第8話 それであなたは納得したの?

 俺達ははそれから一時間ほど歩き続け、やっと街道脇の丘の上に空き家らしい一軒家を見つける事が出来た。

 少し朽ちかけたその家は、さすがに雨漏りくらいはするだろうが、さほど荒れた様子も無く今夜の寝床としては申し分ない。


 野宿と比べれば天と地だ。



「あら、やっぱりあなたアザ付きなのね。」


 なかなか家の中に入って来ない俺の様子を伺いに外に出てきた少女は、井戸の水で体を洗い流す俺の姿を見てそう言った。俺の手の甲にある赤い特殊なアザを見つけたのだ。


「アザと言うなよ。聖痕だ。」


 騎士団や聖教会ではこのアザを聖痕と言う。

 アザという呼び方は騎士団や教会に敵対する邪教派の呼び方で、本来アザと聖痕はどちらも同じものである。

 ただ俺は騎士団の中で育ったせいかアザと言うよび方には若干の抵抗があった。


「まあ、どっちでもいいんだけど。聖痕持ちなのになんであんたはあんなに弱いのかなと思って…よくまとめて5人も相手にするとか言ったよね。」


「うるさいなぁ。放っておけ。」


「何よ。まださっきの痺れ薬のこと怒ってるの?」


「怒ってないよ。ただ、もう少し他にやり方があるんじゃないかと言っただけだろ。」


 さっきの衣装の件で、少々俺達の関係がギクシャクしてしまっていた。

 関係と言ってもつい半日前に出会ったばかりだが…


 俺も生きてきた年齢では十分大人のはずなんだが、どうも肉体の年齢以上に精神は成長出来ていないのかもしれない。どうも彼女と話すと自分が大人気ない様な気がする。


 まぁ、それもこの高飛車な少女の無茶苦茶な性格のせいなのだが。


「でも、あなた、聖痕を得て魔力が覚醒してるんだったらもっと色々な技を身に付けていてもおかしくないはずでしょ。曲がりなりにも騎士様なんだし。」


 今もまた機嫌が悪いのかと思ったが、なんとも答えにくい事をズケズケとしてくる。


 しかし、彼女の疑問は当然だろう。


 この世界に存在する5個の宝玉。騎士団はその宝玉の一つを神話の時代より大切に守り続け、そしてその宝玉が授ける聖痕の力によって、この国の守護を司ってきたのだ。だから、俺が聖痕を持ちながらあの程度の実力しかないなんてことはまずはあり得ない。


 しかしこれを説明するには事情が少しややこしいのだ。


「それ、説明しなくちゃだめなのか?」


「うん。気になるわ。」


「まったく君は自分の事は話さない癖に、人の事には遠慮がないな。今俺は全力で気の乗らない顔を見せていたぞ、なのに君はいっこうにお構いなしだ。」


 仕方なく俺は、彼女に自分が聖痕を得た理由が、幼い頃の蘇生の儀式だと言うことを語った。

 もちろんその儀式が禁忌であると言うことは伏せある。


「つまり、この聖痕は育ての親の団長が、俺の命を救うためにつけたものなんだ。だから正式な儀式で聖痕を授かっていない俺は聖痕の剣技を学ぶことはできないんだ。」


 説明の最後には、俺が小さい頃から団長に言い聞されてきた言葉をそのまま彼女に語った。


 これで俺の聖痕の話はこれでお終い。俺はそのはずだったのだが…



 彼女は今の俺の答えでは納得しなかった。


「何で?それであんたは納得したの?どんな理由があったって聖痕は聖痕でしょ。」


 そして何故か彼女は不機嫌なのだ。


「えっ?お前は何を言っているんだ?」


「だから、あんたはそれで納得したのかって聞いてるの。」


「さっきも言っただろ。俺の聖痕は正式な手続きで得たものではないんだって。」


「は?あなたは何故それで納得するの? そんなの後から正式に手続きをすればよかったじゃない。」


 なぜこの少女は、こんなにも俺に突っかかって来るのだろうか…

 他にもどうしようもない理由だってある。だからこの話はもう終わりにしたいのに。


「それに、団長が言うには、幼い頃に聖痕をつけた場合、魔力のめぐりに特殊な癖が付いてしまうんだ。身体能力向上の修練をすると逆に体を傷つける可能性がある。わかったろ?だからこの話はこれで終わりにしよう。」


 俺はそう言って、逃げるように井戸の前から立ち去った。外はもう日も暮れ先程から雨がポツポツと振り始めている。


 室内には小さなロウソクが一本灯されていた。俺は傾きかけたテーブルに大剣を置き、椅子に倒れるように腰掛けた。


 正直、彼女と聖痕の話はしたくない。なぜなら彼女の言葉は、俺が今まで心のなかに幾度となく浮かびそしてその度に打ち消してきた言葉だったからだ。

 もしここで俺が彼女の言葉を認めてしまったらどうなる?転生してから今までの人生で俺が積み重ねて来たものが全く意味の無いものになってしまうじゃないか…


 しかし少女はなおも俺に辛い言葉を突き付ける。


「へ〜、そんな事信じてるんだ。私はそんな話は聞いたことないけどね。もしかして団長が嘘を言ってるんじゃない。」


「もう止めてくれよ。この話にいったい何の意味があるっていうんだ!」


 俺は彼女に向かって声を荒らげ、そしてテーブルを拳で思いきり叩いた。冷静さを欠いているのは自分でも分かる。しかしもう耐えられないのだ…


「なんか、イライラするのよ。あなたの聞き分けの良さが。だからあなたはお人好しのバカなのよ。」


 彼女が言わなくてもうすうす分かっていた。おれは団長に疎まれているのではなく嫌われているのだと。だからこそ俺は旅に出たのではなかったか。


 口では偉そうな事を言っておきながら、結局は騎士団から離れる事ができない俺は、彼女の言うようにお人好しのバカなのかもしれない。


それなのに……


 分かっていたにもかかわらず、思わず声を荒げてしまった俺は、なんと格好の悪い男なのだろう……そして……彼女はなんの為にここまで俺に絡んでくるのだろうか?


「取り乱して悪かったな。でも何でそんなに俺に絡んでくるんだ…今日初めて会っただけの男に…」


「私、思い出したのよ。あなたの事。」


「はぁ…むかし何処かで君と会ったか?」


「あなた騎士団長の息子でしょ。確か名前はイニアって言った。」


「その通りだ。まぁ、団長は有名人だからな、そりゃ息子の俺の名前も知られていたっておかしくない。」


「違うわ。私の一族にね、何年か前に依頼があったの…騎士団見習いのイニアと言う少年をそれとわからないように殺してほしいって…まぁ結局は断ったんだけど…」


「おい。いい加減なことを言うのはやめろ。俺を殺してなんの得がある?いったい誰がそんな依頼をするっていうんだよ。」


 全くバカな話だった。俺が声を荒らげた仕返しか?その時の俺は全くの与太話に付き合わされたのだと思った。


 しかし少女は俺の目をしっかりと見据えている。その目は嘘をついているようには見えない。

 そして彼女ははっきりと依頼者の名前を口にする。


「依頼者はアイオン騎士団長。あなたのお義父さんよ…。」


 その時。


 薄暗い室内に、眩い閃光が射し込むと共にバリバリバリと言う轟音が鳴った。

 近くの樹木に雷でも落ちたのだろう。


 しかし俺の心情描写に雷とは良く出来ている。気付がけば外は春の嵐。激しい雨と風が戸や窓を打ち付けていた。




 ただその時の俺は、何故か自分でも不思議なくらいに冷静でいられたんだ…



次話


『俺の本当の名前。』

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