第23話 「笹鬼酒の窮屈な過去」

 谷千代学園はいつも窮屈だった。


 常に誰かが誰かを監視しているような状況。だって、それを先生に摘発すれば自分の価値が高まっていくのだから。


 だから、いくら小学生時代から仲が良かった異性であっても、気軽に近づくのは危険だった。うちらだって、その犠牲者だ。


 笹川悟、鬼藤萌夏、そして酒井千晴。この仲良し三人組の仲は、谷千代学園に入って大きく変わってしまった。


 恋愛禁止なんて馬鹿げてる。それなら共学なんて止めちゃえばいいのに。でも、共学の中で禁欲することに意味があるとかうんぬん……偉い先生が言っていた気がする。そういう状況だから、うちはちょっと心が痛んだ。


 なぜかと言われれば、それはある二人の恋心が成熟しなくなってしまうから。


 ……悟は萌夏に片想いしていた。ああ、でも萌夏って鈍感だから、そういうの一切気付かなくてさー、うちが教えてあげようにも、当時は恋愛未経験者だったからアドバイスできなかったと言うか……見守ることしかできなかった。ねっ、少女漫画知識じゃなーんの役にも立たないんだよ? 特に、萌夏のような女の子には。


 そんな学校だから、悟は思うように動けない。気持ちが伝えられない。さぞかし悶々とした日々を送ったことだろうと、勝手に解釈してるけど……そこで、一つの事件が発生した。


「先生、納得できません! いつまで経ってもこの学校は……」

「島崎さん、それだけはいけない。……俺にはどうしようもできないんだ。だから諦めてほしい」


 古風な校則を掲げ続ける学校側に対して、島崎楓が声をあげた事件。森田先生が諫めたことでその場はなんとか収められたけど……彼女は更なる行動を取るようになっていく。


「いつか必ず、この学校にも春が来る。生き生きとした満開の桜を咲かせたい。だからお願い……私に力を貸してほしいの」

「……カエデさん。ボクは貴女の味方、です」


 人心掌握、彼女の人たらしな一面は、次第にうちらの関係をも虫食んでいった。それまで温厚だった萌夏は、初めて生き甲斐を見つけたような表情で彼女に傾倒し、力となるために鍛えるようになっていった。


「……また暴力沙汰? うち、怖いよ」

「……俺、そろそろ耐えられなくなってきたんだ」

「なにが?」

「……全部、萌夏がやってるってことに」


 虎の威を借る狐――別に、島崎楓が小人って言いたいわけじゃない。でも、そのくらい萌夏は彼女に貢献していた。当の本人は自分の手を汚さずに戦っているように思えて、島崎楓が憎たらしかった。 


 だから、せめて萌夏のことを近くで見守っていられるように、悟は島崎楓に力を貸すようになる。恋愛の自由化や校風を自由にする点では納得していたけど、やはり萌夏を酷使するのは納得していない。……全ては萌夏のため、彼はそう言っていた。


 だからうちも、二人を追った。単純に仲間外れになりたくなかった。子供らしい? そうだよね。でも、そんな子供が学校を変えようと行動してるんだから、うちらはよくやったと思うよ。


 ……結局、高等部に進学してもその関係は続いて、萌夏がキキの頭目になるのと同じくして、うちと悟もキキに入った。


 無事に島崎楓も会長に就任したし、これで悟と萌夏の関係も成熟するだろう。さて、そろそろうちも恋心が分かってきたから、二人のお手伝いしてあげよ~なんて思ってたんだ。

 だけど、そのタイミングで更なる大事件が発生した。


 7月の初旬に行われた全国高校野球東東京大会。


 谷千代学園は毎年甲子園へ出場する強豪校だが、そこで初戦敗退という苦汁をなめることとなった。予算案の件で島崎楓に脅されたと騒ぐ彼らは、他の運動部の不安を煽り、藝学舎ではお祭り騒ぎに。ナリト派の旗揚げしたことで、赤津先輩が自分を新たな生徒会長であると豪語するようになり、二人生徒会長問題へと発展する。


 学校側は当然のようにナリト派を支持しているので、問題解決に臨む気配もない。


 この危機的状況を受けて、キキやローゼンの上層部は極秘に集まって会議を開いていた。


「萌夏、会長は手出しするなと言っていたじゃない」

「……会長の意向がそうであるだけで、ボクがやらないとは言っていない、です」


 副会長とローゼン隊長を兼任する清美は、萌夏に向かってそう指摘したが、一切表情を崩すことなく彼女は言葉を返していた。


「集団で行動しているところを叩けばいい、です。そうすれば、内部分裂が起きたと判断されるだけ。ボクらの存在が明るみになることはない……です」

「でも……萌夏」


 うちは萌夏の肩に右手を差し伸べて止めたけど、もはやうちらなんて眼中にない彼女は、直ぐにその手を振り払って冷たい視線を向けてくる。


「全ては会長のため。ボクはやる」


 孤独から目を逸らそうとする一匹の虎が、弱弱しい声で吠えながら教室を後にした。

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