第5話 異世界でこう言うのもなんだけど、人道的にどうなのそれ。

 あぜの幅が狭いため追手たちは多勢で取り囲むことができない。そのため、奴らは俺に向かって一列で駆けてくる。


 このあたりは彼女の計画通りといったところである……


 ただ、先頭の男は南方特有の曲刀を振り上げながら馬の速度をなおも上げ、すれ違いざまに俺と剣を交える構えだ。


 一方の俺は橋の上で馬を半身に構え追手を迎え討つ。自慢の大剣を頭上高く振りかぶりすれ違いざまの一撃に全神経を集中していた。


 腹をくくればあとはやるだけだ。


 勢いを上げて駆けて来る敵との距離が縮まり、互いの馬の鼻先がすれ違おうとする瞬間。

 俺は大剣を頭上から渾身の力で黒装束の男に向かって振り下ろした。

 男は、大きく風を切る音を立てて振り下ろされる大剣の迫力に押され、咄嗟に曲刀を自らの頭上に掲げ受けに転じる。


 もらった!


 俺の大剣はそのまま勢いを消されることなく曲刀もろとも黒装束の男を頭から真っ二つに斬り伏せた。

 そして、そのままの勢いで男が乗っていた馬の体までも真っ二つに斬り伏せた。




 あら、意外とやるじゃない。彼も聖騎士団のアザ持ちだったりして――


 橋を渡りきったところで何やら小細工をしている少女は俺の予想外の剣の腕前に感嘆した。


 もしかして5人全員やれるんじゃないかしら――


 彼女がそう思ったのも束の間、一転して俺は窮地に立たされていた。





 一人目を斬り伏せた俺の剣技に後続の男たちは一瞬たじろいだものの、今度はゆっくりと俺との間合いを詰め隙きを突こうと曲刀を突き出しては様子を伺ってくる。


 しかしまずいことになった。俺はこの次いったいどうしたら良いのか分からないのだ。

 結局、騎士団流の剣技を教えて貰うことがないまま、ただひたすら素振りだけをやらされていた為にこのざまなのだ…


 くそっ団長め、小さな弟には剣技を教えていたくせに。このままじゃまた死んでしまうじゃないか。


 仕方なく俺は再び大剣を頭上に持ち上げた。そしてもう一度敵に向って全力で振り下ろす。これしかない。

 だが男は先程の剣の威力を見ていたために刀では受けない。俺が振り下ろした剣をぎりぎりのところでかわし、懐へと飛び込んでくる。そして一気に曲刀を俺の胸に突き立ててきた。


 やばい。


 そう思った瞬間、俺は体を大きくのけ反らす。

 突きつけられた曲刀をなんとかすんでのところでかわすことは出来た。しかしそのせいで俺は馬上で大きくバランスを崩してしまっていた。




「あのバカ!!二度も同じ手が通用するわけ無いじゃないの。」


 それを見ていた少女はそう言うと、すぐさま懐から細い竹製の筒を取り出す。

 そして瞬時に狙いをつけると竹の根本に素早く2回息を吹き込んだ。

 立て続けに竹の先から押し出された2本の針は今まさに俺を斬りつけようとする男の両目に突き刺さった。


「くそっ暗器か!卑怯ものめ!」


 俺への一撃が空振りに終わった男は、針の刺さった目を押さえながら喚き散らす。


「女一人に大の男が5人。どっちが卑怯なのかしら?」


 そう言うと少女は再び竹筒を口元に運んだ。それを見た後続の男たちは吹き矢の針を警戒し身構える。剣戟のさなか正確に男の眼球を射抜く腕前である、毒の付いた針でも貰えばたまったものではない。

 しかし少女の吹き矢を使う格好はただの見せかけである。その隙きを逃さず彼女はなんとか馬上で体制を立て直していた俺に向って叫んだ。


「おいバカ!今よ。布を咥えてこっちに来なさい。目も開けちゃだめ!」




 絶体絶命のピンチを少女に救われた俺は、計画通り身をひるがえし黒装束の男たちから一気に距離を取る。

 振り返った瞬間背中で何かが炸裂したような気がしたが、目を閉じているため何が起こっているのかはよくわからない。

 馬は当初の心配をよそに、少女が言ったように道を外さずに真っ直ぐに走ってくれていた。

 どれくらい走ったのだろうか…しばらく走ったところで急に馬の足が止まった。もう目を開けてもいいだろうか…


 俺が目を開けようとするその時、先ほどまで勢いよく走ってくれていた馬が突然水田に倒れ込んだ。それと同時に馬の上に乗っていた俺は、泥の中に真っ逆さまに落ちてしまった。


 俺は何事かと泥の中から立上り目を開けて辺りを見回す。すると目の前のあぜ道の上から少女が俺を見おろし大声で笑っているではないか。


「あらら、やっぱりお馬さんは駄目になっちゃったみたいね。」


 状況がいまいち飲み込めない俺は、泥だらけの顔を拭きながら少女に説明を求めた。


「おい、いったいどうなったんだよ。」


「みんな死んだわよ。バカのおかげでちょっと危なかったけどね。まぁ、あらかた計画通りよ。」


「いや、みんな死んだって…。煙幕で人は死なんでしょ。もしかしてあの吹き矢で君がやったのか?」


「煙幕って何?私そんなの使って無いわよ。」


「じゃぁ、あの煙は何なんだい?」


 俺は先程戦っていた橋の辺りに広がる煙を指差した。

 煙は風に運ばれ川上へと流れている。橋の上の煙は既に薄くなっていて、先程の追手達が全て倒れているのが見てとれた。


「やっぱりあなたはバカのお人好しね。煙幕なんてまどろっこしいもの私は使わないわ。覚えておくといいけど、あれは毒の煙なの。」


「毒の煙だって!?」


「そう。あなたもこれからは煙を見たら毒かもって思う事ね。単なる煙幕だと思ったらあっという間に死んじゃうわよ。」


 そう言うと少女は悪びれもせず再び俺の泥だらけの姿を見て大きな声で笑った。


 俺はその姿を田んぼの中からしばらく呆然と見つめていた。


 しかしなぁ…毒ガスって、それ人道的にどうなのよ…




 次話


『そうね〜あなたは知らないほうが良いかも』

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