第24話 「吊り橋効果作戦、開始だ」
「これが全貌。理解した?」
「理解するもなにも、俺の元ルームメイトがあのブロンドヘアの小っちゃい子に惚れていたなんて……おいおい、安直に信じていいものか分からんな」
「噓は言ってないつもりだよ? だって、うちの親友のことだもん」
悟は自分で好きな人がいると言っていたのを思い出した。
――あいつは俺のことなんざ見えちゃいないのさ。ずっと彼女のために尽くしてるんだよ。
お前も、長い間一人で苦悩していたんだな……好きな人に対する気持ちで。前々から似たもの同士だとは思っていたが、恋愛事情も似通った部分があるらしい。
そして、千晴の書いた部誌の中身もそうだ。
「……これが、孤独のロリータってわけか」
「……ふふ、よく分かったね?」
分かるさ。虎のような気迫を持つ少女、たしかに俺は……鬼藤萌夏に対してそう感じていたんだから。悟はキキに所属している、その話を聞いて最初は驚いたが、今となっては頷ける。千晴もそう。
いくら中学生、高校生と言っても、まだまだ考えは幼いな。感情を優先して動いてしまうんだ。
だからきっと、千晴から告げられた言葉もそうなんだと思う。
千晴はもう一歩俺に寄って、俺の腰に手を当てた。状況が分からず困惑していると、彼女は普段と変わって頬を赤らめて見つめてくるので変な気分になる。あっ、別にカエデを裏切るわけじゃないんだからねっ?
「……どうしたんだ?」
「うちは、ずっと悟の気持ちが分からなかった。好きになるってどういうことなんだろう。私が怪談やオカルトに向ける熱意と変わらないんじゃないか、実はもっと程度の低いものなんじゃないか……とも思ってたの」
まるで空想の中で生き続けていた少女が、現実の扉をこじ開けるような奇怪さ。そうであっても、彼女は禁忌に触れるように言葉を続ける。
「でも、ようやく分かったの。悟はとんでもないものを心に抑えていたんだって。好物とは違う……時にはドキドキが止まらなくて、時には胸がすくような気持ちにさせられる、一種の快楽的な要素……それが恋なんだって」
言い終えた彼女は、深呼吸いながらどうにか落ち着こうとしている。まるで今から想いを伝えようとしているかのような、そんな表情。
……そして、ようやく覚悟ができたのか、唇を震えさせながら呟いた。
「う、うちは……翔太のことが……好き……なの」
衝撃の言葉に、思わずたじろいでしまう。面と向かって他人から告白されたの初めてだし、しかも仲良しの友達から……突然のことで、動揺しまくっている俺がいる。
俺がそんな状態であることを気にせず、彼女は補足するように言葉を続けた。
「かっ、かっこいいとか安直な理由だけじゃなくてさ、ほら、うちの話をよく聞いてくれてさ……こんな親切な人、今まで出会ったことがなかった。……う、うちが本当のことを打ち明けるのは、気持ちを伝えるためじゃないよ。……大好きな翔太を危険から遠ざけるためなの」
「……それは一体、どういうことだ?」
「お昼の放送聞いたよね? 急遽、生徒総会を開くこと。……だけど、それは署名が三分の一集まったからってわけじゃないんだよ?」
じゃあ、どんな理由があって生徒総会を開くんだ? まさか、相手側を学校から追放するため? いやいや、生徒会はそんな権限を持っていない。だが、開くには必ず理由があるはずだ。
言いたくないような表情を浮かべる千晴だったが、俺はどうしても知りたかったので懇願し続けると、仕方なさそうに口を開いた。
「これは噂話だよ。……昨日の放課後、会長と中岡先輩が話してるのを見たって人がいるらしくて、そこで会長は頭を下げていたみたい。その理由が、君なんだって」
……俺? なぜ?
「内容までは分からない。でも、ナリト派の連中が君に危険が及ぶことで会長を脅して、それだけは避けようと会長が翔太のために……」
――カエデが俺のために。その一言で我に返る。
今、最も危険な状況に陥っているのは俺なんかじゃない。カエデなのだ。
その考えが頭に浮かんできて、俺は彼女の告白に返答することにした。
「ごめん、千晴。やはり告白を受け入れることはできない」
あまりに突拍子もない話だったからか、両目を見開いて喉の辺りを動かす仕草をすると、千晴は落胆する様子を見せる。ただ、これは彼女の告白に対する誠意。そして、俺の大好きな人に対する誠意でもある。
「……そ、そっか。でも――」
快晴を曇らすような悲しみを表現する小さな声が、俺の耳に届いていた。どうして俺が彼女の告白を断るのか、真意を伝えなければいけないと感じる。
「……俺には心に決めた人がいる。彼女は何年も俺の中に居座って、今でも俺から離れない。……彼女を助けるためなら、俺が危機的状況に陥っても構わない。だから、もし告白を断っても許してくれるなら……千晴、俺に力を貸してくれないか」
俯いたまま、彼女は動かなかった。ただひたすらに、なにか考える様子を見せていた。
「……条件がある」
長い沈黙を破り、彼女は深刻な面持ちで呟いた。どんなことを言われても驚かない覚悟はできている。
「……おう」
「うちとこれからも友達でいること。後は……学食を奢って?」
後者の要求が可愛らしくて、思わず頬を緩めてしまう。
「……そ、そんなんでいいの?」
「うん。うちが翔太の恋を邪魔する権利はないし……最初から決めてたんだ。無理なら諦めようって」
ほんと、文藝部員はみんな信念を貫いているから尊敬するよ。
……そうだ、俺もこれからそうなる。カエデを守るためにね。そして、俺がカエデを生徒会長の座から引きずり降ろすために。その確固たる信念を持って、俺は中岡鳴斗に戦いを挑む。
「決まったようじゃな」
「うむ」
聞き覚えのある声がして振り向くと、文芸部の入り口に伴弘と一条先輩が立っていた。
……なんとこの会話、駄々洩れだったようです。
「えっ、ちょっ……まっ……な、なんで……」
千晴はオーバーヒートを起こして倒れそうになる。まさか他人に話を聞かれてるだなんて思わないもんね……俺も、穴があったら入りたい気分だ。
……さて、倒れる千晴をなんとか三人で受け止めて、開腹するまで様子をみることにした。幸運なことに、文藝部室にはクッション性の椅子が数個あるので、それを並べて簡易的なベッドを作り、そこで千晴の安静を見守る。
その間に、二人がいつから話を聞いていたのか教えてくれた。
「盗み聞きして悪かったな。二人の色恋沙汰に踏み込むのはちと非常識だと思ってな」
色恋沙汰って……まあ、恋愛話ではあったが、別に揉めていたわけではない。
「いつから聞いていたんですか?」
「お主から連絡をもらった直後に文藝部へ向かったからな……千晴の過去は半分ほど聞かせてもらったぞ」
あ、そんな前から……もっと早く声を掛けてくれればよかったのに。
伴弘は腕を組みながら意外そうな表情を浮かべて呟いた。
「しかし、塚本の意中の相手が島崎楓とはな。……だが、態度を変える気はないぞ。貴様とは同志であり、島崎楓は明確に敵である」
「まさかお主ら、部屋でいかがわしいことなどを……?」
「やってませんからっ! 俺は純愛なんですっ!」
俺の好きな人もバレたんだ……。千晴まではいかないが、恥ずかしさに浸された心が辛かった。流石にこれ以上追及するのは申し訳ないと思ったのか、一条先輩が扇子を取り出してこちらに向けてきた。
「……まあよい。敵の状態はある程度知り得た。形勢逆転は可能じゃろう。あとは島崎楓の気持ち次第なところもあるが……どうする、塚本よ」
「カエデのピンチは俺のピンチです。それに、先ほど誓いましたから。逃げないって」
「心意気はそうだが……貴様、なにか策はあるのか?」
策は……残念ながら、思い浮かばない。どうすればいい、この状況を打開できる作戦を考え付ける人物はいないのか……。
「いるじゃん、一人」
「酒井、大丈夫なのか」
突然、千晴が声を上げたことで伴弘は駆け寄って様子をうかがう。彼女はサムズアップと笑顔を見せて対応したので、彼女を除く全員がほっと胸をなで下ろした。
そこで、俺は閃いた。
「たしかに、一人いたな!」
「ねっ? やっぱりうちをお嫁さんにしたくなったでしょ?」
いいえ、それはないです。
……この状況を打開できる人物を一人、俺は知っている。他人と関わるよりも本と関わることを優先し、誰よりも知識を溜め込んだ知将、そんな頼れる元ルームメイトがいるじゃないか。
ここからは俺の説得がものを言う。だが、千晴の言葉通りなら……きっと、悟は力を貸してくれる。
ポケットからスマートフォンを取り出して、彼に電話を掛けることにした。やつのことだから、今頃は部屋で本を読んでいるはず……数回のコール音の後、ようやく通話が繋がった。
「どうした、珍しいな」
なにやら察したような口調で呟く悟に、俺はためらうことなく言葉を掛けた。
「頼む、悟。俺に力を貸してほしいんだ」
「ようやくか。さて、用件は?」
「……カエデを守りたい」
はっはっは、そんな高らかな笑い声が聞こえてくる。
「分かっているさ、お前があの会長を好きだってことは。だが、俺が協力する理由は――」
「悟が好きな鬼藤萌夏の笑顔を守る、それが理由じゃダメなのか」
「……っ!」
その言葉を聞いた悟は唸り声を上げた。きっと、自分の気持ちを整理しているんだと思う。お前が計算なしに喋るような男じゃないことを俺は知っている。
「……分かった、全て理解した。千晴が全部話したな?」
「ごめん、悟……」
「いいよ。どうせいずれバレるとは思ってたからな。それが思いの外、早かっただけさ」
読みかけの本を勢いのまま閉じたような音がした。悟がその気になった証拠だ。
「……文藝部の部長さん。一応確認しておくが、これから先なにがあっても、途中で投げ出すことはないと誓えるか?」
全てを理解したって台詞は嘘じゃないんだな。ビデオ通話にしているわけじゃないのに、この場に誰がいるのか把握できているらしい。
一条先輩は驚きの表情を浮かべていたが、その心は既に決まっている。いつものように扇子を素早く開くと口もとを隠すようにして呟いた。
「……残念じゃが、わらわは一度決めたことを投げ出すほど半端な人間ではない。たとえ谷千代を追われることになったとしても、その選択を恨むことはないと誓おう」
「大庭伴弘、お前もいるはずだ。お前も、これから先なにがあっても途中で投げ出さないと誓えるか?」
「当然だ。我の野望を阻むナリト派なる野蛮人は、必ずや滅びの一途を辿ることだろう。その一翼を担えるというのであれば本望だ」
「千晴、お前はどうだ?」
「うちは最初からやる気十分だよ。逆に悟はどうなの?」
「はっはっは。……塚本。お前には悪いが、今でも俺は島崎楓のことが好かない。最愛の人を虜にした罪は重いぜ。だがな、いい機会に恵まれたよ。俺は明日、萌夏の呪いを解く機会が与えられたような気がするんだ。その希望に賭けてみるぜ。手柄は全部お前にやるからよ」
やけに燃え上っているじゃないか。本に対する情熱と同じくらい、悟から熱いオーラを感じた。
「ああ。必ずカエデを救い出し、文藝部も守る。これは、俺たちがカエデを生徒会長の座から降ろすための序章に過ぎない!」
「ふむ。次期部長の名に恥じぬ文言じゃな! あっぱれ!」
一条先輩、前から言っているじゃないですか! 舞うならダンス部に行ってください! 床が抜けちゃいますから……!
「それで、作戦はどうするのだ」
「……なるほどな、その立案もお願いしたいってわけか」
推察する能力に長けている人間、敵に回したくないよ……。説明する手間が省ける。
「いろいろ考えたが……これでいこう」
沈黙を破るようにして悟が呟いた言葉は、とんちんかんにも程があるものだった。
「――吊り橋効果作戦、開始だ」
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