第4話 「谷千代学園高等学校生徒会、始動!」

 文藝部が盛り上がりをみせている頃、藝学舎の一室に存在する生徒会室には火急を要する一報が伝えられていた。


「みんな、大変よぉ!」


 ヘアゴムで結ばれた茶髪を暴れさせながら登場した畠山未礼はたけやまみれいは、切らした息をどうにか整えて、副会長の一人にある文書を手渡した。


「どうしたの、未礼? 廊下は走っちゃダメでしょう」

「全速力で駆け抜けたくなるくらいには重要事項なのよぉ! いいから見て!」


 彼女に催促されて渋々手もとに顔を向ける副会長の稲目清美いなめきよみは、読み進めるうちに普段の冷静さからは考えられないほど表情を曇らせて、読み終えたところで誰に向けることなく呟いた。


「これは非常にまずい」


 穏やかじゃない状況に、すぐ隣で聞いていた書記が清美から文書を奪い取った。表情のバリエーションが乏しい書記の鬼藤萌夏きどうもかは、読み終えてもやはり同じ面持ちで、なにか呟くことなく今度はもう一人の副会長へと文書を渡した。


「……なるほど。予測はしていましたが、現実になってしまいましたか」

「どうするヨシくん。会長を呼び出すべきか」


 ヨシくんと呼ばれる一条良隆いちじょうよしたかは清美の言葉に頷いた。


「……ボクが呼びに行く、です」


 萌夏が名乗り出て部屋を発とうとするが、次の瞬間、勢いよく扉が開かれて、お目当ての人物が普段は決して見せない角立った表情を晒しながら姿を現した。


「はぁ、はぁ……畠山未礼! 廊下はいつも走るなって言ってるでしょう!」

「あんたもよカエデ。生徒の模範である会長が、ひんしゅくを買うような行動を起こしてどうするの」

「それはっ。……ご、ごめんなさい」


 自分の非を認めて素直に謝る生徒会長――私は、藝学舎で走り回っている女子生徒がいると聞いて生徒会室に駆け付けていた。校舎内にもかかわらずお構いなく駆けるのは、未礼くらいだもの。……いや、私も我を忘れて校舎を駆け回り、最後は清美に叱られるお決まりのパターンを何度も経験している。

 別に走ってもよくない!? 他人とぶつからなきゃいいだけじゃん。


 ……そう思っていたけど、既に私は生徒会長としての責務を全うしなければならない立場だ。生徒の信任を得て就いた職である以上、誰もが納得する行動を心がけるべきよね。

 そう心に言い聞かせてから、本題に移ろうと口火を切った。


「さて、ヨシくんが持つその書簡は、理事会に提出した寮制度廃止の意見書に対する返答かしら?」


 生徒総会における目下の急務は、とにかく高校に自由の風を吹き込むこと。少し大胆な内容にはなってしまうけど、学校が生徒を束縛する最大の根拠となっている寮制度を廃止することは、発足した生徒会が盤石であることを証明するのに大いに役立つ。

 そう踏んで意見書を提出したが、どうやら上手くいかなかったらしい。


「当初の予測通り、寮制度の撤廃は認められなかったようです。無理もありませんね、寮制度は学校運営における重要な財源の一つです。いくら校内で絶大な権力を持つ生徒会であったとしても、経営に関して容易く首を振る理事会だとは思えません」

「では、第二のプランで」


 そう口走ったところで、生徒会室の扉が三度叩かれる。来客だろう、清美が真っ先に向かって扉を開けると、事務員が一通の書簡を右手に持って現れた。


「こちらは理事会に宛てられた意見書の返事だそうです」

「ありがとうございます」


 彼女はお礼の言葉を述べて書簡を受け取ると、事務員が去ったのを確認して扉を閉める。そのまま私の手もとに書簡が渡ったので、心が落ち着いたことを確認してからおもむろに封を開け、中身に目を通した。


「……なるほど、条件付きなら許すと」

「おお、本当ですか。極端な意見の後に妥協案を提示すると案外通るものなのですね」


 実のところ、意見書を提出した翌日に一通目よりも内容を緩和した意見書を提出していたのだ。金銭面にはうるさい理事会だけど、一通目と比べれば十分妥協できる内容だと思う。私が当選することによって、こうなるだろうと事前に予測していたのかもしれないけど、仮にそうだったとしても、十分なくらいの成果は得られた。

 なんとか形にできたぞ、そう思って安堵していると、未礼は自慢げな表情を浮かべた。


「そもそも、ここまで急進的な生徒会が今まで存在しなかったのよぉ。保護者会でもちょっとした騒ぎになってるんじゃない?」

「実はそうでもないよ。だって、これは生徒の総意だもの。現代においてここまで古風な伝統と校則を懸命に死守し続けてきた学校側にも責任があるから。少しくらい過激でも文句は言えないよ」


 藝学舎の中でも情報通な清美が言うんだから、そうだよね。話を完全に理解したのか、未礼は何度も頷いてみせる。話がまとまったので、生徒会室の雰囲気は和やかになった。


 この場で私に寄り添ってくれる役員全員が中等部出身だ。特に、私と清美は卒業試験で学年ワンツーを占め、優秀者の称号であるシオンが送られる予定だった超優秀な生徒。

 でも、紫学舎ではまともに選挙活動が行えないと判断して、称号を辞退することにしたの。この学校では、称号を授与される予定の者は校舎を選択することができたので、その手段に則って決めた。

 どうせ、空いた席は繰り上げで他の人が授与されるんだもん、お互いウィンウィンの関係で問題なし! ねっ?

 清美が藝学舎に進路を決めたのは、私の「学校を自由にする」という考えに賛同したからだ。初めの頃は、無謀な戦いを続ける私を見て嫌悪していた清美だけど、ある日彼女が理不尽な理由で責められた時、その理由はおかしいと先生に反抗していたら、私の気持ちを理解してくれた。私のおかげで立ち直ることができたと言ってくれた。

 親衛隊「ローゼン」の隊長と副会長を兼任している彼女は、私のよき理解者であり、これからも学校に変革を起こしていく仲間でもある。

 す、少しばかり大きな胸と、男の子を虜にするサイドテールは私に引けを取らないくらい可愛い。わ、私だって可愛いもん!


「……会長が笑顔になってよかった、です」


 敬語慣れしていない様子で呟いた鬼藤萌夏は、私を一番に考えてくれる小動物系の女の子。普段から表情が乏しいけど、私が頭を撫でた時は気持ちよさそうな表情を浮かべてくれるから、小動物みたいなイメージがある。身長も低いから余計にね。

 彼女も清美と同じく私を追って藝学舎に所属してくれた。生徒会書記も担う彼女は冷徹な一面を持ち合わせており、秘密組織「キキ」の頭目も務めている。サラサラで美しいブロンドヘアは地毛のようで、祖父が北欧出身だからとのこと。


「方針も固まったところだし、明後日の準備をしようよぉ」


 悪びれもなく校内を駆け回り、生徒会庶務と会計を兼任する畠山未礼は、中等部の運動部では名の知れた名将で、ほぼすべての運動部に所属するという超人的偉業を成し遂げていた。現在は生徒会専属だけど、腕前はアスリート級とされ、運動の女神とまで評される彼女は、感情が沸き上がると居ても立ってもいられなくなって駆け出してしまうみたい。

 ……実は私も、運動は苦手だけど走りたくなる衝動がたまに起きる。さっきみたいに。

 スレンダー体系の彼女は、私より身長が小さい。茶髪は地毛のようで、母親譲りだと聞いている。


「そうですね。会長、号令をお願いします」


 美礼の言葉に賛同して合図を求める一条良隆は、紫学舎では中心的な人物で、校舎では幅広い信頼を獲得している美男子。頭もいいし、ファンも多いらしい。

 私の活動には中等部の時代から肯定的で、紫学舎では反対派も納得させるほど雄弁。名家の生まれで高貴な血が流れているが、実態は非常に庶民的で人当たりもいい。ナチュラルショートな髪型は、彼の誠実さを一番に表現していると言える。


 私としては、全員をはまり役に指名することができたと思っているし、それを快く受け入れてくれたのでとても満足している。後は理事会が条件付きで承認すると言った「寮制度に関する内容」と「大幅に改定される予定の校則」を生徒総会で盛大に公表し、総会の投票で過半数を獲得できれば、この体制は盤石になると言っていい。


 すべては私の野望を果たすため。女の子は守りたいもの、手に入れたいもののためには、たとえ手を汚すことになっても手段を選ばないんだからっ。


 学校の空気は自由にする。そして、しょーたに振り向いてもらう。

 胸の内に秘めた野望をもう一度唱えて、私は号令を出した。


「これより、生徒総会の準備を始めます」

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