第7話 「文藝部に漂う黒い影……」

 総会の翌日、生徒会役員は総会の反省会を開くことになっていて、続々と生徒会室に集まっていた。

 今回の総会、表向きには「島崎楓による生徒会はその威信を賭けた正念場で勝利を収めたことで、安定した支持基盤の下に谷千代学園高等学校の改革を行っていくだろう」という総評になっている。校内新聞の号外にも書いてあったので間違いない。うちの新聞部って凄いんだよね。大手新聞社みたいに本格的だから。

 まあ、世間が好評であるなら、私の作戦は功を奏したことになるので、総会は成功したと言える。

 でも本心を語るなら、私たち――いいえ、私はしょーたに負けたことになる。

 同学年で仲を深めることを目的にした寮制度? そんなの、私が彼と同棲する口実を作るための建前に決まってるじゃない。学校の空気は自由にするとは言ったけど、容姿に関する校則を緩めたのはもっと可愛くなって彼に私を見て欲しいからだもん! あと、もっと私好みの彼にイメチェンさせたいから。

 ……ごほん。しかし、塚本翔太が賛成に回ることなく生徒総会は終幕となった。

 私ってそんなに魅力ないのかな……。

 もしかして、私が行動を起こす分だけ彼の気持ちから遠ざかってるなんてことは……。

 いけない、消極的なことを考えるのは止めにしたんだから。きっと、彼は私のことを心底嫌っているんだ。……だからと言って、彼のことを諦めるつもりはない。

 大好きな彼のハートを射止めるためだったらどんなことだってやってやるんだっ!

「うっひょー、今日はいつも以上に会長が燃えてるよぉ」

「その原動力はどこから来るんだか……。まるで恋する乙女ね」

 未礼が茶髪の地毛を手ぐしで整えながら呟くと、椅子に腰掛けてそのふくよかな乳房を机に預ける休憩モードの清美が相槌を打った。

「……なにか言った?」

「乙女だなーって」

 しゃくに障る言葉が聞こえてきたので、不快感を露わにした視線とともに尖った口調で尋ねると、むしろそれを面白がるような表情で清美が答えたので、ちょっとムカついた。私の視線は彼女の胸にいっていた。

 む、胸があることを強調するような姿勢で座るなんてっ! 私だって清美よりはち、小さいけど……他人を魅了できるくらいには豊かなんだからねっ! ……そう言ってやりたかったが、この場にはヨシくんもいるので、彼女の容姿を気安く呟ける状況ではなかった。

 ていうか、ヨシくんガン見してない? ねえ、清美……気付いてる?

「……全員集まったことだし、反省会をしましょうか」

 気を取り直して反省会を始めようと思い、手を叩いて合図する。私の言葉を聞いて、ヨシくん、未礼、清美の順に反省を述べてくれる。

「全体的に高評価だったと思います。状況をしっかり把握した会長の演説は聞く者を魅了していましたし、しっかりとした根拠を挙げて説明したことでスムーズに議題を議決させることが叶いました」

「いろいろあったけど、最終的には成功したんだし、私はなんの文句もないよぉ! ……あ、強いて言うなら武蔵講堂を開錠した時、雪崩のように生徒が入ってきたところは改善した方がよさそうだよぉ」

「それはあたしも言おうと思ってた。それ以外は完璧に近い総会だったと思う。……個人的には赤津先輩に申し訳ないことをしたけどね……」

 それぞれ反省点を上げていく中で、落ち込む様子を見せる清美。あれはちゃんとした理由があったんだから、彼女は責務を全うしてくれたと評価したい。

「清美は自分の責務を全うしてくれたんだから気にしないで。先輩が主張したい理由も分かるけど、私たちは生徒会選挙で勝利したんだもん、無益な話だったよ。むしろあの場で清美が止めてくれなかったら大変なことになってたと思う。本当にありがとう」

「……カエデのためになったのなら」

 その表情を隠すように俯く清美は喜びの照れ隠しだ。責任感の強い彼女はなるべく自分の弱みを見せまいと振る舞ってくれる。だけど、清美だって同じ人間だもん、その心には限界が存在する。

 だから、辛い時は一緒に励まし合うの。これまでも辛い時はそうして戦ってきた。

 ……それに、不安な表情を浮かべる清美より、自信に満ちた清美が見たいから。

「武蔵講堂の開錠に関しては未礼の言う通りね。入口は複数開放した方がよさそうかな」

「列を作って統制することも視野に入れましょう。その場合は親衛隊に力を借りたいですね」

「任せて。カエデのためならどんな仕事でも忠実にこなす連中だから」

 完全に気持ちを取り戻した清美が、若干の笑みを含みながら冷静な声調で答える。ローゼンの隊長が自信を持って言うのだから間違いない。

 ローゼンは選挙演説の雰囲気作りで何度も貢献してくれた。今後もなにかと重宝するだろうから、どこかで労っておきたいな。

 そんなことを考えていると、ここまで一度も言葉を使うことなく頷いていた書記の萌夏が、右目を覆い隠す髪を揺らしながら手を上げる。


「キキとして言いたいことが、あります」


 生徒会室の雰囲気が一瞬にして陰湿なものに変わった気がした。それは、五月の心地よい日差しが肌寒く感じるほど。

 書記とともにキキの頭目も務める彼女はなにか言いたいことがあるようで、私は固唾を吞んで彼女を見守る。

「昨日の総会で、カエデ会長を困らせた人間が赤津を除いて二人も、いました」

 彼女は束になった二組の書類を机に載せて、記載されている人物のプロフィールを簡潔に紹介し始める。

「一人目は、紫学舎に所属する二年生の一条彩姫。成績優秀で主席候補との呼び声も高く、危機的困難に接触した際は冷静に対処、できます。しかし、前時代的な思想と古風な言葉遣いから校内では変人と呼ばれており、昨日の総会でも会長と真っ向から対立、しました」

「……うっ、姉上」

 そう言葉を漏らしたのは一条彩姫の弟であるヨシくん。一条先輩は昔から他者とは一線を画す存在だったので、変人と呼ばれる理由も分からなくはない。ただ、それが常識人のヨシくんにとって悩みの種になってるみたい。姉弟仲はそこまで悪くないらしいけど。

 落ち込み気味なヨシくんを気にせず、萌夏はもう一人の説明を始めた。

「二人目は、紫学舎に所属する一年生の大庭伴弘。成績は優秀であるものの、その革新的な思想から友人が少なく孤立傾向にある模様、です。一条彩姫との相性は最悪、しかし狙いは生徒会の打倒で共通している、です」

 大場伴弘、名前は何度か聞いたことがある。高等部から谷千代学園に入学した曲者だって。しょーたと同じ入試形態の人間ね。二人とも確固たる信念を抱いてるから、ちょっとのことでは意見を変えないそう。

「だけど、今の二人がこの盤石な牙城を崩すなんて不可能だよぉ。肝心なところで意見が合わなそうだし、なんなら勝手に二人で潰し合ってくれそうじゃない?」

 穏便に済ませようと考えているのか、未礼は二人の放置を提案するのだが、今回の萌夏は別の視点から提案をしているようで、未礼の言葉に対して横に首を振って見せた。

「二つ目の議題で講堂は揺らぎ……ました。その際、真っ向から議題を否定したのはこの二人であり、その場をひっくり返す意図があったのは確実……です。壇上でその雰囲気を身近に感じ取っていた会長と副会長は明確に分かるはず、です」

 壇上に立っていたわけではないのに、萌夏は私があの場で感じたことをそのまま代弁してくれた。その鋭い観察眼には毎回驚かされる。

「……たしかに、私はあの場で危機感を抱いた。それは、萌夏の言う通りだよ。でも、今からその二人をどうかしようだなんて思わないよ。それとも、現状維持ではいけない理由があるの?」


「はい。二人は文藝部に属しているという更なる共通点があります」


 その言葉を聞いて、私は絶句した。文藝部と言えば、しょーたが入部している部活だ。私も中等部時代には文藝部に入りたいと思っていたし、その実態はよく知っている。

 ……もしかして、二人の影響を多分に受けてしまったから、昨日のしょーたは私に賛成してくれなかったの? 一条彩姫と大庭伴弘は、私としょーたの運命を狂わせようとしているの?

 これまで納得できなかったことが一本の線で繋がっていく感覚を覚えた。

 二人はしょーたのガン。病気には早急に手を打つ必要がある。

「決めたわ。来週から定期試験の期間まで生徒会による部活動見学を行います。来月の生徒総会で予算を決定する指標の一つとします。また、その見学次第で文藝部の廃部も視野に入れたいと思います」

 生徒会には部活動を認可する権限があり、決定次第では廃部にすることも可能。

 もし、仮に万が一、文藝部が彼にとって悪影響を及ぼすものと判断できれば、その場で廃部にしてやってもいいわ。愛しのしょーたを洗脳して私に牙を向けさせようと画策しているなら、その幻想をぶち壊してやるんだ。

 無事に生徒会役員の承認を得たので、部活動見学を実施する旨を明日の昼休憩に放送しなければ……。でも、その前にもう一つやっておかなければいけないことがある。反省会を終え、生徒会室に残ってくれた萌夏にある提案をしてみる。

「ねえ萌夏、文藝部に間者を潜り込ませることはできないかな?」

「……」

 私の話に聞く耳を持たない彼女は、上目遣いでなにかを訴えていた。

 ……分かりました、ご褒美ね。お望み通り、彼女の頭を優しく撫でてあげた。それまでほとんど無表情だった顔が一気に緩んでいって、にんまりした表情に変わった。

 これは、私にだけ見せる表情。それも撫でた時だけ。

「既に潜り込んでいます。なにも問題ありません」

 キキ、それは私の野望のために必要不可欠な存在。

 ……もちろん、萌夏にもしょーたが好きだなんて話はしたことないけど。

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