第15話 「カエデの性欲が爆発した」

 今日も頑張った、お疲れ私っ!


 しょーたと同棲を初めておよそ一週間が経過した。


 なんだろう、想像の数十倍時間の流れが速い……。考えてみると、土日以外は寝るか勉強するかなので、一緒に過ごす時間は案外短かった。


 ……まあ、仕方ないよね。生徒総会も近いし、特に私は率先して準備をしているから、学校を出るのが最終下校時間になってしまう。精力的に働けるのも、しょーたとの同棲生活のおかげっ! 同じ部屋で過ごせるだけじゃなく、彼の美味しい手料理も食べれて部屋も清潔、もう完璧だよね。

 わ、私だってしっかり掃除してるよ? 最近、少しは覚えてきたんだからっ。

 ……最近は、彼に振り向いてもらうっていう本来の目的を果たせずにいる。同棲で満足している自分がいるの。彼は私をどう思っているんだろう……この感じ、嫌いってわけじゃないと思うんだよね。


 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、普段は見ない物が置かれていて興味が湧いてくる。これってもしかして……。


「そっか、文藝部の部誌ってこの時期か」


 それは年に四回発行されていて、同時に私が大好きな冊子でもある。今回の部誌にはどんなことが書いているんだろう、帰って読もうと一冊手に取って寮に辿り着く。


「ただいまー、……ってあれ、まだ帰ってないのかな」


 しょーたがいないなんて珍しい。部屋の電気を付けて荷物を置く。

 まずは制服から部屋着に着替えて、空になったコップを洗い流す。身の回りのことくらい自分でできないと、またしょーたに怒られちゃうからね。それに、ルールだから。

 ほら、しっかり掃除できてるでしょ? ちゃんと片付けられるようになったんだから! 


 ……しょーた監修のもとで。


「あー、疲れた」


 片付けを終えて一息吐こうとベッドに寝転んだ。

 ……この時は、本当に無意識だった。多分、心がそれを求めていたんだと思う。

 少し経ってから、私は異変に気付いてしまった。


「……あれ、私はなにをして!?」


 なぜか自分のベッドじゃなくてしょーたのベッドにいた。こ、これは超常現象よ!? だって私、たしかに自分の方に……。

 ……いや、でも同棲してるんだからこれくらい許されるよね? 少しくらい君のベッドを堪能したって怒られないよね? 

 思い立ったが吉日、すぐさま彼の枕に顔を埋めて鼻で息を吸う。


 ――やばい、これ


 好きな人の匂いってどうしてこう、気持ちよくなっちゃうんだろう。もしかして麻薬なのでは。彼のなら、柔軟剤から汗の匂いまでなんでもいい匂いに感じられる。

 ああ、ここは楽園ね。ずっと嗅いでいたい。同棲してよかったっ!


 ……お父さん、お母さん。変態な私を許してください。


 ◇◇◇


 ……はぁ。心が満たされる。体の疲れは寝ないと取れないけど。


 私はすっかり堪能して立ち上がり、鞄を見たところであることを思い出した。帰る途中で文藝部の部誌を持ってきたんだった。きっとしょーたの作品も載ってるよね。


 鞄から冊子を取り出してページをめくると、そこに塚本翔太の名前を見つけて心臓の鼓動が高鳴っていくのが分かった。ベッドのこともあって、まだ興奮してる。落ち着け、私っ! 冷静を保って読みなさい!

 ……深呼吸を繰り返して、ようやく自分を取り戻す。満を持して目を向ける冊子には、こう書かれていた。




◇ 君に想いを伝えられない。


 どれだけ好きな食べ物でも、どれだけ好きなことでも、君への想いに勝るものはない。もし嘘だと言うなら、いくらでも証明してみせるよ。あっ、痛いのだけはやめてくださいね。


 ……欲を言えば、俺だけを見ていてほしい。たいそうな地位に上りつめず、君の素顔を俺だけに見せてほしい。


 そうは言っても、俺たちは人間だ。複雑に絡み合った思考の上で生きている、高度だけどちょっと残念な生き物。だから素直に想いを伝えられない。

 考えてしまうんだ、もし君が俺を嫌いだったらどうしようって。

 勇気のない男だって、笑うかい?

 それも仕方ないよね。俺は勇気や度胸、確固たる信念が今までなかった。


 ……今日、初めて自分は成長したなと思えたよ。君の前で自分の気持ちを伝えることができたんだ。好きの一歩を踏み出せた気がしたんだ。

 だから、もう少しだけ時間がほしい。君に想いを伝えるための時間を。


 ――わがままな俺を、許してくれるよね?




 真っ先に彼の文章が目に入ってきて、心の底から熱くなる。

 な、なにこの純情な気持ち!? しかも、しょーたが恋愛について書き記しているなんて。最後の一文とか、目の前で言われたらキュンキュンして夜も眠れなくなっちゃうっ!


 なに、今すぐ私に尊死しろって言いたいの? 尊過ぎて死んだら責任取ってくれるの?

 呼吸困難になりそうなくらい飛び跳ねた。もう、自分がなにをしているのか分からないくらい最高だった。……下の階の人、うるさかったらごめんなさい。


 ……しょーたは恋愛に全く興味ないと思ってた。これは一体誰に向けた言葉なの? 絶対にモデルがあるはず。いや、いなかったとしても、こんなに素晴らしい文章を脳死で書けるわけがない。彼はなにを見てるの? なにを考えてるの?

 ……もしこれが、私に向けられたものだとしたら。


「……まさかね」

「なにが?」

「ひゃっ!?」


 耳元で声がしてとっさに冊子を閉じる。振り向くと、そこにはいぶかしむ表情で私を見つめるしょーたの姿があった。いきなり話しかけられたので、変な声が出てしまった。


「か、帰ってたのね。お帰りなさい」

「うん、ただいま。……それで、なにをしていたの?」


 なにをしていたってそれは君で気持ちよくなってた……なんて、言えるわけないじゃん! どうしよう、なんて返そう。前のように私の言葉で彼を傷付けてしまわないか不安になる。


「ぶ、部誌を読んでたの。しょーたの部活の」

「ほんと? どうだった?」

「……よ、よかったよ。特にしょーたのは、同じ気持ちの中高生が多いんじゃないかなって思った」


 やはりそうなのか、彼はそう漏らしながら何度か頷いてみせる。


「なにかあったの?」

「俺の作品で部員のみんなが感動したみたいでさ、書いてみると意外と共感してもらえるんだなーと思って」

「……才能あるから続けた方がいいよ、感動したもん」

「……う、うん」


 私の言葉がそんなに意外だったのか、しょーたは照れくさそうな表情を浮かべた。

 そういう表情も好きだぞっ……って面を向かって言える勇気は、まだ私にはない。もっと彼との関係を親密にしていかないと。ゆっくりでいいから一歩ずつ、私を信頼してほしい。


「ねっ、一緒に夕食作ろうよ」

「いいけど、包丁を握らせたくない」

「えー、なんで!?」

「……怪我でもされたら困るし」


 きゅーん! と心が弾むような感じがした。


 なに、その私を大切に扱うような優しい言葉は!


 さっきまでの熱が残っているせいで余計に興奮してしまう。


「う、うぅ……でも、私だって料理覚えたい!」


 しょーたに私の手料理を食べてもらいたい! だから、君と一緒に料理がしたいのっ!

 ……そんな想いを込めて目力で訴えてみると、そこまでするなら仕方ないという表情を見せながら、彼は渋々頷いてくれた。


 ……まだまだ同棲が始まったって一週間程度。

 放課後と朝のひと時を大切にして、君との距離を縮めていきたい。


 もっと私を見て、ねっ?

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