第6話 「混戦模様の生徒総会(後編)」

「――生徒同士の交流を増やすため、シーズンごとに同棲相手を入れ替える制度を導入したいと考えています」


 ……カエデがなにを言っているのか分からなかった。


 誰もが俺と同じように啞然として彼女を眺めていたことは言うまでもない。同棲する相手を入れ替える? シーズンごとに? それをやってなにが……もしかして、これが恋愛の自由化に繋がっているとでも言いたいのか?


 そうだとしたら、まずくないか。うちの学校は異性同士の同棲を認めているが、もし意中の相手と同棲できるシステムを採用するなら、恋愛だけでは済まされない。部屋の中であんなことやこんなことが可能になる……ってことだよねっ!?


 もしそれが叶うなら天国だな。だって、カエデと一緒に生活できる可能性があって、毎日ランデブー、つまりおうちデート!? 密ですなんて、誰も言わせません!


 ……待て待て、別に俺はカエデとそういうことがしたいわけじゃ……近くにはいてほしいけど、付き合ってもいないのにそんなことできるわけない。俺は変態じゃないから、いきなり襲ったりしないよ。……え、変人とつるんでいるから変態でもおかしくないって? 一条先輩、言われてますよ! 


「他学年の生徒との部屋を同じにすることはありますか? また、異性との同居もあり得ますか?」

「他学年の生徒との同居について……今のところは考えていません。同学年の新たな友人との出会いの場として活用していきたいと思っています。続いて異性との同居について……これは認めます。実際に、現在も異性と寮生活を送っている生徒がいますので」


 なんだかんだ言って、異性同士の同棲は認めている学校側。

 多種多様な質問が繰り出される中で、誰もが気になっていたであろう内容が問われた。


「同棲相手はどのように選考されるのですか?」


 待ってましたと言わんばかりの、自信に満ちた表情と盛大な身振りを見せて、カエデは投げられた質問にこう答えた。


「第一回は、今月末に行われる中間考査で好成績を修めた者から順に、同棲相手を指名していく方式を採用しようと考えています」


 こ、これは俺がカエデと同棲できる可能性が一気に高まったぞ!

 ……いやいや、これには反対だ! そのやり方だと、得するのは賢い紫学舎の生徒じゃないか。大きな格差を招く恐れがある。勉強が苦手な人間、特に藝学舎からは盛大なブーイングが送られるんじゃないか。


「嘘だろ!? それじゃあカエデちゃんと同じ部屋になることも可能なのかよ!?」

「よっしゃああ!! やる気がメキメキ出てきたぜ!!」

「いや、カエデちゃんは学年一位だから無理だろ」


 ……実際に蓋を開けてみると、まるでこれが最適解だと言うようにカエデを支持する声は絶えない。なぜだっ、お前たち……なぜ俺の期待を裏切るんだ。

 中間考査は両校舎同じ問題を解き、全生徒の順位が校門に張り出されることになっている。紫学舎の生徒と比べたら彼らは圧倒的に不利なのだ。


 しかし、気付けば取り返しのつかない事態に発展していたのは俺たちの方だった。カエデに指名された少女が立ち上がり、マイクを持ってこう述べたのである。


「わらわは明確に反対じゃ」


 わらわ、その特異な一人称は校内でも唯一彼女のみ。次第に周囲から、


「校内一の変人が会長と対峙しているぞ!」


 なんて趣旨の言葉が聞こえてくる。


 昨日まで自分が変人と呼ばれていることについて全く知らなかった一条先輩。だが、今の彼女にとってそんなことはどうでもよかった。彼女はどれだけ批判されようとも、強大な敵に対して己の信念だけで立ち向かうことのできる強い人間なのだ。

 ……ほんと、根性なし俺とは大違いだよ。


「げっ、姉上……」


 壇上に立つ一条良隆がその黒髪を搔きむしりながら呟いたように見えた。彼と俺は同じクラスで会話を交わす程度には仲がいい。だが、周囲からの人望が厚い良隆と友達の少ない俺とでは比べものにならないくらい差がある。

 これは予想だが、カエデは紫学舎の票を集めるために中等部から関わりのある彼を生徒会に引き入れたんだと思う。作戦は功を奏しているが、彼にとって姉の存在は大きいらしく、心配そうな視線で眺めていた。


「己の生徒会を盤石にする目的のため、叡智の登竜門である学問を手段にしようとは、無礼極まりないぞ。個性を引き出すための校則改正ではなかったか。この議題は、恋愛のために学問を強要して個性を潰すのと同義に思うぞ」


 ……あれだけ目立たないでねって念を押して言ったのに、俺との会話は忘れてしまったのか先輩は! 堂々と批判して生徒会の出方をうかがっている一条先輩を一瞬でもカッコいいと思ったら負けだ。

 だって、彼女は文藝部の方針を私情で捻じ曲げたんだから……。


「紫学舎の生徒が非常に優秀であることは、この私が一番よく分かっています。しかし、藝学舎は文武両道を謳っていますし、学問でも紫学舎と競えるほどの人材が数多く存在するのも事実です」


 負けじと反論するカエデは、こういった意見が出るのを見越していたのか、スクリーンに視線がいくよう右手で促すと、成績に関係する資料を表示させた。


「加えて、生徒の成績が大幅に向上すれば、進路先が豊富な本校ですから、大学進学も有利になります。個性を伸ばすことは前提ですが、それは高校だけで終わるものではありません。大学で更にその人の個性を引き出せるように本校と生徒会が手助けをする、そうではありませんか?」


 見事に言い切ったカエデと得意げな表情を浮かべる先輩の背後に、得体の知れない怪物の気配を感じる。犬と猫の争い――ワンニャン戦争? いいえ、そんな生易しい言葉では表現できないほど末恐ろしい気配……。

 二人の言葉に込められた決意を可視化させているのか……俺は一体どうしてそんな幻覚を目の当たりにしているんだ。


 さて、うちの文藝部は地獄を作ることに長けているらしい。こちらの不安に同情するはずもなくやつも声を挙げた。


「考査という一種の競争を指標にするのは間違いだッ! 努力では超えられない壁もある。望んだ人間と同棲、聞こえはよいが、極端な実力主義を生み更なる格差を作り出す要因となりかねない。そもそも、現在の寮生活で十分満足しているし、毎月荷物を移動するのは億劫じゃないか。我は断固反対するぞッ!」


 問題児二人目、大庭伴弘も立ち上がって攻勢を強めていく。意外と説得性があったようで、それまでなんの文句も漏らさなかった人々が首を傾げるまでになっていた。

 ……それでもカエデは崩れない。彼女は表情を曇らせることなく声を大にして続けた。


「これは理事会からの挑戦なのです! 彼らは生徒が束になったところでなにも変えることはできまい、そう高を括っているのです。先輩方はそれを理解しているはずですし、何度も自分を押し殺して仕方なく従ってきたはずですっ」


 その言葉を聞いた上級生のほとんどが、首を縦に振って頷く様子を見せる。勢いに乗ったカエデは照明を巧みに利用して反攻作戦に出た。


「変革は億劫、当然です。現状維持であればなにも考える必要はありませんし、一番楽なのですから。しかし、それでは学校を改革することはできません。皆さんの面倒はすべて私が背負います。皆さんは自分が望む学校を声に出して言って、そうなるように私が変えていく。なにも諦める必要なんてないのです!」


 その瞬間、場に飲み込まれた生徒はこう考えた。


――島崎楓は母性に溢れている。すべてを委ねられるほどの聖母なんだ、と。


 叶うものなら、俺だって彼女の胸に顔を埋めて寝てみたいっ! 君のためなら赤ちゃんにだってなれます! ダメですか!

 ……やっぱり俺は変態です、噓つきで本当にごめんなさいっ!


 だが、彼女がやっていることは人心掌握も同然だ。己の野望を果たすためにそれらしい言葉で扇動し、生徒を味方に付けようとしている。

 このままじゃ君がもっと遠くへ行ってしまいそうで怖いよ、俺は。

 ……果たして今回の寮制度の変更が恋愛の自由化に繋がるかどうかは分からないが、一つだけ確信を持って言えることがある。


 それは、この場は間違いなく彼女の圧勝だということ。


 俺たち文藝部はカエデに大敗を喫した。自分の意見に反対する部員が二人おり、注意すべき部活であると認定されてもおかしくない挙動だった。

 そうは言っても、一条先輩と伴弘を責める権利は俺にない。部の方針を守ってくれなかったことには遺憾砲を連射すべきだろうが、二人の言動はなにも言えなかった俺の気持ちを代弁してくれるものだったから。……反省はしてもらいますけどね?


 ……生徒総会は、全校生徒のほとんどが議題に賛成したことにより、生徒会の大勝利で幕を閉じる。その場で俺たちが追及されることはなかったが、二つの議題が適用される翌月を前に文藝部が解散の危機に直面するだなんて、この時の俺は考えもしなかった。

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