第25話 「恋の行方はただ一つ」

 最悪が待っている日というのは、どうしていつもより早く目が覚めてしまうんだろう。布団の中で数十分間過ごしてみたけど、それでは心のモヤモヤが広がっていくだけ。常にイヤな展開ばかりを考えてしまう。


 ……振り返れば、私の人生は成功に見えた失敗だらけだった。受験に合格したけど、大切なしょーたを傷付けてしまった。激しく束縛する中学校に進学してしまった。なんとか抗って生徒会長に就任したけど、大好きな人が狙われる危機に陥っている。そして私も、その座を降りる寸前にまで来ている。

 やりたいを貫き通すことは、たしかに誰でもできるわけじゃない。だけど、貫き通して成功する人はもっと少ない。残念ながら、私はそこまで手を伸ばすことができなかった。

 別に、私の本心に気付いてほしかったって言ってるわけじゃないよ。君に嫌われる原因を作ったのは私なんだから。


 ……せめて私に、自分の想いを伝えるだけの勇気があったらな。


「……」

「……さて」


 もうじき学校に登校する時間だ。着替えを終えて朝ごはんを済ませる。

 いつも通りの日常、でも……多分、あと少しで終わってしまう。


「カエデ」


 名前を呼ばれて振り返ると、いつも通り落ち着いた表情で私を見守る彼の姿があった。

 ねえ、見てよしょーた。私、自分で片付けができるようになったんだよ……なんて。そんなことじゃないよね。これは登校する前にお互いの制服姿を見せ合うってルール。

 貴方と私の同棲も、今日が最後になってしまうかもしれない。そんな気持ちを隠しながら、私は彼を見た。


「どうしたの?」

「……」


 なにか呟くこともなく、一歩ずつ踏みしめて近寄ってくる。制服に汚れでもあったかな、彼に身を委ねるように、私はじっと立ち続けていた。


 ――彼は私を優しく包み込むように、ぎゅっと抱きしめる。


 体温、息遣い、胸の鼓動。

 ……全部知られちゃったかな。

 でも、それでもいい。

 一つ、夢が叶ったような気持ちに心が満たされて涙腺が緩くなる。

 そして、まるで私の全てを悟ったような、甘くて心強い声をもって彼は話し始めた。


「……俺は君の味方だから」

「……」


 味方。


 今じゃ誰がどうであるかも分からない。


 そんな孤独な私に彼は手を差し伸べてくれた。


 私は鼻をすすりながら彼の言葉を聞き続ける。


「……今まで我慢させちゃってごめん。でも、もう大丈夫。君はいつも通りでいてほしいんだ。後は俺たちに任せて」

「……うんっ」


 悩んでいたのが馬鹿らしくなる。

 今までもそうしてきたように、今日もそうすればいいだけ。


 ……自分を見失っていた。


 ナリト派の望み通り武蔵講堂に出向き、堂々としていればいい。

 私は信任を得て生徒会長の座に付いた美少女よっ! 今更あんたらなんかに負けてたまるもんですか!


 終礼を抜け出して行動へと急ぐ。私を待っている人たちがいるから。

 どうやら既に彼らは中で陣取っているようで、講堂の入口は開錠されていた。


「流石は生徒会長。誰よりも気高く、そして……孤独だ」


 そこで待っていたのは、やはり中岡鳴斗。それだけじゃない、赤津先輩や野球部員の姿も見える。各々手もとには武器を持っていて、戦闘態勢は整っているようだった。


「いいえ、私は孤独じゃないです。貴方が望んだから一人で来ただけです。味方はいますもん」

「それは、あの少年かい?」

「……それだけじゃありません。私の背中を押してくれた全員がそうです」


 壇上に立つ赤津先輩は、私を見下すような視線を向けながら腕を組んでいた。


「自分はカエデくんに敗れたことを後悔していないよ。再びこうして君と対峙する立場になることができたのも、ひとえに自分が抗い続けたおかげなんだって気付いたからね」

「私も赤津先輩に勝利したことを後悔していませんよ。……それだけじゃないです。これまで自分が行ってきた政策全てに自信がありますもん」

「……一体、なにが君をそうさせるだ」


 ここまで来て尻込みする気はない。本心を隠すくらいなら、今すぐその座を明け渡した方が何十倍もマシだと分かった。今日からは自分の気持ちに正直に生きていく……!


「塚本翔太を誰よりも愛しているからに決まってるでしょうっ!!」


「ほ、ほう……ほほう、遂に本音が出たか」 


 中岡先輩は動揺した様子を見せるが、そんなの気にしない。私は自分の想いを告げるだけ。


「別に録音されてたって構わないです。……小学生の頃からずっと好きだった彼への気持ちを裏切るくらいなら、全世界に公表された方が絶対にいい! ……と言うより、是非そうしてほしいくらいです!」


 なにを言っているんだ? という感じでその場にいる全員が首を傾げて私を見ていた。

 ……いけない、性癖が出てしまった。


「……た、たしかに、中等部時代は彼を忘れようと奔走していました。ですが、高等部になって彼と同じ学校に通えるようになってからは、ずっと彼のことを考えて戦ってきたんです。彼に振り向いてもらいたい……って」

「……馬鹿らしい。自分は納得しませんよ。そんな少女に負けただなんて」


 舞台裏から現れたのは、一連の話を聞いていた赤津先輩だった。次期生徒会長と豪語する彼。今の私には強敵も同然。だけどっ!


「赤津先輩。昨日の記事を流布しても構いませんよ。もう、私は気持ちを隠しませんから」

「あれはもうこの世には存在しない。……君がずっとなにと戦っているのか分からなかったけど、ようやく分かったよ。やはり不純だ! 校則の改正も、寮制度改革も、全てにおいて私欲にまみれている。今すぐ辞職しなさい!」

「こうなったら、自分の気持ちを正直に話しますよ! 全校生徒に分かってもらうんです。そして、彼に振り向いてもらうんです!」

「誰も分かってくれないさ……自分だって分かってもらえなかったんだからっ!」


 お互いの言い合いがヒートアップしたところで、中岡先輩が間に入って話を遮った。私を見つめる彼は、穏やかな口調でこう呟いた。


「お前さん、その想いは成熟しそうなのかい?」


 ……昔から心のない言葉ばかりを掛けてしまった。彼を何度も傷付けてしまった。


 だから嫌われている可能性だって大いにある。


 そんな彼だけど、私と同棲してくれた。


 高熱が出た時も必死になって看病してくれたって清美が言ってた。


 彼の気持ちは分からない。分からないけど……自分の想いを伝えないままじゃ、分からないままだもんっ! 立場なんてもうどうだっていい。


 今日まで抑え込んできた気持ちを解放する! 当たって砕けろ、カエデ!


「必ず成熟させます!」

「そうか……。あとは若造の気持ち次第だが……うん?」


 そこで異変に気付く。講堂内にいた生徒が入口を覗くように目を向けた。なにが起こっているんだろう……そう思っていると、こんな声が聞こえてくる。


「――カエデ!! あたしを救ってくれてありがとおぉ!!」


 清美の声……だけじゃない。大勢の生徒が私に対する想いを叫んでいる。


「……くそっ、親衛隊め!」

「警戒を怠るな。どの道、ワシらは退学覚悟だ」


 そして次の瞬間、講堂の中央から大きな破裂音が聞こえた――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る