第10話 小悪党三人組まんまと罠にはまる

 俺の背嚢はいのうの中から取り出された餅。


 俺がこの餅なる保存食にこの異世界で再び出会えた時の歓喜は筆舌に尽くし難い。だがまぁそれも転生者には良く有る話だ。

 今はなるべく話しの腰を折りたくないのである。だからこの話はまたあとの機会にでもさせて頂こう。出来れば俺が白米に出会った時の感動と共に。



 さて、そんな俺が餅を焼くために火を起こそうと部屋の傍らに置いてある薪に手をかける……。緊張が走ったのはそんな瞬間だった。


「ちょっと静かに。なにか来る。」


 少女がそう言って不意に立ち上がった。


 彼女は小さな声だが厳しい口調で俺に注意を促し、その表情はたちまち険しいものへと一変した。俺にはまだ何が起こっているのかは分からない。しかしその表情からは何かただならぬ事が起きていることは理解出来た。


 そして……遅ればせながら俺も異変に気がつく。


 雨音の中にかすかな馬の蹄の音がするのだ。しかも複数頭の蹄の音だ。


 次第に大きくなるその音……。馬を駆る何者かが、あきらかにこの家を目指し近づいて来ていた。


 もちろん用心のため外に明かりは漏らさない様にしていた。しかしそれでも隠しきれない何かがあったのかも知れない。だが、今はそんな事に気を回している暇は無い。


 俺は慌ててロウソクの火を消した。


 そして闇の中、少女と互いに身振りで合図をしながら静かに建物の裏口へと移動する。


 奴らが俺達に気がついていなければ、馬を繋ぐ必要がある為、すぐには中には入ってはこないはずである。



 俺は大剣と荷物を手に取り裏口の戸を開けた。つづく少女は荷物の回収に多少手間取っている様子。

 いや。もしかすると、俺が気が付かなかった気配のようなものを消しているのかもしれない。彼女が抜け目のないことはこのたった半日で俺もよく分かっている。





 馬は予想通り家の前で止まる。激しい雨音で会話は上手く聞き取れないが、逆に俺達が身を隠すには都合がよかった。

 もし彼らが新たな追手ならば、戦闘も覚悟しなければない。だが、このままやり過ごせるなら、それにこしたことはないのだ。


 表の引き戸が開く音がした。


 建物の中に入ってくる男達にさほどの緊張感は感じられなかった。それどころか、やれやれといった具合に雨にぬれた外套や靴をぬぎ、それぞれが思い思いの場所に腰を掛けた。


 俺達二人は裏口の戸の隙間からその様子を静かに伺う。男達の人数は声の様子から恐らく3人。手前の長身の男の姿はよく見えるが他の二人は柱の影に隠れてよく見えない。


 狭い隙間から俺達はよりいっそう肩を寄せ合うようにして中を覗き込む。話の様子からして少女を追っていた5人の追手の仲間であることは確かだった。おそらくそれぞれ別行動をしていた3人が集って情報の交換をしているのだろう


 いつの間にか少女は、そのか細い手を俺の腕に添えている。お互いに歳頃の男女ではあったが、こう差し迫った状態で追手の男達の話し声に集中している俺達は、お互いに男女を意識している暇もない。

 

 しかし不意に添えられた少女の手に力が入り、俺の腕が力強く握リ締められた……。それは姿が見えない奥の男が青い服の女の話をした時だった。


「街道で死んでいた青い服の女は結局別人だったぜ。例の物は持っていなかった。」


 男は確かにそう言った。


 強く握られた腕と強張った顔に、少々鈍感な俺でも隣の少女がひどく動揺している事が分かった。おそらく彼女は昼間に服を取り替えてきた女性のこ事を考えているのだろう。


(君が服を交換したおばさんの事を心配しているのかい?)


 俺は小声で少女に尋ねた。


(うん。おばさん私のせいで殺されちゃった……。)


 自分では痺れ薬を盛っておいて、そこは気にするのか…と正直思ったが、おそらく彼女なりの線引があるのだろう。無いと思っていた彼女の良心が、どうやら痛んでいるらしい……。


 しかし俺は確信していた。しびれ薬を使われた女性がすぐに回復し着飾って街道を出歩けるわけがない。


(大丈夫、姫が服を交換した女性は殺されてないよ。)


(でも今……青い服の女って……。)


 男は確かに青い服の女といった。しかし……おそらくそれは別人だ。


(ねぇ、君が服を奪ってきたところはどこだい?)


(え?おばさんの家だけど…)


(君は、しびれ薬を使っただろ。動けるようになってから君の服を着て外に出歩こうとしても、もう日は暮れて雨が降ってるんじゃないか?多分高価な君の服を泥で汚そうとはしないと思うよ。)


(でも…家で襲われたのかも)


(それは大丈夫。あいつは街道で殺したって言ったからきっと別人だよ。)


 少女に握り締められていた俺の腕から力がすとんと抜けた。強張ってい表情も元にもどり安堵の表情を浮かべる。少女は素直に青年に礼を述べた。


(ごめんね。そんな簡単なことをあなたに教えられるなんて恥ずかしいわ。一瞬、私のせいでおばさんが殺されちゃったのかもと思ったから…)


 彼女とは一日も行動を共にはしていないが、しおらしく感謝の言葉を伝える少女の姿を見る事が出来るとは思っていなかった。

 悪女に見えて、実はそうでも無いような…なんとも不思議な少女である。


 ただその間にも、男達の会話は続いている。もちろん橋の上のでの死闘のことは、当然ながら追手に知られていた。やはり俺達は目立ちすぎていたのだ。

 

「橋の上で殺された奴らはどれも毒によるものだったよ。多分あの小娘の仕業だな。まったくヤバいやつだぜ。ただ…その中に1つだけ気になる死体があったな。」


「聞いたぜ、馬もろとも一刀両断ってやつだろ。」


「あぁ、あの太刀筋は恐らくは両手持ちの大剣だろう、この大陸であんな扱いにくい獲物を使うと言ったら騎士団ぐらいだ。」


「騎士様ねぇ…確かに、騎士団の大剣なら馬も真っ二つに出来るかもしれねぇな。」


「おい、その騎士って例の小僧じゃないのか?」


「まさか、情報じゃ剣技も無い新米らしいぜ。そんな小僧に何が出来るんだ。アザ持ちがあんな簡単に殺られるわけ無いだろう。」


「それはそうだな。でも、もし二人が一緒に行動してるなら一石二鳥だろ。」


「取り敢えず高価な青い服を着た女が、大剣を背負った男とこっちに向かって歩いて行ったってのは確かなんだ。もしかしたら本当に新米騎士様かもしれねぇぜ。」


「まぁ、ほんとにそうなら俺たちにも運が向いてきたってことだな。小娘はともかく新米騎士様はチョロそうだ。」



 新米騎士……男達はそう言っていた。もちろん俺の事だろう……。だが、男達が俺の事をそこまで詳しく知っているのは何故なのだろうか……さすがにそこまで証拠を残した覚えはない。

 それにもう一つ。彼女が邪教派から追われているのは事実だが、追手の会話はまるで俺までも邪教派から狙われている様に聞こえる。


 いったいどういう事なのか…今度は俺の顔が強張る番だった。


(ねぇ、聞いてた?今の話の騎士団の小僧ってクオンのことじゃないの?なんであなたまで邪教派にねらわれてるのよ。もしかしてまた団長なの?)


 彼女はそう尋ねてくるが、いや俺だって寝耳に水だ。


(ごめん、俺も話が飲み込めないでいる。ちょっとまってくれ。)


 頭を冷やす為に俺は、ひとまず戸の隙間から顔を外そうと立ち上がった。

 しかしその時である。俺は立ち上がりざまに姿勢を崩して裏口の戸に体をぶつけて物音を立ててしまった。


「しまった!」


 しかし後悔先に立たず。一瞬にして俺達に緊張が走る。逃げるか戦うか…二つに一つ。その選択が迫られた。




 家の中では、物音に気がついた奥の男が手前にいる長身の男に声ををかける。


「おい今裏口から何か聞こえなかったか?ちょっと見てこい。」


「はぁ…俺は何も聞こえなかったがねぇ。」


 そう言いながらも男はゆっくりと体をひねり裏口に目をやった。そして机の上に無造作に置いてあった曲刀を掴むと気怠そうに立ち上がった。


「いや、しかし流石に雨に濡れると体が冷えるな。この家に食い物とかはねぇのかよ。」


 長身の男はそう言うと、鞘に入ったままの刀で家の中を荒らしながら徐々に裏口へと近づいて来る。俺は覚悟を決め前回同様に大剣を頭の上に振りかざした。

 一人目は俺が、そして二人目は少女が吹き矢で狙う。最後の一人は運次第だ。


 しかし長身の男は裏口手前にあった調理用の台の前でその足を止めた。


「おい、酒があるぜ」


 男はそれを見つけると嬉しそうに刀を放り投げ酒を手に取った。


「こんなボロ空き家にそんな気の利いた物あるわけないだろう。」


 奥から聞こえてくる声には構わずに、長身の男は、瓶の蓋を開けて匂いを嗅ぐ。


「安物だが、確かに酒だぜ。あらかた俺たちの前にここで雨宿りでもした奴らが忘れていったんだろうよ。これで少しは温かくなる。」


 男は嬉しそうに声を上げる。


「よし、なら俺にもよこせ。」


「待て待て、俺が見つけたんだから最初は俺に飲ませろ。」


 いつの間にか男たちは物音のことも忘れ酒盛りを始めていた。



 俺は剣を下すとゆっくりと深呼吸をした。


 しかし少女を見ると何故か満面の笑みを浮かべている。なんとも気持ちが悪い笑み…これは何か良からぬ事をかんがえている時の顔だ……。


「さっきの話、当然クオンも気になるでしょ。やっぱりそう言うことは本人達から直接聞いたほうが早いわよね。」


 そう言うと少女は中の男達に一切興味を無くした様子で、戸の隙間から中を覗くのを止めてしまった。


 俺は、用心の為に再び戸の隙間から中を覗いて見る。


 すると突然ガチャンと盃が割れる音と共に、長身の男が椅子から地面へと崩れ落ちた。


(また、やったな!)


 俺は横で笑っている少女をまたもや呆れた顔で見つめた。



次話


『痺れ薬が切れるまで』

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