第14話 「部誌に記された生徒たちの想い」
「この一条彩姫、栄えある学年一位の座を賜ったぞ!」
「わーすごいー!」
「流石ですよ一条先輩!」
六月六日、月曜日。
梅雨の憂鬱さにも負けず、文藝部室では密かに定期試験の反省会を開いていた。
今回の定期試験で、谷千代学園では変人と名高い一条先輩が二学年トップの成績を修めて主席に上りつめた。千晴は中の上くらいだったようで、目的が果たせず嘆いていた。
「あー、うちも同棲したかったなー」
「え? 誰と?」
「分かんない?」
いや、そりゃ言われないと分からないだろう。千晴の人間関係を把握しているわけじゃないんだからさ。首を横に振って答えると、彼女は頬を膨らませていたのでますます分からない。
その様子をうかがっていた一条先輩は首を傾げていたが、なにかを思い出したのか、手のひらに扇子を打ち付けると意外なことを教えてくれる。
「それはそうとお主たち。これは聞いた話じゃが、意外と現状維持の方針を取る生徒が多いようじゃぞ」
「現状維持って?」
「同棲のことじゃよ。大庭が言っていたように、移動するのが面倒だと言う生徒が多いそうじゃのう。……まあ、一部の生徒が喜ぶ仕様であっただけのこと」
その一部の人間に俺が含まれているから、苦い反応しかできないんだよなぁ。それに、これはカエデの目玉政策だった。一条先輩の話通りなら、あまり成果を得られていないみたい。
まあ、正直そんなことどうでもいいんだよね。俺はカエデと同棲するっていう目標を達成できたから。毎日彼女に「おはよう、おやすみ」の挨拶ができるし、同じ炊飯器のご飯を食べられる。ふ、夫婦と言っても過言じゃないんだっ!
君のいろいろな表情を、俺だけが楽しめる!
「どうしたのじゃ、塚本。鼻の下を長くして」
……いけないいけない。心の声が表情に出てしまっていたようだ。こういう時は羊を数えて心を落ち着かせるんだ。羊が一匹、羊が二匹、羊が――
「やはりこの制度は間違っているッ!」
大声と共に部室の扉が開かれる。血相を変えながら現れたのは、今回の定期試験で六位に輝いた大庭伴弘だ。いつもの通り、彼はカエデの政策に真っ向から反対していた。
「なぜ他学年と部屋を分かつことが禁じられる! 理解できない」
「えっ、オオバっちって他学年で同棲したい人がいるの?」
オオバっちとは、千晴が伴弘を呼ぶ時のあだ名である。なぜか、某電子ゲームに登場するキャラクターが思い浮かぶのは俺だけだろうか。
「そう……そうではない。そうではなくて……」
一瞬、伴弘が一条先輩に視線を向けたが、すぐに俺と千晴に視線を戻して話を続けた。
「他人との交流を謳うなら、他学年も含まれるのが普通だろう」
「はは~ん、そういうことね。……まっ、いじめが起きないようにってことじゃない?」
伴弘は千晴の言葉にうなずきを見せるが、それでもまだ納得していない様子。まあ、伴弘はいつもこんな感じだから……きっと、自分で結論を見つけようと頭の中を整理しているんだと思う。
「……さて、話の腰を折るようで申し訳ないのじゃが、今週中には部誌を発行したい。一度提出してもらえんだろうか」
ああ、そう言えばそうだった。
文藝部の部誌はジャンル不問のオリジナル作品や評論を掲載する冊子だ。今回は数百文字で書いてこいと一条先輩に言われている。そんなに短くていいのかと思ってしまうが……簡潔に自分の考えをまとめる練習として、毎年一学期はその形式でやっているらしい。
「じゃあ、まずはうちから~!」
オカルト好きの千晴が指を鳴らして合図する。どうやら自信があるらしく、自慢げな様子を見せながら原稿を机の上に広げた。俺たちは早速文章に目を通していく……。
◇ 『孤独なロリータ』
さながら虎のような気迫を持った少女には、かけがえのない親友がいた。
親友のためなら命を投げ捨てる覚悟を持っており、ただひたすらその想いを貫いて親友の隣に立ち続けた。しかし、ある日少女は孤独を知る。
――かけがえのない人が、恋をしていたのだ。
その恋心は自分に向けてではない、見知らぬ男に向けてだった。やがて愛は深まっていき、親友はその人に夢中になっていく。その分だけ少女は母屋で孤独にすすり泣いた。この状況を抜け出すためにはどうしたらいい。なにをすればいい。
……どこからともなく声がする。まるで悪魔のささやきのような、冷たくて野太い声がする。
――親友をむしばむ害虫を駆除せよ。
少女はハッとした。そうだった、この手は彼女を救うためにある。害虫を駆除するためにある。
その日、少女は罪を犯した。殺しという罪を犯したのだ。
そして悟ったのだ。自分が殺したのは、かけがえのない親友であったことを。
……伝奇のような世界観に引き込まれ、なにより緊張感があって最後まで目が離せなかった。彼女のイメージから想像していた内容とちょっと違ったけど。
「これはいいなぁ……面白かった」
「まじ? うっしゃー! 頑張った甲斐があったわ~」
ガッツポーズで喜ぶ千晴。そこまではしゃぐとは思わなかった。おっと、あんまり飛ぶとパンツが見えちゃうぞ。
「これは興味深いな。なにかモデルはあるのか?」
「……まあ、ちょっとあるけど」
なにか言いたくないことでもあるのか、ためらう様子を見せる千晴。や、やめてくれよ!? 本当は自分が経験したことです……とか。シャレにならないって!
……結局、千晴が答えることはなかった。気になってしまうけど、言えないのなら仕方ない。わざわざ他人の問題に踏み入れる気はないからね。
「力作じゃ。お主らもわらわの作品を読んで学べ!」
今度は一条先輩の作品を読むことになった。彼女も自信満々なのか、扇子を広げて優雅に舞い始める。一条先輩! それ以上続けると床が抜けかねないので、踊りたいならダンス部に入ってください!
◇ 『悪役令嬢は君が好きっ!』
たとえば我の好きなジャンルが「転生もの」で、その中でも「悪役令嬢」には目がないとしよう。では、我が悪役令嬢と結婚したいと思った場合……それは可能だろうか。
なにっ、話が飛躍し過ぎだと? それは……そうかもしれない。でもよく考えてみてほしい。たいていの人は、好きなものを語る時、自分が見えなくなるものじゃないか。思わず興奮してしまうものじゃないか。
そういう経験をしたことがある人間なら、きっと我の気持ちを分かってくれるだろう。上空一万メートルにまで飛んでもなお、転生ものの視聴がやめられないのだ。
そうやって、今日も推しのキャラクターを眺めていると、容易に理解できない言葉が耳に入ってくる。
「お客様の中に悪役令嬢はいらっしゃいませんか」
……俺は思わず原稿を破り捨てそうになるが、なんとか踏み留まる。一条先輩から扇子を強引に奪い取って、そのまま頭をひと叩きした千晴は……うん、やはり俺と同じ気持ちみたいだ。
「なにをするのじゃ!?」
「じゃあ、先輩はなにがしたかったんですか」
「……さ、昨今は悪役令嬢が人気を博しているようじゃから、それに則って執筆したに過ぎぬ!」
「これはねー、世間は許してくりゃあせんよ?」
そうだ、このまま世間に流布すれば大変なことになってしまう。よかった、最悪の事態へと発展する前に阻止することができて……。
「ふむ、悪役令嬢か……階級社会を彷彿とさせる言葉だ。我が嫌いな単語だな」
「なにを言う! お主を見本にかい……いや、なんでもない。忘れてくれ」
どうやら、一条先輩は伴弘をモデルにしたようです。意味が分からないけど、きっと先輩は伴弘を更生させたかったんだろう。千晴が吹き出しそうになって背中を向ける。
「さて、今度は伴弘の作品だけど」
一条先輩とは別のベクトルで思想が濃い伴弘なので、同じような展開になりそうで不安です。机に置かれた原稿のタイトルに目を向ける。
◇ 『非暴力・不服従が導く二十一世紀の社会主義革命』
あっ。タイトルだけで察してしまった。
「これはダメでしょお!?」
「なにがダメなのだ? まさか貴様、言論の自由を奪おうと言うのか!」
「まあ……これぞ、変人の巣窟って感じだね。うちはいいと思います。知らんけど」
はい出た、知らんけど。そうやって責任を放棄するのはいけないことだ。同じ文藝部員なのだから、共著にはしっかり目を通しておかないと……後で大変なことになっても知らないぞ?
「ダメと言うなら、貴様の原稿も読ませろ!」
「えっ……はあ」
伴弘に言われて渋々原稿を机に置いた。自分が書いたものをまじまじと読まれるのって、こんなに汗が噴き出るほど緊張するものなんだと思い知らされた。
「……えっ、これめっちゃいい」
「……異議なし。わらわの心情そのものじゃ」
「ほほう、さては貴様ぁ……天才だな」
読み終えた三人の反応は意外にも全会一致だった。
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