第4話 アオザイを着た上から目線の女
前世ではやらない後悔を山程してきた俺。その反動かはしらないけれど、今の俺は……こう言うときにはまず頭よりも先に身体が動いてしまう様になっていた。
「しかしよく考えれば、これ俺一人で対処できるのか?相手は悪漢5人だよ?」
やってしまってから思わずそうつぶやく俺。まあ、いまさら引き返すのも格好が付かないし、やるしかないのだが……
思い付いたら直ぐに行動を起こしてしまう軽率な自分を自嘲しながらも、俺は馬を走らせ女性の後ろに馬を寄せた。
追われている女の年の頃は十六、七といったところか、北方ではあまり見かけないデザインの鮮やかな濃紺の衣装。
これは……アオザイか?
南方最大の都ナンバークに近づくにつれ、前世でのアジアを連想させるような食事や衣装をよく目にするようになっていたが、彼女が着ている衣装はまさしくベトナムの民族衣装アオザイに似ていた。
袖と襟元には手の込んだ刺繍が施され、その馬上でヒラヒラと舞う衣は恐らくは高価な絹であつらったものだろう。
何処ぞの豪商の娘が盗賊にでも狙われたのだろうか?
そんな事を考えながらも、なんとか少女との会話を試みる。しかし、さすがに田んぼのあぜ道で馬は並べられない。俺はしかたなく、ちょうど少女の馬があぜ道から街道に出たところで彼女の横に馬を並べた。
「追われているんだろ」
疾走する馬上から少女に声をかける。
「そうよ、見て分からないの。巻き込まれて死にたくないならあっちに行ってなさい。」
なんだ、この絵に書いたような気の強い女は……
予想外に素っ気ない少女の反応に俺は多少面食らったが、さすがに前世と合わせて30年以上生きている俺はそれくらいでは挫けない。
少女が襲われそうになっているならやる事は一つ。俺が好きだった漫画の主人公も確かそんなやつだった。これぞ異世界転生の醍醐味じゃないか。
「助太刀するよ。」
俺はそう言うと少女の返事も待たずに再び少女の後ろに馬をつけた。
「はぁ?あなた大丈夫なの、相手は邪派よ。」
俺が近付くと彼女は器用に手綱を捌き、前も見ずに振り返りながら言葉を返した。
そして、その時に俺の騎士団の隊服と背中の大剣を見たのだろう。
「へぇ〜あなたって騎士様なんだ……その背中に背負っている大剣……ちゃんと使いこなせるのかしら?まあいいわ取り敢えず私の後についてきて、騎士様なら足手まといにはならないでしょうから。」
少女は少し嫌味のまじった口調でそう言うと、すぐさま正面に向き直り馬に鞭を入れた。
俺は少女の態度が常に上から目線なのがさすがに少し鼻についた。しかし、そんなことよりも先ほどから気になっていた事が一つある。この少女の手綱さばきは尋常では無いのである。
俺は彼女の後ろを付いていくのがやっとで、既に必死で食らいついている有様だ。悔しいが恐らく馬の扱いについては少女の腕前のほうが数段上であることは認めざるをえない。
馬は再び街道からそれ、水田のあぜ道を駆け抜ける。一歩間違えれば馬は田のぬかるみに足を取られ落馬の危険がある。
しかし彼女はそんなことなどお構いなしに全力で馬を走らせている。そして片手を手綱から離すと腰の袋に手をやり何かを探している様子だ。
「あなた、ほんの三十秒だけアイツらの足を止められるかしら」
不意に少女から声がかけられた。実際、俺は馬を走らせるだけで精一杯だったんだが、さすがに若い女子の前で格好悪いところは見せられない。
「おう、ここは一本道だ。三十秒だけとは言わず全員相手してやってもいい。」
精一杯の虚勢を張っては見たものの、俺は邪派や悪党の相手は愚か人を切った経験も無いのだ。まったく、自分の向う見ずな性格が恨めしい。
そして少女からはその情けない俺の気持ちを見透かされたような返事が返ってくる。
「無理して格好をつけないで。邪教派のアザ持ち5人の相手なんかいくら騎士様でも無理よ。余計なことはしなくていいからとにかく言う事聞いて。」
そう言うと、彼女は俺に先ほど腰の袋から取り出した手ぬぐいを一枚投げつけてきた。
俺はとっさにそれを受け取ったが、何やら薬剤を染み込ませているのか強烈な刺激臭のする手ぬぐいである。
「あそこに橋が見えるでしょ?、あそこであなたは奴らを迎え打つの。適当に十合ほど打ち合ったら私が合図を出すから振り返ってもう一度逃げてきて。その時に必ず今渡した手ぬぐいを口に咥えて目を瞑って走ってきなさい。絶対に鼻で息をしちゃだめよ。」
「なんだって?こんな場所で目を瞑って馬を走らせられるものか。」
そりゃあんたは出来るかもしれないが……
「バカね馬だって、川や田んぼには落ちたくはないんだから、ほっといても道を真っ直ぐ走ってくれるに決まってるじゃない。ほら橋よ。さっさと準備しなさい。」
彼女の指示からして恐らく煙幕か何かを使うのだろう。先程の手拭いは煙をすわない為のものに違いない。俺は咄嗟にそう理解した。
ただ相手が邪教派となれば彼女の作戦如何によっては命の危険に晒される可能性もあるのだ。
しかし彼女に自分の作戦を疑っている様子は全くない。
だから俺は腹を決めた。
「わかったよお嬢さん。どんな作戦があるかは知らないけど、全部君の言うことに従ってやる。」
そして俺は小さな橋の上できびすを返すと、追手に向って背中の大剣を引き抜いた。
次話
異世界でこう言うのもなんだけど、人道的にどうなのそれ。
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