第22話 「文藝部の裏切り者……?」
カエデ、俺には分かるよ。
精神的に疲弊しているということが、見て取れる。
昔からそうだったよね。試験や行事で追い込まれるほど、他人の機嫌を取ることを優先して、自分を傷付けようとする。そして、最終的には自爆も辞さない。……昨日の夜もそうだった。
いつもよりも離れた位置に座ったり、露骨に距離を取るような動きを見せたり……一瞬、嫌われたのかと思ったけど、考えてみれば君はそのくらい繊細だった。まるで時限式爆弾だよ。そのうち爆発します~って言っているようなものだもんね。
そして今、この放送を聞いて、君が置かれている状況が理解できたよ。
「急な連絡となってしまいますが、明日の放課後、生徒総会を行うことが決定しました」
……生徒手帳には、全校生徒の三分の一が生徒総会の開催に関する意見書に署名した場合、生徒会は総会を開催する義務を負うという記載がある。今回の意見書には、提出した翌日に生徒総会を開催しろという旨が記されていたようで、明日、生徒総会を開催する運びとなったらしい。
つまり、全校生徒の三分の一はカエデの会長辞任を望んでいるということになる。
君は最前線にいただろうから、この状況も把握できていたんだろう。それを溜め込んで他人を慰めているうちに……カエデはキャパオーバーを起こしてしまうんだ。
もっと早く声を掛けるべきだった。一緒に戦うと言ってあげるべきだった。なんてヘタレなんだろう、俺は。
この時点で、俺は今後どうするべきなのか、結論が出ていた。ただし、これは一人じゃ不可能な案件なんだ。だから、俺の考えを文藝部のメンバーに伝えようと足を運ぶと、既に一条先輩と伴弘が席に着いていた。神妙な面持ちで俺を見つめる二人は、どうやら俺を待っていらしい。
「塚本、貴様に問いたい」
「塚本、お主に問おう」
「……二人揃ってどうしたんだ」
それに対する回答など不要と言いたいのか、全く触れてくれなかった。お二人っていつもそうですよね! 俺のことをなんだと思ってるんですかっ!
「我としては、当初望んでいた方向へと着実に進んでいる……そう言いたいところだが」
どうやら、伴弘は今回の決定に不満があるらしく、腕を組みながらただ一点に視線を向けて考え込む様子を見せる。一条先輩にも考えがあるらしく、扇子を開いていつものように口もとを隠した。
「これはわらわの個人的な意見じゃ。……正直なところ、島崎楓を生徒会長の座から退けたとしても、赤津がその代わりをやることになれば以前の生徒会が戻ってくるだけで、わらわにとっては振り出しに戻るだけの話。……いや、更なる弾圧が待っていると言うべきか」
我も同意見である、そう言って立ち上がった伴弘は部室内を回り始める。機械のようにグルグルと規則正しく回るので、ペッパーくんが浮かんだが、口を開くと革命家なので、レーニン顔のペッパーくんとでも言うべきか。
「現生徒会が淘汰されたとしても、学校の伝統を重んじる保守思想の人間が戻るのみ。我々の闘争は今以上の苦痛を強いられることになるだろう。……それならば、百歩譲って島崎楓生徒会の方がいい」
そして、二人は再び俺の方に視線を向ける。立ち上がれ、そう訴えてきている気がしたが、俺は意地悪な人間なので、その想いを口にしてもらわないと分からないです、はい。
「なに?」
「……塚本。我は貴様に問いたい。本気で島崎楓を救う気はあるか?」
救う気はあるか……ふふ、面白いことを聞いてくれるな。
……俺はカエデを誰よりも愛している。その自信がある。そして、彼女のためならどんなことにでも立ち向かえる勇気を、今は持っている。カエデのピンチは俺のピンチ、君の状態を誰よりも理解している俺は、そのリカバリーのために動く義務があると思っている。
言っただろう、俺は今後どうするべきなのか、既に結論が出ているんだ。
「ああ、当然だ。俺は必ずカエデを救ってみせる」
「……それは、たとえお主が学校を追われることになったとしてもか?」
「もちろん。塚本翔太は砕けないっ!」
「それでこそ、次期部長じゃ」
その意気込みにおいて、次期部長かどうかは関係ないと思うんだけどな……。
……まあいいか。二人はいつも通りの様子だし、俺もカエデを救うために全身全霊で戦う覚悟はできている。
そんな気概でいると、ふと大事なことを思い出した。
……この場に一人、部員が欠けていることを。
「あれ、千晴は……?」
「たしかに、姿を見せぬな。行きます、という連絡はあったはずじゃが……」
文藝部の連絡グループを覗いてみると、一条先輩の言う通り、同じ趣旨のメッセージが送信されている。彼女は時間を厳守するタイプなので遅れるのは珍しい。
……なにかあったか。
俺と同じタイミングで伴弘も察したのか、部室を出て周囲を見渡した。
「もしや、ナリト派に捕まった……なんてことありはしないか?」
「……なんじゃと!? それは一大事ではないか!!」
カエデよりも長く伸びた髪を揺らしながら先輩は立ち上がると、伴弘と同じく部室を出て周囲を見渡していた。まるで最悪の事態を表しているかのような曇り空が胸騒ぎを誘う。
「今すぐ探しましょう。千晴が時間を守らないのはおかしい」
「うむ。じゃが、今の学校ではなにがあるか分からぬ。危険があれば逐一連絡してほしい」
そう言って、俺たちは三手に分かれて学校を捜索することになった。
一条先輩は紫学舎、伴弘は外、俺は藝学舎。未知の領域に踏み込むかのような心持ちで、校舎へと足を踏み入れる。
……蛇口から雫の滴る音、窓の外で騒ぎ鳴くカラスの声、かすかに響く吹奏楽部のパート練習。やはり、都会は静けさというものを知らない。俺もそう。東京生まれ、東京育ち。地方へ出るのは家族旅行や催し程度で、知識でしか外の世界を知らない。
カエデ。君も俺と同じだよな。
窮屈な世界で生まれ育って、その窮屈さの中でも一番を目指して頑張っていた。そして、遂に君は窮屈のトップへと上り詰めた。……そうだな、素直に喜ぶべきだよな。でも、俺は君が遠くへ行ってしまいそうで、同じ領域の人間を好きになってしまいそうで怖かった。
……あの時の俺には、勇気がなかったんだ。
だけど、気持ちを塞ぎ続けるのはもう終わり。その一歩が彼女との同棲。そして明日、彼女を救うために声をあげる。そうだ、そうすべきなんだ。
愛する人のピンチに足をすくめてどうする。救えるモノから目を逸らしてどうする。
右胸に手を当てて、自分の気持ちを掴み取る。
ああ、そうだ。俺はカエデが――好きなんだ。
「……こいつ、文藝部のやつじゃないか?」
「一条彩姫や大庭伴弘と同じか。こいつはいい、使えるぜ」
「ちょっと待て。こいつ……塚本翔太じゃねえか!」
野蛮人たちのサーカスが聞こえて視線を向ける。坊主頭が一匹、二匹、三匹。まるで俺は肉食動物の獲物のようじゃないか。どうしてそんな恐ろしい顔で迫ってくるんですか。
「……なんですか、俺を知ってるんですか」
状況は非常にまずかった。三人相手できるほど俺は殴り合いが得意なわけじゃないし、人を殴ったことも……あんまりない。他の二人に連絡する暇もなかった。
どうする、どうやって切り抜ける。
やつらが俺を強引に掴もうとした――その時だった。
「うぐっ!」
三人のうち、一人が突然態勢を崩して倒れ込む。
「おい、どうしたんだ……うっ!」
そしてまた一人、後頭部に強烈な一撃を与えられて気を失う。
「くそっ、なにが……」
最後の一人は股間に豪快な蹴りを食らって、静かに仰向けに倒れる。
正体を敵に晒さず、瞬時にその場を制圧したのは、俺にとって馴染みのある少女だった。まさか彼女にこんな特技があったなんて……普段の素振りからは想像もつかない。
「うち、別に暴力を肯定してるわけじゃないからね?」
文藝部員の不思議ちゃん、酒井千晴が救世主として現れたのだ。まさに間一髪、生涯彼女をメシアと崇め奉ってもいい。……これって浮気にならないですよね?
「……どうして、千晴が」
「……あっ、考えてみると、なにも言ってなかったよね」
なにかを隠している様子だったが、この場では言えないらしい。
……たしかに、巨漢三匹が倒れ込んでいる状況を目撃されるだけでも、なんらかの指導が入って面倒なことになりだったので、一条先輩と伴弘に連絡を済ませてから部室へと向かった。
「どういうことなんだ、千晴」
誰にも会話が聞かれない文藝部室で、俺は彼女に言葉を投げていた。
「どういうことって、なにが」
「とぼけないでくれ。君は一体なにを隠しているんだ」
……俺の言葉に臆することもなく、彼女はただ一点を見つめていた。文藝部で発行している部誌、そこには俺たち文藝部の創作の結晶が眠っている。
「うちにとって文藝部は居場所。前にも言ったことあるよね」
「うん。何度も聴いた」
「……だから、その居場所を守るために、うちが行動していてもおかしくない」
俺が知らない未知の領域が、目の前に広がっている気がした。千晴のオカルト好きな一面、言い換えれば、俺はそれしか千晴のことが分からない。中等部時代はどうだったとか、どんな人が好きだとか、全く分からない……だから、この場面にはとてつもない緊張感が走っていた。
千晴は一歩前に出て俺を見上げると、そのつぶらな瞳を見せながらこう呟いた。
「――あたし、キキに入ってる」
……良隆の言葉が思い出されるよ。キキという組織の存在、噂程度でしか聞いたことなかったが、所属する生徒が俺の目の前にいる。しかも、部員にカエデの組織と通じている人間がいたという事実。きっと、情報は筒抜けだったに違いない。
だが、不思議と裏切られた感じはしない。だって、千晴も文藝部を、居場所を守るという意味では考えが一致していたから。彼女なりの考えがあってキキに所属しているんだと思う。だから、その部分を詳しく知りたい。
「教えて欲しい。どうして千晴がキキに所属しているのか。君はなにを見ているんだ」
「いいよ。……少しだけ、昔話をさせてほしい。つまらないかもしれないけど、うちの話聞いてくれるかな?」
頷いて返す俺はまだ知らなかった。今日までの千晴の行動の全てに意味があったということを。そして、俺のよく知るあいつは――誰よりも男らしかった。
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