1-4【Devils Whisper Words Of Cures 】


 邪悪かな、邪悪かな。

 

 醜悪極まる造形かたちにまして、その心臓ないじょうの惨憺たるや。

 

 形容し難き邪悪かな。

 

 †


 神父は死体の山を駆け上り、悪魔と同じ目線に立つなり素早くリボルバーの引き金を引く。

 

 尽きることのない、祝福を宿した銃倉シリンダーは、途切れることなく回り続け、銃口は火を噴き出し続けて赤銅色に燃え上がった。

 

 二体の悪魔は醜い羽をバタつかせながら、くるり、くるり、と旋回し、嗤い声をあげながら止むことのない弾幕を掻い潜っていく。

 

 悪魔は二手に別れると、神父の左右から代わる代わるに蝙蝠のようなキィキィ声で呪いの言葉を浴びせかけた。

 

「何人殺した? 十や二十では下るまい?」「女も子供も皆殺し……神の名前は便利だな……?」「さあ答えろ神の使徒」「裁かれるのはお前のほうだ……」「知っているぞ? 本当は後悔しているのだろう?」「あの時お前は何をしようとしていた?」「子供を助けたいか? ならばお前の魂を差し出せ」「眠れないのだろう」「腹が減ったか? お前の臓物を食わせてやろう」「殺さないで殺さないで」「殺して殺して」「ひとりぼっちは寂しい」「こんな世界に意味などありはしない」「わたしは何のために戦っているのですか……」


「や゙め゙ろ゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙……!!」


 破れそうに痛む頭を抱えて神父は滅茶苦茶に引き金を引いた。


 その様を見て二体の悪魔は腹を抱えて笑い転げる。


「こいつは傑作だ……今にも罪に呑まれそうだ……!!」


「身体を引き裂くのは簡単だ。どうせなら心を引き裂いてみようではないか?」



 二体はそう言って幼い子供の姿に戻ると、無邪気に神父に駆け寄った。


「かみをしんじて殺しつづければいいのよ? なにもかんがえずに殺すの」


「ほら、ぼくを殺して。もうこんなせかいにいきていたくないよ」


「殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して」


「殺せ……!!」



 黒い瞳を輝かせながら神父の手を掴んだこどもがメリーゴーラウンドのようにくるくると廻る。


 神父の視界が激しく歪み、幻覚が酷くなっていく。


 いつの間にか死体の群れが巨大な肉のメリーゴーラウンドを形作り、そのうめき声が楽しげなメロディへと姿を変えた。



「ひぃっ……!?」



 いつの間にか神父は、四つの死体が絡まり合った生々しい肉の木馬に跨っており、それが上下に激しく揺れながら、ぐるり、ぐるり、と神父の身体を運んでいた。


 見渡す限り、異形と人間の屍が積み重なる失楽園ゆうえんちが広がっている。


 それは自分の手にかかって死んでいった者達の姿だった。


 死体が絡み合って出来た遊具の、二人の子供の姿があって、残酷に、楽しそうに、死体達の血と臓物をぶち撒けながら遊んでいる。



 ガタガタと震える手で握りしめた銃口を、神父は自身のこめかみに当てた。


 無数の遊具の上から、無数に増えた二人の子供が、両手の指を全て咥え込み、目を輝かせながらその様子を見守る。




 その時神父の脳裏に微かな声が響く。



 ……耳のある者は聞け……

 

 

「主よ……」

 

 

 神父は咄嗟に天を仰いだ。

 

 すると硝煙で赤茶けた雲に切れ間が現れ、神父に一筋の光が伸びる。



 ……子よ、心安かれ、あなたの罪は赦された……



「しかしわたしは……!! 何人もの命を奪い……もはや生きている資格がありません……!!」




 ……子よ。あなたが人にしたことは、私にしたのだ。私はあなたの罪のために死んだのだ……


 ……人もし我に從ひ來らんと思はば、己を捨て、己が十字架を背負ひて、我に從へ……




 その声に神父の銃を握った手が力なく垂れ下がった。

 


 それを見た二人の悪魔は訝しげに顔を見合わせた。その瞬間……




 片方の悪魔の頭が弾け飛んだ。

 


「ひゅ唖あぁ……くしゅうぅぅ……ひゅぃぃぃ……」

 

 頭部を失った首の断面から、肺が空気を吐き出す無様な音が響き渡る。

 


「我、神を信ず……悪魔よ……去れ……!!」


 見ると銃口をこちらに向けて、目に燃えるような光を宿した神父の姿があった。


 その目から溢れる涙は、真珠のような輝きを放っている。

 


「穢れたエクソシストがあああああああああああ……!!」


 怒りに我を忘れ、唸り声を上げて飛びかかったもう一体の悪魔の首が、乾いた銃声と共に肉片と化した。

 

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