第2話 「島崎楓のびちゃびちゃな過去」

 たとえば、愛してやまない王子様と離れ離れになってしまったお姫様が、偶然にも入学式で再会を果たしたら……一体どうなるだろう。

 その興奮で汗をところ構わずびちゃびちゃ飛ばす発情少女?

 いいえ、少なくとも私はそこまで下品じゃないわ。

 うん、そのはず……あれっ、どうしてこんなに手汗が……。


――いささか生き急いでしまった私、島崎楓しまざきかえでは十五歳の高校生だ。


 私のモットーは、やりたいことを第一にやる! そのためならどんな手段もいとわない。今回の入学式だって、目的のための手段として上手く利用させてもらった。

 ……えっ、どうして私が生徒会長を目指しているのか訊きたい? うっ……べ、別に構わないけど、ちょっとだけ惚気話になるけど許してね? 


 私が生徒会長を目指す理由は――彼の存在が大きい。

 彼と出会ってから、私の人生は大きく変化した。


 小学生時代、私の両親は命を助けるお医者様として活躍していたので、まだ幼かった私との生活時間は短いものだった。ほとんど束縛がない環境に生きていた私は、学校から帰宅するとゲームやテレビ三昧の自堕落な生活を送っていた。

 ……そんな私生活ではろくな大人になれない。そう判断した両親は、半ば強制的に中学受験を勧めてきた。毎日泣きながら学習塾に通ってたなぁ……やりたくないのにやらされるのは本当に最悪で、毎日憂鬱だったもん。


――そんな日々を生き抜く私に、手を差し伸べてくれた男の子がいる。


 それは土砂降りの日だった。

 今日も塾に通うのか、そう思いながら半泣きで歩く私を土砂降りが襲った。傘を持っていなかった私はどうすることもできず、絶望の涙と加減なく打ち付ける雨で顔を濡らしながら風邪を引いてしまえと強く願った。

 すると、突然頭が軽くなる。なにが起きたんだろう、そう思って頭上に目を向けると、なんとそこには持っていないはずの傘がある。

 ……私の不幸を吹き飛ばす出会い。二人の関係を、塚本翔太の傘が繋いでくれたんだ。


「あめ、だいじょうぶ?」


 心配を向けてくれるその声は、今でも脳内再生が余裕なくらい記憶に残ってる。私の宝物だよ。私に向けてくれた温かい目線、慈しみを持った心……彼の素敵な性格が私を虜にした。


「……うん。ありがと」


 相合傘という言葉を知ったのは、もうちょっと先の話。好きな人とそれができたんだって分かった日は、頭の中に向日葵が咲いたような心地よさでなかなか寝付けなかったのを覚えてる。

 しょーたは塾内で最上位のクラスに所属していたので、私のモチベーションはいつか彼の隣で勉強することになった。


 勉強は難しい。でも、分かると楽しい。そうやって続けていると、全国試験で好成績を収め、念願のクラスに異動することになった。そして、無事に彼の隣を占領することができたの。人生で一番幸せな時間だった。

 ……気付けば小学校高学年。当初から進学先は両親の母校に決めていたので、いつか訪れる彼との別れに胸が打ちひしがれそうになったけど、なんとしょーたも同じ学校を志望していたので、その後もめげずに勉強することができた。

 そして迎えた合格発表の日。


――私は受かって、彼は落ちた。


 誰もが彼の合格を疑わなかったのに、どうして。神様はなんと残酷な沙汰を下すんだろう。やり場のない怒りが込み上げてきた私。その身に任せて言ってしまったことを今でも後悔している。


「A判定を取ってきた連中で落ちたの、じゃない?」


 まるで、自分が自分じゃなくなったみたい。

 しでかしたことの大きさを知り、逃げるように塾から帰った私は、地元じゃ縁結びで有名な神社でひたすら懺悔した。……今度こそ、顔を涙で濡らして。


 彼がその後どうなったのか知る術はなかった。

 だけど、私がやったことの罪は消えない。心臓に茨が巻き付けられたような痛みとともに、彼との記憶が蘇ってくる。


 ……だから、忘れることにした。

 胸が高鳴るほど嬉しかった思い出、辛いけど一緒に乗り越えた思い出。それらをすべて忘れて、新たなステージで自分の大好きを見つけようと、そう心に決めた。


 そんな気持ちをひねり潰してきたのは、進学先の学校だった。

 楽しかった勉強が嫌になる。自由というものが奪われる。寮に入ることを強制されて、外出は日曜日だけ。これじゃあ自由に恋愛もできない! まさに地獄絵図、誰がこんな学校に進学したいって言ったの? あっ、私か。

 ……それに、少しでも教師に抵抗すれば、トラウマで夜も眠れないくらいの指導が待っている。私の思い描いていた中学校生活、それはこの谷千代学園中等部では不可能も同然だった。

 彼を忘れるために意のまま恋愛がしたかったのに。気付けば彼との思い出が心の支えとなっていた。

 ……両親を呼ばれて校長室で揉めたこともある。本当に申し訳ない気持ちでいっぱい。でも、二人は私を否定せず、自分がやりたいように生きなさいと言ってくれた。まるで小学生の頃強制的に入塾させた親とは思えないよね。

 それに、体当たりを続けたおかげで周りの生徒も私の考えに理解を示してくれたし、中等部では校風を改めようという空気が高まった。


 でも、私たちの前には常に強敵が立ちはだかっていた。

 高等部生徒会だ。

 彼らは学校側の言いなりで、中等部生徒会や改革運動を続ける私たちにとって手も足も出ない存在だった。

 今の制度を変えるためには、誰かが立ち上がらなければならない。高等部の生徒会長になって改革を推進しなければならない。

 何度も学校に抗った結果、この結論に至った。


 ……だから決めたの、高等部に入学したら私が必ず生徒会長になるんだって。


 恋愛ができるんだったら、どんなことでもやってやる。今度こそしょーたとの思い出を忘れるために、私は立ち上がるんだ!

 そう決意した二年次後半から、大人しく学校に従う姿を見せた。狙うは新入生代表挨拶。新入生に向けて自分の意見を発信するまたとない機会だから。三年次は、見事に学年一位を取り続けて、部活動でも優秀な成績を収めた。すべては入学式で演説を行う目的のための手段だった。

 ……努力は実ってその役目を任されて入学式に臨んだ。長考して生み出した演説文は新入生を魅了し、作戦は成功。


 同時に、私もある男の子を目撃して……魅了された。思い出から抹消しようとしていたはずの塚本翔太。見違えるほど背が伸びていて、美形の顔と私好みの前下がりマッシュに私の想いは更に加熱していく。


 どれだけ容姿が変わっても、私は君のことを見つけられるよ。

 だって、私は誰よりもしょーたのことを愛しているから。いくら心に言い聞かせても、私の心は一途みたい。やっぱり君が好きなの。


 ……まあ、それ以外は最悪の入学式だったよ。教師からはしつこいくらい説教されて、せっかくの晴れ舞台をよくもぶち壊してくれたなって何度も言われた。私でも流石に堪えられなかった……普通に泣いたし今も辛い。


「カエデ……だよね?」


 ……そんな時に話しかけてくるなんて、思ってないじゃん。

 こんなこと言い訳に過ぎないよね。私の言葉は再び彼を傷付けてしまったんだから。


「話しかけないで」


 墨染と評した桜の木の下で、私は彼を拒絶した。


 望んでいない言葉を吐き捨ててしまった。


 放心を見せながら固まるしょーたに背を向けて去ってやった。ああ、これで終わったな。私、完全に嫌われた。私の恋は完膚なきまで斬り刻まれたんだ……。


 もちろん、今でも彼のことは好き、大好き。

 叶う願いなら付き合いたいし、え、えっちなことだっていっぱいしたいっ! 


 ……でも、彼を忘れようと必死になっていた自分もいる。恋愛ができる学校にしたいんでしょう? そのために立ち上がったんでしょう? 

 答えのない問題を延々と考えさせられる感覚だった。私は一体どの選択をすれば幸せになれるんだろう。でも、生徒会長になると宣言してしまった手前、安易にしょーたを選ぶわけにもいかない。

 かといって、しょーたとの恋を諦めようとは思えない。だって、彼との出会いは間違いなく運命だよ? 一度途切れた糸が再び結びつこうとしてる。じゃなきゃ同じ高校に通うなんて奇跡が起きるはずないもん。


 ……答えのないものを一晩中考えてみると、意外にも自分のやりたいことが見えてくる。そもそも、私は彼にひどいことを言ってしまったから、彼との思い出を忘れるために中学校で恋愛しようって思ってた。だけど、それが叶う状況じゃなかった。

 じゃあ、今は? しょーたは再び私の前に現れた。今回もひどいこと言っちゃったけど、結果的に同じ学校に通うことができる。


――彼を振り向かせる、そのためならなんだってする。


 そうだ、それが私の本当の気持ちなんだ。


 生徒会長になって、恋愛を自由化する。そして、自由な校風を学校に吹き込む。なんのためかと訊かれたら……流石に人前では言わないけど、しょーたと付き合うため。この野望を叶えるためだったらなんだってする。

 ようやく気持ちが固まった。これなら生徒会選挙を惜しみなく戦える!


 本校は五月初旬に生徒会選挙がある。例年なら二年生の候補者同士が争う展開になるみたいだけど、今年は私と二年生の一騎打ちとなった。

 この選挙を乗り切るための作戦は既に練っていて、立候補の申請を終わらせてからすぐ行動に移した。

 まず初めに、先輩方にも私の声が届くよう親衛隊「ローゼン」を創設。私の考えに理解のある中等部の生徒を率先して参加させることで一気に支持を拡大する。胸もとに薔薇の紋章を付けさせ、紋章の裏には会員番号が書いて特別感を出してみた。制服に装飾するアクセサリーに関する記述は校則になかったので、上手く穴場を突いた感じ。


「シマザキカエデを生徒会長に!」

「シマザキカエデを生徒会長に!」

「シマザキカエデを生徒会長に!」


 親衛隊は口を揃えてそう声高に叫ぶ。洗脳を誘うように幾度となく発せられる言葉が、次第に周囲の生徒を焚き付けて大きな盛り上がりを見せた。

 続いて、私に関する有益な情報を流す秘密組織「キキ」を創設。常に学校のどこか陰に潜んでおり、不利益な噂や不審な人物が湧いて出るようになると、手段を選ばずに対処してくれる選りすぐりの者たち。

 キキは草の根に潜む隠密部隊となった。


「島崎楓って子、生徒会長に立候補するらしいね」

「あいつ? うざくね、男ばっかりにアピールして」

「それな。そうだ、ひどい噂を流してやろうよ」


 ……たいていは素行の悪い生徒の悪あがきだったので、彼らの行動から想像の容易い事件をでっち上げ、指導・停学・懲戒など、抵抗しようとする者たちは容赦なく摘発してやった。

 もちろん、これは本意じゃないよ。私が当選する過程で絶対にやらなくちゃいけなかったこと。もし、私を性格の悪い人間だと思うのなら、それは……否定しない。とてつもなく悪いことをしている自覚はある。


 だけど、こうでもしないと谷千代学園を変えることはできないし、私の野望だって果たすことができないの。その気持ちを捨てるくらいなら、私は命を軽んじると思う。

 ……結局、作戦はすべて功を奏して、私は晴れて谷千代学園高等部・生徒会長に就任するに至った。すべてはここから始まる。


 必ず谷千代学園の改革を成功させて、しょーたを振り向かせてみせるんだからっ!

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