第16話 「カエデの大胆なお願い」

 六月十四日、火曜日。

 部誌を発行してから一週間ほどが経過した。反響は大きいそうで、文藝部ポストにはいくつものお便りが寄せられていると一条先輩が言っていた。その中でも特に注目されているのが俺の著作だそうで、ありがたいことに長編アンコールをいただいてしまった。

 次回の部誌に掲載するのもありだなと考えている。書こうと思えばいくらでも出てくるんだよね。だって、カエデに対する想いをそこに書いているんだから。


 ……本命の彼女も俺の作品を読んでくれた。しかも、感動したとまで言ってくれたんだ。カエデに嫌われていると思っていたのに……昨日のあれは、好きが爆発して死にかけた。ねえ、本当は俺のこと好きなの? ……それとも、からかい上手なカエデさん?


「……おい、翔太」


 教室の廊下でぼんやり歩いていると、悟に呼び止められる。ルームメイトでなくなってからはほとんど会話していなかったな。久々にいくらか言葉を交わすことになった。


「どうだ、会長との同棲は」

「まあ、思っていたより普通だったよ」

「思ってたよりって、一体なにを想像してたんだよ、お前は」

「あれ、言ってなかったっけ。俺とカエデが、小学生の頃同じ塾に通ってたって話」

「知らねえよ、初耳だ。……なるほどな、あの文章は会長に向けた言葉ってことか」


 ちょいちょい、なんで分かったんだこいつ。

 ……てか、お前も部誌を読んでくれたのね。小説好きでも同人作品からは距離を置くタイプだと思っていたから、その反応は意外だった。


「昔から家事が苦手でさ、片付けもろくにできやしないんだ。まあ、そういうところが可愛いんだけど」

「……会長に対してなんだかんだ言いつつも、それは好きの裏返しだったのか。人は見かけによらないなぁ」

「大きな声で言うのはやめてくれよ!? ……それに好きってわけじゃ」

「好きじゃないの?」

「……好きです」


 くっそ甘いなちくしょう! 外に向かってそう叫ぶ悟は、少し機嫌がいいらしい。


「悟も好きな人とかいるのか?」

「……いるけど、その人は俺のことなんて興味ないさ」


 今日も今日とて雨模様。耳障りな雨を眺めながら、彼は心の声を聞かせてくれる。


「……中等部からずっと好きなんだ。でもな、あいつは俺のことなんざ見えちゃいないのさ。ずっと彼女のために尽くしてるんだよ。虎みたいな気迫でさぁ。……だから、せめて彼女の力になれるよう、俺は今日もこの手を汚すんだ」


 一体なんの話をしているんだ、悟は。まるで、千晴が書いた小説を聞かされている気分だった……ちょっと待て。あの時、千晴はモデルを言うのに渋っていた。

 もしかして、二人の話は同じ――


「お前たち、そろそろ避難訓練の時間だから教室に戻りなさい」


 悟に訊こうとしたところで、担任の森田先生が俺たちに声を掛けてきた。


 ……気付けば昼休憩の時間が終わろうとしている。悟もそのまま教室に戻ってしまったので、機会があったら尋ねてみようと心を入れ替えて教室に入った。


 今日の避難訓練は、国民保護サイレン等の危機的状況に備え、学校の地下に建設されているシェルターに避難する、というものだった。サイレンが鳴ってから五分以内に収容を終えなければいけないそうで、迅速かつスムーズに避難することが求められる。

 地下にシェルターがあるなんて知らなかったよ。どうやら、紫学舎・藝学舎・講堂など、谷千代学園が所有する建物全てに繋がっているらしい。いつどのような状況でも生徒の安全を守る、そういった姿勢は素晴らしいと思うが……どこからこんなものを建設する予算が出てくるんだか。


 ……帰宅してこの話をカエデにしてみると、やはり同じ気持ちだったらしい。


「そう、シェルターに関する予算案ってどこにも書いてないんだよね」

「どういうことだよ……」


 秘密裏に作る必要があったってこと? カエデも分からないんじゃ謎が深まるばかりだ。


「まあ、私としては……生徒を守りたいっていう学校の意思は尊重するよ。でも、こうやって予算案に残さないのは悪いところ。私はこういうところを改善していきたいの。分かってくれる?」

「言いたいことは分かるけど……でも、親衛隊のローゼンとかは強引じゃない?」

「……目的のためには手段を選ばないってこと。だから君と同棲したんだよ?」


 マキャベリズムですねぇ。……でも、そこでどうして俺と同棲することに繋がるのかが分からない。首を傾げていると、言っちゃまずかったのか、彼女は口を閉じるようにしながら視線を下に向ける。


「あっ、明日の生徒総会も頑張るから……応援してね?」


 ラフな格好で俺と向かい合って座るカエデ。長い髪をひとつ結びにするのが部屋でのお決まり。その可愛さは、今すぐにでも抱きしめたいくらいだった。


 ……いけないいけない。邪念は振り払わないと。


 俺は彼女になにかしていい立場じゃない。俺たちはただのルームメイトなんだ。


「俺にできることならなんでもするよ」

「ほんとに?」

「うん、ほんとほんと」


 もちろん、彼女のお願いだったらなんでもします。


 ……悩んだ末に、彼女はこう言ってきた。


「じゃあ、頑張ったら頭……撫でて? それと……一緒にお出掛けしたいっ」


 ハードルたっか。……え、本当にしてもいいの? 今からでもやっちゃうよ?

 ……も、もし俺をからかっているなら許さないからな、カエデ。


「……はいはい。明日の総会頑張ったらねー」

「もう、真面目に言ってるんだから! ……おやすみ」

「うん、おやすみ」


 寮のみんなが寝静まる頃、俺たちも就寝する。

 今の俺はとっても幸せなんだ。これまでの仕打ちを全て許せるくらい、彼女との生活を満喫している。五月の塚本翔太、お前が頑張ってくれたおかげだぞ。ありがとう。


 ……この生活が一生続けばいいのに。


 次回の定期試験でも学年一位を取って、必ず彼女と同棲する。そうしよう、そうすれば一生この生活が続けられ……でも、もし彼女がイヤだと言ったら?

 それに、俺は彼女を生徒会長から退けたかったんじゃないのか? うん? 一体、俺の気持ちはどうなってしまったんだ?


 そんなモヤモヤさえも消し去ってしまうくらい、彼女との生活は幸せだった。

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