第7話 スナック感覚で毒を使うな
街道を進むほどに日は傾いていく。
俺は当然ながら追手の事も心配だったが、それよりもそろそろ今夜の宿のことが気になり出していた。
しかし、いくら足を進めても街道の脇にはのどかな田園風景が広がるばかり。宿屋らしき建物はおろか民家すらほとんど見当たらない。
おそらく今日は宿場まで辿り着くことは出来ないだろう。せめて茶屋でもあるといいのだが…
俺がそんな事をぼんやりと考えていると、アオザイの少女は、いつの間にか街道脇の畑で農作業をしていた女性を摑まえて宿の場所を尋ねていた。
「ねぇおばさん。この辺りで一晩泊めてくれる宿とかはないかしら?」
あくまでも高飛車な態度である。
しかし女性はちらっと俺達の方を振り返っただけで、再び腰を屈め畑を耕し続けている。
人にものを尋ねるのに馬上から、そんな言い方は無いだろう…だから無視されるのだ。年配の女性に話しかける時はどの様にするのか、やはりここは俺がお手本を見せておくべきだろう。
「失礼ですがご婦人…もしよろしければ少しだけお時間を頂けませんか?私達は旅の者なんですが先程子供達にいたずらをされまして、私はこの様に泥だらけの有様です。実は、日も暮れ始めましたので宿を探しているのですが…このあたりに宿の心当たりはございませんか?」
俺はとびきり丁寧な言葉遣いでその女性に再び声をかけた。結局のところ見た目はおばさんでも、物は言いようだからな。
「ぷっ…ご婦人って…」
隣で、彼女の吹き出す声が聞こえたが、今は気にしないでおこう。
俺の騎士団流紳士的物腰のおかげで、そのご婦人からどうにか話を聞くことが出来た。
「残念だけど、新しい街道が出来てからはこの旧街道は年々寂れてしまってねぇ、今じゃこのあたりの宿はみんな店を畳んじまったよ。もう少し早い時間なら先の宿場まで行けたろうに。」
思った通りの答えだったが、これはこれで重要な情報である。
「ご丁寧に有難うございます。仕方ありませんのでもう少し進みながら何か考えてみます。」
俺がお礼を言うと、婦人は最後に一言付け足してくれた。
「まぁ宿は諦めることだね、野宿でも何でもいいけど、そろそろ雨がふりそうだから早いうちに寝床を確保しといたほうがいいよ。」
警戒心はつよいが意外にいい人じゃないか。
俺は単純にそう思ったのだが、婦人はすぐに怪訝そうに俺達を眺めながら農作業を止めて足早に街道の脇道へと去っていった。
やっぱり俺達、そうとう怪しいのだろうか…
仕方なく今晩は宿屋を諦めて、空き家でも馬小屋でも夜露を凌げる場所を探すしかない。
「ねぇあなた、よくあんな歯の浮くような物言いが出来るわね…」
俺の何がそんなに可笑しいのか、ニタニタとした顔で少女がこちらを見てくるのが微妙に腹立たしい。
「どうでもいいだろ。処世術ってやつだよ。」
「処世術って…」
「まぁそんな事よりお嬢さん。野宿は大丈夫なのか?」
「あぁ、そうね。野宿も無理じゃないけど、できれば屋根のある所で寝たいわ。」
「確かに。さっきのおばさんも雨が降るって言ってたしな。最悪、どこぞの民家の軒先でも借りるか。」
「最悪ね。」
「まぁ、もう少し進んでみるか。空き家とかあるかもしれない。」
結局、俺達は前に進むしかないのである。ただ今度は宿屋ではなく空き家探しになっているが…日が沈むまでにはまだもう少し時間はある。
「ねぇ。いきなりだけど私達、早く着替えたほうが良いんじゃない?やっぱりこの格好じゃ追手に足がつきやすいと思うの。さっきのおばさんもかなり怪しんでたみたいだから。」
少し進んで少女が突然こんな事を言ってきた。寝床探しで忘れかけてはいたが確かにそれも問題であった。ただこんな田舎では…
「それもそうだな。しかしこのあたりじゃ古着屋すら無さそうだぞ。」
「確かにそうね…でもこんな田舎じゃこの服は人目を引くし、なんかさっきのおばさんのような地味な服が…」
と彼女がそこまで話したその時。彼女の頭の上に突然ビックリマークが立った。(ような気がした。)
すると次の瞬間。彼女は急に手に持った手綱を引っ張り馬の向きを反転させる。
俺は何故か嫌な予感がして馬上の彼女を見上げた。するとそこには得意気な笑みをたたえながら俺を見下ろす少女の顔があった。
「あのね。私、今いい事思いついちゃった。ちょっとここで待っててね。」
彼女はそう言ったかと思うと、すぐさま馬に鞭を入れ今来た道を一気に駆け戻っていった。
何のことか全くわからず呆気にとられた俺だったが、どうせ良からぬ事のような気がしてならない。
馬は勢いよく街道を駆け抜け彼女の姿はすぐに見えなくなってしまった。
気がつけば俺達が歩いて来た道の先が黒い雲で覆い尽くされている。日の入りにはまだ間があるのにあたりが薄暗いのはそのせいだった。
俺が雨を心配しながらその場で待っていると、しばらくして少女が馬上から大きく手を振りながら戻って来た。
しかし驚いたことに、何処で手に入れたのか少女の衣装が変っている。どう?似合う?と言わんばかりに麻の質素な衣装を見せびらかすその姿に、俺はつい先程の出来事を思い出した。
「おい、それってさっき宿の事を聞いたおばさんの服じゃないか?お前!お前まさか毒で…」
俺は咄嗟にそう口走ったが、彼女ならやりかねないのだ。
「ちょっと物騒なこと言わないでよね。いくら私でも誰かれ構わずに殺したりしないわ。ちょっと眠ってもらって私の服と交換してもらっただけよ。あの服を売ったらたぶん余裕で1年は遊んで暮らせるわ。きっとおばさんも喜んでるわね。」
「えっ?眠らせた?でも…それってやっぱり…」
「そんなことよりも、さっさと寝床を確保しなくちゃね。ほら、先を急ぎましょ。」
俺は、少女のあまりにも強引な理屈に言い返すことが出来なかったが、殺してないって言ったって、やっぱりしびれ薬を使ったんじゃないか…俺は、どうしても彼女のやり方には納得がいかない。
この世界には、何かスナック感覚で、毒を使う文化でもあるのだろうか?
次話
『それであなたは納得したの?』
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