第50話 お義母さんといっしょリターンズ



 ──以上、海藻もとい回想終了。

 回想というか、ほとんどミランとボケとツッコミの応酬しかしていないような気もするが、とまれかくまれ、そんな経緯でフレイヤのいる地下最深部を目指しているカケルなのだった。

 結局、なぜフレイヤがミランを通じてカケルを呼んだのかはわからずじまいだったが、あれこれ深く考えたところで仕方のない話だ。どのみち行かないなんて選択肢はないんだし。

「とは言っても、やっぱ怖いもんは怖いよなあ……」

 追想している間に地下最深部の通路まで来たところで、嘆息混じりにカケルは呟く。

 確かこの通路をまっすぐ進むと広い空間に出て、そこにフレイヤの部屋へと続く扉があったはず。もっとも前回はそこで巨大な石像に襲われたので、難なく進めたというわけではないのだが。

「……さすがにまた襲われたりしないよな? しないよね? ホームセキリュティ切ってあるよね?」

 あの底意地の悪そうなフレイヤからして、また故意に石像を襲わせそうな気がしてならないのは考え過ぎだろうか? 前回はカケルの実力を見るためだとかのたまっていたが、今回は純粋な嫌がらせで。フレイヤならやりかねないあたりがなんとも言えない怖さがあった。

「こんな時、語尾が『ナリ』のからくりロボットがいればなあ。不思議なポッケで助けてもらえるになあ」

 それ、からくりロボットちゃう、猫型ロボットや──とミランがいたら突っ込まれそうな事をぼやきつつ、カケルは重い足取りで奥へと進むのだった。



 意外にも、扉の前まで来たにも関わらず、石像に襲われる事はなかった。

「ていうか、なんかマスコットキャラっぽくなってる……?」

 いや、前回思いっきりデュランダルで破壊してしまったので、新しい物に変わっていてもおかしくはないのだが、なんだか雷門の風神雷神みたいな石像から、魔法少女系のアニメに出てきそうな石像に様変わりしていた。

 しかも片方は「ボクと契約して魔法少女になってよ!」と内容を詳細に明かさずに契約を迫る猫っぽい鬼畜系キャラと、もう片方は突然「半分に減らすポン」と魔法少女に殺し合いをさせるオタマジャクシっぽい無慈悲系キャラみたいな感じで。

 しかも極め付けが。

「扉にこんなマンガみたいな絵、書いてあったっけ……?」

 それも、おっさんみたいな顔をしたおかっぱ頭の少女の絵が。

「なぁにこれぇ……。絵のタッチが楳図かずお先生チックで超怖いんですけど〜……」

 怖さを和らげるためにあえてJKみたいな口調で言ってみたが、やはり怖いものは怖かった。いつからここはホラー屋敷になったのだろうか(フレイヤの新手の嫌がらせか?)。

 否が応でも警戒したくなる空間ではあるが、とにもかくにも、扉を開けない事には話は始まらない。どのみちここを突破をしないとフレイヤの部屋には行けないのだ。

 そう意を決して、扉に力を込めて開けてみた瞬間、



『不幸だね〜。不幸だね〜』



「なになになに!? 一体何事!?」

 突如、どこからともなく響いて来た聞き覚えのある声に、カケルは盛大に肩を跳ねさせた。

桂木桂馬かつらぎけいまぁぁぁ!!」

「ふぁ!? オレ、カケルなんですけれど!?」

 どなたかと勘違いしてらっしゃる!?

『このオレはあと二回も変身を残している。その意味がわかるな?』

「どういう意味なので!?」

 誰が何に変身するの!?

『バイバイキーン』

「いや、今から奥に進むところなんですけれど!?」

 それとも、今すぐ帰れと仰りたいので!?

 というか、さっきから一体何なのだこれは。扉を開けた瞬間に聞こえてきたという事は、もしかしてドアベルのようなものなのだろうか? だとしたら、もう少しなんとかならなかったのか。なんでどれも宇宙の帝王さまっぽい声なのだ。



「──ふふっ。やっぱり良い声で鳴くわねぇ、カケル君は」



 と。

 奥の薄暗い道から聞こえてきた艶めかしい声音に、カケルはビクッと思わず身震いしながら、声がしてきた方を振り向いた。

「この日のために色々と細工した甲斐があったわぁ。おかげでカケルの怯えた姿がじっくり堪能できちゃった☆」

 そこにいたのは、ルトの母親にして先代魔王。

 そしてカケルにトラウマを植え付けた張本人──フレイヤが、悠然かつ泰然と腕を組みながら、ニヤニヤと口端を緩めてこちらを見つめていた。



 全裸で。



 ◇◆◇◆◇◆



「ごめんさないねぇ。ここまで呼び付けておいて、椅子も何も用意していないままで」

 場所は変わって、とある大部屋──以前にも来た通りのまま、ここが地下の最深部とは思えないほど、絢爛豪華に彩られた内装の中で、フレイヤは豪奢な椅子に座ったまま、優雅に足を組んでそう言葉を発した。

「ああいえ、別に自分は立ったままでも大丈夫なので」

「あらそう? さすがは男の子ねぇ。感心感心」

 カケルの返答に、気分良く頷きを繰り返すフレイヤ。元より最初から立つつもりだったし、そもそも以前ここに来た際に来客用の椅子なんてどこにも見かけなかったはずなので、近くに椅子があるかどうかすら疑わしかった。

 それ以前に、フレイヤみたいな尊大な人が、そばに召使いもいない中、自ら進んで椅子を運ぶようにも思えないが。

 ていうか。

「あの、それより裸のままでいいんですか? いや初対面の時点ですでに全裸でしたけど、一応オレ、男ですよ?」

「あたし、基本的に裸族なのよ。どうも服って苦手ねぇ。こう、縛られているような気がして嫌なのよ」

 前に会った時はすごく真面目な話をするつもりでいたから、仕方なく服を着ていたけども──と話を付け加えつつ、フレイヤはさらに続ける。

「だから、カケル君は何も気にしなくていいのよ? あたしは男の子に裸を見られても全然構わないし」

 いや、フレイヤが構わなくとも、こっちは目線に困る一方のだが。

 個人的には大いに眼福ですけれどね!

「それに、あたし的にはカケル君の反応が面白くて楽しいし。ほらほら、カケル君の大好きなおっぱいと天然のパイ◯ンよ〜?」

「くぅぅぅ……! おっぱいがブルンブルン! お股がくぱぁとご開帳……!」

 眼前に繰り広げられる女体の神秘に、カケルはとっさに両手で視界を塞いだ。

 その実、ばっちり指の隙間から覗いちゃってるんだけどもね! なんちゅうもんを見せてくれたんや!

「あはははっ! やっぱりカケル君は面白いわ。反応が素直というか、見ていてほんと飽きないわ〜」

 男のさがに抗えず、指の隙間から鼻息荒くガン見するカケルに、フレイヤは腹を抱えて爆笑した。

「ルーちゃんがカケル君を好きになったのも、なんとなくわかるわ〜。一緒にいて退屈しなさそうだもの。個人的にあたし専用のおもちゃにしたいくらい」

「あんまり男の子の純情を弄ばないでほしいんですが……」

 カケルぐらいの年頃の男の子は、ちょっとしたエロいアプローチにも敏感に反応してしまうのだから(主に股間が)。

「でも、こんなおばさんの裸でも興味を持ってもらえるなんて、ちょっと嬉しいわね〜。生活に張りが出るわ〜」

「いやおばさんって。フレイヤさんとオレとじゃ種族が違いますし……」

 ミランの話だと、確か神話に出てくる悪魔の子孫とやらで、かなりの長命だったはず。だとすると、見た目は二十代後半にしか見えないが、人間に置き換えたらどれくらいの年齢になるか、まるで予想がつかなかった。

 だってこの人、噂では三百年近くも生きているらしいし。

「それにエルフなんかもよっぽど年を重ねない限りは常に若々しい体でいられるそうですし、フレイヤさんやルトの種族もそうなんじゃないんですか?」

「まあ、確かにそうね。あたしの親もずっと若々しい感じだったし。だからと言ってなにも努力していないわけじゃないのよ? これでもスキンケアには気を遣っているんだから」

「へー。ソウナンですか」

「ソウナンですよ。って、なんかニュアンスがおかしくない?」

「気のせいですよ」

 それはともかく、正直意外だ。てっきりなにもしなくても、常に美しい姿を保っていられるものだと思い込んでいた。さすがにそこまで化け物じみてはいないという事か。やはり種族とか関係なく、女性は日頃から裏で美を追求しているものなのかもしれない。



 ──もしかしたらルトも、オレの知らないところでスキンケアとかメイクとか頑張ってたりするのかなあ?



 そう考えると、とても微笑ましいものがあった。それがカケルのためだと思うと、尚更に。お可愛いこと。

「まあスキンケアとは言っても、そこまで過剰にはしていないけれど。せいぜいスキンケア商品に拘っているくらいかしらねー。特に化粧水とクリーム」

「化粧水とクリーム、ですか?」

「ええ。化粧水の方は、乱暴なガキ大将もキレイなガキ大将に変える事ができると言われる幻の泉の水を使用した『明鏡止水』というのを使っているわ」

 相手から認識されにくくなりそうな商品名だった。

「それとクリームの方は、ギニュー特選帯とくせんたいという地域から採取した特殊の化学成分を、とても肌に優しい化合物へと調合した最高の一品──その名も、『スターバースト・スクリーム』よ!」

「……それ、副作用とか大丈夫なんですかね?」

 絶対肌に塗布していい商品名には聞こえないのだが。

 あと『ストリーム』ではなく『スクリーム』にしたのは、あえてダジャレっぽなくして消費者のウケを狙っての事なのだろうか? だとしたら、却って不気味さが増しただけとしか思えない。

「そんなこんなで、綺麗で若々しく見えるあたしも、陰で色々と努力しているってわけよ」

「はあ……。女の人も大変なんスね」

「そうなのよ。美しい体を保つのも大変なんだから。個人的には、若いイケメンがわらわら群がってくるくらいの美貌は欲しいわね〜」

「え? オレには十分過ぎるくらいに魅力的な容姿をしているように思えるんですけど」

「あら、嬉しい事を言ってくれるじゃない。だからと言って、欲情してあたしを押し倒したりしてはダメよ?」

「大丈夫です。そんな気は微塵もありませんので」

 どれだけ綺麗な人でも、トラウマを植え付けられた人を襲えるほど、肝は太くない。

 というか、普通に通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃っぽい感じがして、めちゃくちゃ怖そうだし。

「あらまあ。よっぽどルーちゃんの事を大切に思っているのね〜。感心感心」

 決してそれだけの理由ではないのだが、変に話をこじらせたくないし、そういう事にしておこう。

 それよりも。

「あのー、ところでオレって、一体なんのために呼ばれたんですかね?」

 まったく本題が出ない事にいい加減痺れを切らしたカケルがそう訊ねると、フレイヤは「そうだったそうだった」と手を打って、

「ほら、もうすぐカケル君、ルーちゃんと夫婦の儀をするでしょ? その前に伝えたい事が色々あってね〜」



 カケル君の覚悟を試す良い機会でもあるし──。



 そう意味深に言ってきたフレイヤに、カケルは怪訝に眉をひそめつつ、

「伝えたい事……ですか?」

 とオウム返しに訊ねた。

「ええ。まずは数ヶ月前に来た侵入者達の事なんだけど」

「ああ、あの金髪キザ勇者の?」

「そうそう。あの金髪ヤリチン性病野郎の」

 そこまでひどい事は言っていないのだが。

 よほど魔王城を襲ってきた事を根に持っているのだろうか?

「で、そいつがどうかしたんですか?」

「実はね、その後の奴らの動向をスパイを使って調べてもらったんだけどね、どうにも行方知らずになっているみたい」

「行方知らず……」

「ええ。それと不思議な事に、どこの人間の国でも、まだカケル君があたし達の側に付いた事や、ルーちゃんが妊娠した事すら、まだどこにも広まっていなかったのよ」

 それは確かに不思議な話だった。

 向こうにしてみたら魔王の弱点を掴んだはずだろうに、それを吹聴しないままでいるなんて、かなり奇妙だ。なにか意図があっての事だろうか?

 それとも、行方知らずになった事が、なにか関係が──?

「まあ、こっちにしてみたらありがたい限りではあるのだけれど、こっちの方は今も調査を続行してもらっているわ。ちょっと気にかかるし」

「なるほど……。道理であれから大きな動きもないというか、全然侵入者も来ないなと思っていたら、そんな事があったんですね……」

 別段、あいつらの身に何があろうが知った事ではないが、不気味であるには変わりない。もしかしたら後々災厄の要因になる可能性もあるし、不安の種は事前に摘んでおきたいところだ。

「で、他には?」

「……カケル君は、バスタールっていう人間の国を知ってる?」

「バスタール、ですか? 確か世界一の軍事国家ですよね?」

 実際に訪れた事はないが、噂でなら聞いた事がある。

 いわく、どの国よりも最新兵器を揃えており、兵士の数も他より圧倒的で熟練度も相当なものなのだとか。

 故に、安易に侵略してくる国はなく、むしろ近年その領土を広めつつあるらしい。

 そう言うと独裁国家っぽく聞こえるかもしれないが、あくまでも主導者は選挙で決めるらしく、その安定した治安と経済力──なにより軍事力に他国から同盟を望む声も少なくないようで、なによりバスタール国内の民衆の満足度も高いのだとか。

「そのバスタールが、どうかしたんですか?」

「それがね──」

 と勿体ぶるように一拍置いたあと、フレイヤはいつになく真剣な面持ち(依然として全裸のままだが)で重々に言葉を発した。



「バスタール国内で、勇者召喚の儀式が行われたみたいなのよ。しかも同時に二人の勇者の召喚に成功したらしいわ」



「んな──っ!?」

 その耳を疑うような言葉に、カケルは驚愕に声を詰まらせた。

「勇者の召喚って……。あれ、かなり難しい儀式のはずですよ? それを同時に二人もなんて……」

「あたしも噂程度でしか聞いた事はないけれど、どうにもそうみたいね。召喚自体、相当な技術と魔力を必要する魔法だし。あたしでも、最もこの世界に近いとされる精霊界か冥界のどちらかしか無理ね」

「フレイヤさんでもですか……?」

 そういえばカケルの元婚約者であるアリシアも、勇者の召喚には多くの人員とアイテム、そしてその日の天候によって儀式が左右されるほど、高難度の大魔法だと聞いた事がある。また、異界と繋がるための通路が遠ければ遠いほど、成功率も低くなるのだとか。

 そんなとんでもない魔法を──おそらく歴史上、世界を救ったとされる初代勇者とカケルの二人しか召喚できなかった儀式を、一体どうやって成功したというのか……?

「もしかして、ロゼッタ国から情報をどこかで得て……?」

「ロゼッタ国って、確か初めて勇者を召喚した国だっけ? そんな簡単に真似れるようなものなのかしら?」

「……特殊な技術は必要ではありますが、特定の血筋でないとダメというわけではないので不可能ではありません。けどロゼッタからバスタールから離れたところにありますし、そんな見様見真似みようみまねでできるような事ではないはずなんですが……」

 そもそも、ロゼッタはかなり辺境にある片田舎にある国なのだ。さらに門外不出の魔法として、召喚の儀式を執り行う時は厳重に外部からの接触を禁止していたはず。

 機会そのものは、カケルを召喚した際にあったかもしれないが、それでもただの一度だけだ。厳重な警備の中、周りの目を忍びながら儀式のやり方を覚えるなんて、にわかに信じ難かった。

「それとも、ロゼッタで勇者召喚の儀式に関する書物を盗んだ……? いや、あそこもちょっとやそっとで解けない封印が施されてたはずだし、ひょっとして、酷似した内容の書物が他にもあったとか? もしくは現実的に考えて、内部に裏切り者がいた……?」

「なんにせよ、その難しい儀式を成功してしまったわけね。よりにもよってバスタールなんて軍事国家に」

 一人思案に耽ってブツブツと呟きを漏らすカケルに、フレイヤは嘆息混じりにそう言って頬杖を付いた。

「これはだいぶ面倒な事になるわよ。なにか対応策を考えておかないと」

「そ、そうですね。もしも、その召喚された二人の勇者に、初代勇者の時みたいなとんでもない力が秘められていたとしたら、かなり厄介な事になりますしね。ルトでも骨が折れるかも……」

「それもあるけど、勇者の召喚に成功したという事は、今後も同じように勇者を召喚される可能性があるわ。さすがにそうぽんぽんと簡単にできるような儀式には思えないけれど、もしも本当に異世界から来た勇者にすごい力が備わっていたとして、その上今後、勇者召喚の儀式が簡略化されでもしたら、一気に形勢が傾く危険性があるわ。そうなったら骨が折れるどころの話じゃないわよ」

「………………」

 想像するだに恐ろしい事態に、カケルは思わずゴクリと喉を鳴らした。

「もっとも、それはあたし達魔族だけの問題じゃないでしょうけどね。人間同士でもかなりきな臭い事になるんじゃないかしら? 特に周辺諸国は心穏やかではいられないでしょうね。ただでさえ人間の大陸であちこち諍いが起きているのだから」

「……つまり、少なくともすぐに魔王城を攻めるような事にはならない……?」

「おそらくわね。ただ確証もないし、うちも急いで態勢を整えるべきね。色々と対応策も考えないといけないでしょうし、隠居中のあたしもいよいよ腰を上げるべき時かしら」

「た、大変ですね……」

「ホントよ〜。労働なんてしたくないのに。ストレスはお肌の大敵なのよ〜。あたしの美貌が損なわれるなんて、世界の損失だわ。めちょっくよ」

「そんな無理して若者言葉を使わなくても……」

「何か言った?」

「いえ、なんでもございません」

 危ない。もう少しで命を落としかねなかった。失言には注意せねば。

「まあもっとも、大変なのはカケル君も同じでしょうけど」

「へ? ああまあ、ルトの味方に付いた以上、オレも力を尽くしますけれど。向こうの大陸の事情はそれなりに詳しいですし、怪我も全快したので力仕事も任せてもらっても大丈夫ですよ。筋肉はマッソーです」

「いえ、そういう意味じゃなくて」

 と、勇ましく力こぶを見せるカケルに、フレイヤは手を振りながら一笑した。



「カケル君の身辺の話よ。カケル君、陰でひそまそ、もといコソコソと誰かと連絡を取り合っていたりするでしょう?」



 ぎくり。

 と、カケルは盛大に冷や汗を流した。

「い、いつからご存じだったので?」

 フレイヤ相手にしらばっくれても無駄だろうと、正直に詳細を訊ねてみると、フレイヤはニヤニヤとチェシャ猫じみた笑みを浮かべて、

「あれは『蒼月そうげつ』の日だったかしらねぇ。カケル君と初めて会ったときの夜に、ちょっと気になって使い魔を偵察に出したのだけど、鏡に映した光の中のいる女の子と会話しているカケルを見つけちゃってね〜」

「見つけちゃいましたか……」

 よりによって、なんてところを見られてしまったのか……。

「ああ、心配しないで。別に責めるつもりはないから。あれ以来、一度も交信していないんでしょう?」

「そりゃ、まあ……」

 一体どれだけ事情を把握しているのかわからないせいで、終始恐々としてしまう始末だが、あれから交信していないのは本当だった。

「ルトのそばにいると決めた以上は、さすがに他の女にうつつを抜かしたりはしませんよ」

「ふーん。ただならぬ関係だった事は認めるんだ」

「………………」

 何なのだろう、この公開処刑は。もしやカケルのメンタルがズタボロになるまで続けられるのだろうか。

 助けて! 蒼井あおい翔太しょうた

「と、とにかく、やましい事は一切していませんから! もう過去の事っていうか、今はルト一筋ですから! ピンクのハートは愛ある印です!」

「そう──でもまだ、交信用の鏡を持ってるわよねぇ?」

 ぎくりぎくり。

 痛いところを突かれて、冷や汗が滝のように流れた。

「まあ、ルーちゃんを愛しているという点は信じてあげるわ。まえにあの金髪インキン勇者が来た時に、存分に誠意は見せてもらったから」

 二の句が継げないでいるカケルに、フレイヤは相変わらず口許を緩めて──しかしながら眼光は鋭いまま、カケルを射抜く。

「ただ、いつまでもそんな物を持っているのはいただけないわね。なにかしら手放せない事情があるのでしょうけど、情勢がだんだんと怪しくなる中──何より魔王ルーちゃんと夫婦の契りを交わすなら、いい加減未練を断ち切りなさい」

 と、そこまで言ったあと、フレイヤは急に真顔になって、厳かにこう言い締めた。



「──それがカケル君がルーちゃんに見せる、最後の覚悟よ」



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