落ちこぼれ騎士の家庭の事情

第3話 隊務と言ったって要は金の普請なのだ

 さて。物語の始まりは至ってシンプルだ。


 まだ主人公には何も起こっていないし、何も始まってはいない。ただ、主人公の生い立ちがちょっと複雑なだけなんだ。


 まぁ、現代でもよくある話だ。


 夫を亡くした主人公の母親が、他の相手を見つけて再婚したってだけの話。ただ、少し他と違うのは、その再婚相手っていうのが王都聖騎士団の団長だったってこと。


 そして……。主人公に弟が生まれた日から……彼の居場所が家族からも騎士団からも無くなってしまったと言う……。本当にどこの世界にも転がっていそうな、本当にありふれた話だよ。


 さて、そんな主人公がこれからどの様な冒険をするのか、しないのか……。ドラゴンや魔王はいつになったら出てくるのか……。


 まず物語は、父親が弟ばかりを可愛がり、自分は疎まれていると常々不満を抱える主人公が、王都を離れる所から始まるのである。





『千年求敗物語』  著者 カイル=バレンティン




 王都を旅立つ日の夜、俺は夢を見た。


 それは、見慣れぬ衣装を身に纏った異国の軍団が王都に攻め入ろうとしている夢だった。

 王都にはすでに火の手が上がっている。しかし何故か異国の軍を迎え撃つべき王国の軍隊や、聖騎士団の姿が見当たらない。俺はそれを騎士団の墓地のある、あの岡の上から見下ろしているのだ。


「やはり助けに行くのか?重荷ならば逃げてしまっても構わんだろうに。」


 俺は傍らに立つ見知らぬ騎士団員の男と話をしていた。


「あなたがそれをいうのですか?それに放っておく訳にはいかないでしょう。」


「巻き込んですまないとは思っている……」


「今更ですよ。」


「それで…お前はどちらを助けるつもりなのだ?」


「それはもちろん………両方に決まっているでしょ。」


 夢の記憶は断片的で俺はその後どうしたのかは良く覚えていない。ただその時、男と交わした会話だけが心に深く残っていた。


 今日が旅立ちの日だというのに不吉な夢を見たものだ。まさか王都が燃える夢だとは……。



 朝日が登る前に俺は王都を出発した。この異世界へと転生して今日まで13年の間。俺の事を育ててくれた美しく優しい母親と、少し気の弱い弟だけが俺の事を見送ってくれた。


 これが今生の別れと言う訳でも無いのだが、母は俺の姿が見えなくなるまでずっと手を振ってくれている。


 そう、これは今生の別れでは無いのだ…


 俺は今朝の不吉な夢の記憶を振り払うように、遠くかすかに見える母親に向かって大きな声で叫ぶ。


「お母さん行ってまいります。来年の雪が溶ける頃には帰ってきますので、それまでお母さんも身体には気をつけて。」


 俺の声は届いただろうか…


 夢のことなどもう忘れてしまおう。いつまで気にしていても仕方がないことだ。俺は後ろを振り返るのをやめた。


 俺は引いていた馬に跨ると街道を真っ直ぐ南へと進んで行く。背中には旅立つ前に亡き父の形見だと渡された大剣。その重みがずっしりと肩に食い込んでいた。


「夢で俺の隣にに立っていた男は…やはり父親だったのだろうか…」

 


   ※



 まだ雪が残る寒空の下、俺が王都を一人出発してからおよそ二月ふたつきが過ぎていた。


 今回の旅はひたすら街道沿いに真っ直ぐ南へと向かう。俺は、南下するに従って冬の灰色の世界から徐々に色付いていく草木や暖かな日差しに心を奪われていた。なんせ王都は大陸の北の果てにある、いつも薄暗く重々しい空気が立ち込めた街なのだ。


 俺は足取りも軽やかに街道を進む。季節は春。初めての長旅に若い男子の心が踊らないはずが無いのである。



 さて、ここで今回の俺の任務を説明しておこう。


 俺が所属する聖騎士団は毎年春になると南海の領主に使いを送る習わしになっていた。


 南海の領主ていうのは、30年ほど前に王国に帰順を求めてきた新参の領主なんだが、そいつが凄いやり手だったんだ。

 最近ではこの国の塩の流通に多大な影響力を持ち、騎士団とはその流通の安全確保や財貨の警備など、今では切っても切れない結び付きを持っている。


 使いは毎年、俺の様な歳若い新米騎士が選ばれる事になっていた。その手には領主の誕生日の祝いの品と称する、王都に集まる希少な工芸品や宝石などが持たされている。しかしそれは表向きの話で、この使者の本来の目的は騎士団の維持に必要な金銀の普請って言う訳だ。「色々と護ってやるから金よこせ」ってね。


 やっぱり何処の世界でも一番大事なのは金だろ?それは聖騎士団だろうが、そこら辺のガキだろうが変わらない。

 そう、そんなことは誰でも知っている。わざわざ口に出して言わないだけなんだ。


 もちろん、栄誉ある騎士団の団長や隊長様などは、『たかだか新参の領主などに金銀の普請などは恥……』なんて言う建前がある。

 だから南海の領主への訪問は、いわゆる汚れ仕事として毎年新米の団員が派遣されるのだ。


 まぁ、騎士団なんかは新米でも気位が高く皆んなこの仕事を嫌がるもんだから、今回の仕事に俺が手を上げたら、みんなどうぞどうぞって感じだったよ。






 さて、王国の広大な大地に一人。

 俺は全身で自由を実感していた。時に馬の背に跨り時に徒歩で馬を引き、王都から南海の領地までは片道およそ半年の行程である。


 道も半ばに差し掛かり、遙か東方の万年雪を湛えた霊峰から流れ出ると言う大河。それを越えた辺りから、麦畑が主流の北方の大地では見る事の出来ない水が引かれた農耕地、いわゆる米作の水田が広がりはじめる。


 大勢の人々が行き交う街道は、遠く神話の時代には蛮族の都とうたわれた南方最大の都市ナンバークにて、近年新しく整備された峠越えの道と、海沿いへと進む旧街道に分かれる。どちらも南海の地へと続く道ではあったが、俺は迷わず海沿いへと向かう旧街道に足をすすめた。


 あれほど賑やかだった街道も旧街道に入ると途端にすれ違う人はまばらとなり、辺りにはのどかな田園風景が広がるのみである。俺は馬に跨り逸る気持ちを抑えつつ街道を進むこと10日。

 なだらかな丘陵地帯で急に空気が変わったことに気付く。生暖かい肌にまとわり付く湿った空気は俺にとってはとても懐しい海の匂いだ。


 そして丘陵地帯の林を抜けると、海は突然と目の前に現れる。小高い丘から眼下に広がる田畑。そしてその先に果てしなく広がる青い海があった。



 「この景色は……。」


 そこからの言葉もなく、俺はただひたすら眼の前のに広がる景色を見つめていた。転生してから初めて見る海は、元いた世界の俺が住んでいた街の海と全く変わらない。


 あの時、俺が車に轢かれなければ俺はいったいどのような人生を送っていたのだろうか…


 そんな感傷に浸りたくなるほど懐しい景色だった。



 どれほどの時が過ぎたのだろうか、俺は微かに聞こえる馬のいな鳴き声でふと我にかえった。

 俺は馬の鳴き声が聞こえた先の、海に続く街道に目をやると、脇に広がる水田のあぜ道を一頭の馬がこちらに向って全速力で駆け抜けてくるのを見つけた。


 馬の上には青い服を着た女性らしき姿がみえた。

 そして、その後ろを5人の黒い装束に見を包んだ男達が馬で同じ様に駆け抜けていく。


 もしや、彼女は追われているのだろうか……。


 咄嗟にそう思った俺は近くの木に繋いでいた馬に跨ると青い衣装の女性のもとに馬を走らせた。追手の馬と彼女の距離は充分にあったが相手は5人。


 俺だって腐っても騎士の端くれだ。だからさすがに彼女を見過ごす事は出来なかったんだ。




 次話


 『アオザイを着た上から目線の女』

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