第11話 「勝った方に一生服従っ!」

 文藝部が発行している部誌は、中等部時代からよく手に取って読んでいた。


 高等部の先輩方は持ち前の想像力とユーモア溢れる描写で素敵な物語をつづっていて、感心させられたのを覚えてる。


 私もいつか誰かに自分の作品を読んでもらいたい、感動してもらいたい、登場人物がみんな主役の物語を作りたい……。だけど、私にはそれよりも優先すべきことがあった。生徒会長に立候補して学校を改革すること。今はその途上で、これからも戦いは続いていく。


 初めて文藝部を訪れて感じたのは、噂よりも空気がよかったこと。よどんでいて暗い、ここに集まる人たちは皆そうだと言われてたから。


 でも、私がここに来た目的は、生徒会の地位を脅かそうとする連中の動きを掴むこと。私――島崎楓の考え通りに生徒を動かすために、邪魔をする人間は取り除いていかなければならない。

 ……本当のところは、文藝部に所属するしょーたが二人の過激派に染められるのを防ぎたいから。彼に悪影響なモノは、どんな手段を用いてでも抜き取ってやるの。


 全ては愛する塚本翔太に振り向いてもらうため。今まで、彼には私も望まぬ酷いことを沢山やってきてしまった。好きという気持ちを隠すたに、強く当たってしまった。


「……しょーた」


 壁紙に文藝部の集合写真が飾ってあった。意中の人もそこに写ってる。硬い表情の中、若干頬を赤らめている姿は、昔の彼そのもの。いくら垢抜けてカッコよくなろうが、素の彼はなにも変わらない。


 私はポケットからスマホを取り出して、写真をフォルダーに収めた。今の彼をいつでも見ることができるように……なんなら待ち受けにしてもいい。……いや、できることなら言葉を交わして写真を撮りたい……けど。

 そのまま写真を手に持って椅子に座って眺めていた。……いけない、こうしていると頬が緩んでお腹の辺りがアツくなってくる……。


 そんな感じで、文藝部という敵地にもかかわらず浮かれていた私は突然扉が開かれて驚きの声を上げてしまった。息を切らしながらこちらを見つめる人物が彼だと識別するのに少しだけ時間が掛かった。


「しょーた……!?」

「カエデ……」


 我を取り戻した私は、手に持っていた写真をとっさに隠す。情報を整理しているうちに不可解なことに気が付かされる。話によれば、文藝部は分裂したはず。しょーたが部活に訪れることはないと聞いていたのに……一体どうして。


 ……そんなことどうだっていい。彼と二人っきりになれたから。


 誰にも邪魔されない空間、こうして二人が顔を見合わせて話したのは……入学式ぶりだろうか。あの日は冷たい返事をしてしまった。私に対する嫌いという気持ちを更に高めてしまったかもしれない。


「しょーた、わたし……言わなきゃいけないことがあるの」


 まずは今日までのことを謝らなくちゃいけない気がした。


 ……たしかに、ここで謝ったとしても、なにも変わらないかもしれない。


 でも、区切りを付けることは新しい関係に進むための第一歩だと思う。立ち上がって彼の前に進み、両手を握る。いきなりこんなことして、イヤかな。私と顔を合わせたくないかな。


 でも、目の前に立ちはだかる壁を壊せない人間が、誰かに振り向いてもらうことなんてできないんだ。大きく深呼吸して、彼に想いを伝えようとする。その瞬間――。


「カエデ、この際だからハッキリ言わせてもらう」


 私の両手を振り払う彼の気迫に押し返されて、思わず静止してしまう。怒りに満ちているのか……しかし、彼の表情は真逆だった。己の気持ちに真摯に向き合っていて、凛々しい。そして、こう言った。


「カエデには生徒会長の座から退いてもらいたい」


 生徒会長の座から退け……つまり、私に生徒会長を辞めろって言いたいのね。大好きな人の口から自分の行いを否定されるのは……がっかり、つらい。いいや、当然だ。そう思われても仕方ないことを私はしてきたんだから。


「どんな事情かは知らないが、己の野望のためならマキャベリズムもいとわないそのやり方、そしてなにより俺以外の……いや、みだらなことを武器に男の支持を勝ち取ろうだなんて、納得できない!」


 彼の言葉をめげることなく受け止めた。俺以外の……がちょっとよく分からなかったけど、彼の言葉の意味は重々承知している。私がイケナイコトをシてるって自覚、ちゃんとあるよ……。


 今までのことも含めてちゃんと謝ろうと思ったが、それより彼が喋る方が早かった。


「同時に俺は情けなかった。ずっと自分が弱虫であることを理由に前進しようとしなかったんだから。勇気がなかった……もし失敗したらどうしようって。……でも、ようやく覚悟が決まったよ」


 なにが決まったと言うのか。いろいろな感情が混ざり合って、私は喋るのもままならない状況にあった。そんなことも知らずに、彼は言葉を続けた。


「……昔から勝負ごとが好きだったよな。だから、今月末の定期試験で勝負しろ! 俺が勝ったら同棲してもらう! そして生徒会には……カエデには、その座を退いてもらう!」


 何度も突き放してしまったのに、何度も辛い思いをさせてしまったのに、それでもしょーたは私の前に立ちはだかる。私のためにその身を滅ぼす覚悟で。


 ……だけど、私の覚悟だって君には引けを取らないよ。恋愛の自由化、学校の空気は自由にするのと同時に、貴方に振り向いてもらいたい。


 降伏を示す白旗は振らない。私も貴方に宣戦布告してやるんだからっ!


「……いい度胸ね。これでも一応、三年間学年一位を保持してきた王者よ。……勝負なら受けて立つわ! その代わりしょーたが負けたら、私とど、ど……同棲しなさい! わ、私なしじゃ生きられないようにしてあげる……あげるんだから!」

「もうぜんっぜんいいよ! やっば。……ううう、受けて立つ! この約束、絶対に忘れんなよっ!」

「当然! 勝った方に一生服従っ! 私、負けないからっ!」

「臨むところだ! ……え?」


 どうにか表情を崩さずに言い切ることができた……危ない。でも、今はなんだか救われた気持ちだった。ようやく本心の一部を伝えられたかのような安心感。ねえ、しょーた? 貴方は今、どんな気持ちかな――。


 お互いの意思が確認できたタイミングで、数名が文藝部に駆け寄ってくる。


「くそっ、このままでは我らが対峙する前に廃部となってしまうぞ……!」

「のじゃあああ! 最強の迎撃システムが発射前に破壊されるとはのう!」

「やっぱり会長が心配よぉ! ねえ、清美!」

「……カエデなら大丈夫よ。あたし、信じてるから」


 ――文藝部の二人と生徒会の二人が顔を見合わせて首を傾げた後、今度は部室内から異様な空気を感じて目を向ける。


 一条彩姫と大庭伴弘は、いるはずのない塚本翔太の姿を見て口をあんぐりとさせ、稲目清美と畠山未礼は、いつにも増してメラメラと闘志を燃やす島崎楓のオーラを感じて固唾を吞む。

 両片想いの二人は密かに誓い合っていた。


 定期試験に人生の全てを賭けた二人の、グレートゲームが幕を開けようとしている。

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