第33話 幸せの背景は/ゴールデンタイムラバー



 初めてカケルと会った時、ミランが最初に抱いた印象は、

『何だか、頭も中身も軽そうな人デスね』

 であった。

 いや厳密に言うと、実際に初めてカケルを見たのは、腹部を背中ごと貫かれた瀕死の状態の時であり、まだどういった人物なのかは把握していなかった頃だったので、先述の印象というのは、カケルと会話するようになってからという意味合いになるのだが──それでも今となっては、あながち間違いでもなかったように思う。

 兼ねてより、カケルに関する話は魔王──もといルトから何度も耳にしてきたが、そこはやはり彼女の好き好き大好き超愛してるフィルターが掛かっていたせいなのか、想像していたよりずっと底の浅そうな少年で、正直ちょっとがっかりしたのを今でもよく覚えている。

 だけど、ルトが気に入っているのらそれでも良いと──当初はそう思っていたのだ。

 ルトの孤独を癒させる者がいるのならば、たとえそれが魔族とは相反する者だったとしても。

 叶うならば、自分こそがそういった存在になれたら良かったのだが、ルトとはあくまで親友みたいなもので、自分は彼女と隣を並べるほどの器ではない。

 いやそもそも、ルトが心の底から気を許せるほどの者など、これまで現れやしなかったのだ。誕生したその時から魔王としての素質を持ち、事実、周囲の期待通り──否、それ以上の才覚を見せてくれた、ルトの周りには。

 それだけに、魔族からの重圧が計り知れないほど大きく、こちらが想像するより遥かに、ルトに対しずっと負担を掛けていたのではないだろうか。



 皆が願う、彼女に「魔王たれ」と。

 皆が望む、彼女に「魔王たれ」と。

 皆が命じる、まだ幼き彼女に「魔王たれ」と。



 それ故か、ルトは誰より孤独で、孤高で──そして何処からも、孤立しているように見えた。

 そんなルトが──いつも感情を押し殺したように色褪せた瞳で世界を眺めていた彼女が、初めて楽しそうに話す相手ができたのだ。

 もっとも、その相手というのが人間で、それも魔王の天敵である勇者という、予想外にもほどがある人物だったのだが──それでも、ミランにとっては喜ばしい事だった。

 そうしてルトは日に日に生気を取り戻したように明るくなり、そうしていつしか彼女の表情は、恋する一人の少女のそれへと移り変わっていった。

 その時のルトは、きっと自分の感情に気付いてすらいなかっただろうが、幼少の頃から彼女を見ていたミランには、すぐにその変化が分かった。

 なので過去に一度、

『その勇者さんが好きだったりするんデスか?』

 と訊ねた事があるのだが、



『ななな、何を言っておるのだミランはっ。わ、私がアイツの事など、好きにゃはずにゃかりょうがっ!』



 と顔を紅潮させながら、笑えるほど噛み噛みで答えてくれたものだ。

 その際、からかい半分で『ツンデレ乙』と返したものだが、内心、あからさまに照れるルトが愛おしくてたまらなかった。

 そんなルトが本格的にカケルへと熱を入れ始めたのは──決定的に二人の関係が進展したのは、やはり彼がこの魔王城で療養するようになってからだろう。

 きっかけは事故みたいなものだったが、まあ結果的には良かったんじゃないかとも思う(その代わり、カケルは死にかけたわけだが)。

 そうして、あれよあれよという間に二人の仲は深まり(ミランが唆したというのもあるけど)、いつしか互いの貞操を捧げるまでに至った。

 実を明かすと、カケルに対して色々思う所はあったのだが、悪い人でもなさそうだったし(というか、接してみたら以外と面白かったし)、何よりカケル自身も満更でもなさそうな感じだったので、彼にならルトを任せてもいいかと思えるようになったのだ。

 ルトの灰色に染まった世界に、例え本人は無自覚だったとしても、春を迎えた野原のような彩りで、彼女の目に映る景色を一変させたカケルならば、きっと。

 この二人なら、きっと──



「──現実は、そうそう上手くいかないものデスね……」



 とある場内の扉前、そこでミランは手中の鍵を錠前に差し込みながら、嘆息混じりに呟いた。

 突然魔王城の上階から爆発が起こった後、先を行くルトを追うようにミランも此処まで走ってきたのだが、どうやら彼女はもっと上階に向かった後のようだ。

 もとより追いつけるなどとは毛頭考えてすらなかったが、しかし、いくら何でも早すぎやしないか。催眠術だとか超スピードだとか、そんなちゃちなものではない──もっと恐ろしいものの鱗片を目の当たりにしたような気分だった。

「それにしても、錠前が掛かったままという事は、ここは使っていないという事なんデスかね──っと……」

 言いつつ、ミランは鍵を回し、錠前を外す。

 扉を開けて中に入ると、四方八方に描かれた巨大な魔法陣がまず視界に入り込んできた。

 特に大掛かりなのは、足元に描かれた魔法陣だ。壁や天井に描かれているものより複雑な構図をしており、その周りは六つの柱に囲まれている。無論、柱の方にも魔法陣のような紋様があちらこちらにあり、その中央部には銀色に燃える灯篭が設置されていた。



 魔法転移装置。

 説明するまでもなく、同じ装置がある所なら何処にでも一瞬で移動できてしまう魔法科学──いわゆる魔導の産物だ。



 とは言っても、魔力の無い者には動かす事が出来ないし、それほど使い勝手が良いわけではない。前提として、稼働させるのにも操作方法を熟知していなければ、作動する事すらままならない。恐らくこの装置を使える者なんて、ルトを含めて数える程度しかいないだろう。

「まあワタシはとっくに熟知してますし、魔力は全く無いタイプの魔族ではありますが、それは魔法石があれば解決できる問題デスしねー」

 誰に聞かせるわけでもなく、独り言をブツブツ漏らしながら、白衣のポケットに手を忍ばせて、二つの魔法石を取り出す。

 赤い魔法石と黄色い魔法石。一つは実務用であり、もう一つは無くした時の為の保険用だ。これさえあれば、魔法石に内蔵された魔力に反応して、魔法転移装置を動かす事が出来る。

 それはそれとして、そんな魔法転移装置ではあるが、錠前が掛かっていた時と同様、ルトが作動させた痕跡は見当たらない。やはり別の魔法転移装置を使用したようだ。

 とまれかくまれ、今はそんな事を気にしている場合ではない。侵入者が魔王であるルトに対決を挑む気なら、きっと最上階にある謁見の間に向かっているはず。となると、今こうしている時にも、侵入者は着実にルトへと迫っている危険性がある。

 早く自分も向かわねば。そう思って扉を閉めようとしたところで、



「──待ってくれっっ!」



 と、突如として何者かに扉のふちを強引に掴まれた。

 肩で息をしながら、見慣れた黒髪の少年──もといカケルは、鬼気迫る表情で扉に手を掛けたまま、目で何かを訴えるかのようにミランを直視していた。

 そんなカケルを見て、ミランは──



 全力で扉を閉めた。



「あたたたたたたほわたァーっ!?」

「何ケンシロウシャウトしながら、廊下を転がってんデスか勇者さん」

「お前の仕業! お前の仕業!」

 扉に挟まれた手に息を吹きかけながら、「いきなり何すんじゃおのれはーっ!」と声を荒げるカケル。

「いやだって、今にも犯されそうなほど血走った眼をするものデスから」

「誰がお前なんか犯すか! お前を犯すくらいなら、その辺の野良犬と乳繰りあった方が数万倍マシだわっ!」

「それはそれで正気の沙汰じゃありませんけどネ」

 兎にも角にも──とジト目をカケルに向けながら、鉄のように冷えた声音でミランは問いただす。

「何故アナタが──勇者さんがここにいるんデスか? ワタシは此処には来るなと言ったはずデスよ」

 その言葉に、カケルはぐっと声を詰まらせた。

 てっきり、もう追いつけないほど離したとばかり思っていたが、まさかこんなに早く此処まで辿り着くとは。おそらく、ミランが城内に入った時に、全速力で追いかけてきたのだろう。何故ベストを尽くしたのか。

 それ以前に、まさかカケルがここまで追いかけて来るとは露ほども想定していなかった。

 別れ際、ルトの足枷とならぬよう、あれだけ突き放すような言い方をしたというのに。

 実際問題、カケルが来た所で、できる事など一切合切ありはしない。何せ賊は人間──というか、今まで人間以外の侵入者など見聞きした覚えはないが、何であれ相手が同族である以上、カケルは何も手出しができないはずなのだ。

 短い期間での中で、カケルと接してみて分かったのは、彼が『甘い』の一言に尽きる人物だという事だった。

 それは自身に対しても、他者に対してもという意味ではあるが、特に同族──それも好意を寄せてくれる女子には、非常に甘い。敢えて女子と表記したのは、彼が女好きだからであるというその一点のみの理由なのだが、しかしまあ、カケルという人間をよく表しているんじゃないかと思う。

 多分、周りから当たり前のように愛情を受けて──それこそ家族や交友関係に何ら亀裂が生じる事もなく、日々平々凡々と生きてきたかのような、骨肉の争いとは一切無縁の人生を歩んできたかのような印象が拭えないのだ。

 そんなカケルが何故『勇者』などという戦の渦中みたいな所に自ら飛び込んできたのかは定かではないが、それでも尚、彼の全てに対する『甘さ』は解消できなかった──状況がここまで切迫しているこの時でさえ迷いを見せる少年に、事態を収拾出来ようなどとは、微塵も思えなかった。

 微塵も思わなかったからこそ、こうして此処にいるカケルが──自分の立場を未だに理解していないらしい、この少年という存在が、やたら腹立だしかった。

 たとえそれが、カケル同様に無力な自分を棚上げにしていたとしても。

 くだらない八つ当たりだとしても。

 このふつふつと湧き上がる怒りは、抑えられそうになかった。

「勇者さんが居た所で、助けになれるような事はありませんヨ。逆に足手まといになるだけデス。そんな迷いを断ち切れていない状態なら、尚更デス」

「オ、オレは……」

 いつになくミランの険を含んだ物言いに気圧されたのか、カケルは躊躇いがちに目を伏せて──しかしすぐにキッと自らを鼓舞するように視線を尖らせて、彼はゆっくり立ち上がった。

「確かにオレが来た所で、アイツの邪魔にしかならないかもしれない。オレにしたって、まだ同じ人間に対して刃を向けるだけの覚悟は、情けない話だけど、まだ出来ていない」

 それでも。

 それでも──とカケルは両手を強く握りしめて、目線を一切逸らさずミランを見据えた。



「お前らを見捨ててまで──を見殺すような真似をしてまで、オレは生き残りたいとは思わない!」



「ア、アナタは……」

 カケルのまっすぐな瞳に、今度はミランが気勢に押されたように、ミランは一歩後退した。



 いつからだろう。彼に勝手な期待を寄せるようになったのだろう。

 いつからだろう。ルトの未来を託すようになってしまったのは。

 こうなってしまった原因の一旦は、自分にもあるというのに。



 それなのに、ルトだけでなく自分まで大事な奴だと言ってくれるのか──



 ダメだ。余計にダメだ。ルトだけでなく、自分達の事まで彼に背負わせるわけにはいかない。

 第一、これ以上カケルの身に何かあったら、ルトに会わす顔なんて──

「アイツを絶対助けるなんて約束はできない。だけどアイツを守りたいというこの気持ちは本物だ」

 だから──



「オレも連れていけ──ミランっ!!」



 その言葉に。

 ストンと重荷が降りたような、軽い気分になれた。

 まったく、この男は。

 名前を呼ぶべきなのは自分なんかではなく、ルトであるべきだろうに。

 相変わらず抜けているというか、だけど、ここぞという場面を逃さないというか、何と言うか。

 何だか、とても可笑しかった。

 思わず微笑が零れるほど、愉快な気分になれた。

 ほんの少しではあるが、ルトがカケルに好意を寄せるようになったのも、何となく分かったような気がする。

「ぱんにゃ!?」

 と、似合わない真剣な面持ちをしていたカケルの顔面目掛けて、ミランはポケットから取り出した魔法石を放り投げた。

「いたた……って、これは……?」

「それ、途中で無くさないようにしてくださいネ。でないと、これから移動できなくなってしまいますから」

 ぽかんと惚けるカケルをそのままにして、ミランはもう一つの魔法石を手にして室内へと戻る。

 もしも。

 もしも、幸せの背景が不幸なのだとしたら。

 その逆もまた、真であるべきだ。

 今はまだ、艱難辛苦な道を進んでいたとしても。

 カケルがルトのそばにいてくれるならば。

「いつまでボーッと突っ立っているつもりデスか、アナタは」

「……え?」

 言葉の意味が分かっていないらしいカケルに苦笑を浮かべつつ、握りしめた魔法石を虚空へと翳す。

 こんなのは所詮、希望的観測だ。

 独りよがりの願望だ。

 だけど二人なら、あるいは──



「それじゃあ行きましょうカ。



 ◇◆◇◆◇◆



「二人共、心の準備は万全かい?」

「勿論っス!」

「いつでも号令を──アレス様。」

 カンナはトンファーを勇ましく構えて、リタは可憐に杖を握りしめたのを見て、アレスはこくりと頷いて微笑を浮かべた。

 打ち合わせは既に済んだ。後は、手はず通りに事を進めるだけ。

 敵は前衛に弓兵を配置したままだ。ひとまずは、あれをどうにかしなければならない。

「3、2、1、ゼロでいくよ。いいかい?」

『オーケーです(っス)!』

 その言葉を聞き届けて、アレスは腰のベルトに納めてある手榴弾へと手を忍ばせる

「3」

 カウントを取る。それと同時に、杖を掲げたリタが「大気に潜む風の精霊達よ──」と詠唱を始めた。

「2」

 ギリギリまで壁際にまで寄り、深呼吸を繰り返すアレス。隣りを見ると、カンナが瞑想するように瞳を閉じ、精神を研ぎ済ませていた。思っていたより落ち着いた様子で、実に頼もしい限りだ。

「1」

 緊張感が一気に高まる。流れ伝う汗を拳で拭い、意識を敵方へと集中させる。

 大丈夫だ。どこにも問題はない。何より、自分には全幅の信頼を置ける従者が二人もいる。

 リタとカンナなら、こちらの期待通りに働いてくれる。今は二人を心配するより、自分の役割に徹せねば。

 手榴弾を取り出し、登頂部のピンを引き抜いて、いつでも投擲できるよう準備を済ませる。

 生唾をごくりと飲み込む。唾を嚥下する音が、自分の脈打つ心臓音が、嘘のように大きく聞こえる。



 ──なんだ。一番緊張しているのは他でもない、僕ではないか。



 自身の小胆ぶりに苦笑しつつ、内心の不安を蹴飛ばすように、アレスは両脚に力を込める。

 そして──



「ゼロ────っっ!!」





 その合図を引き金に、アレスは壁から飛び出し、弓兵達向けて手榴弾を全力で投げ込んだ。

「顕れたまえ、吹き荒れし風よ!」

 いや、飛び出したのはアレスだけではない──リタもまた、杖の先を弓兵達に合わせて呪文を唱えていた。

 投げられた手榴弾と魔法で生み出された烈風が、弓兵達に向かって襲いかかる──!

「賊が姿を現したぞ! 前衛、一斉に放てーっ!」

 後衛で指揮を取っていた部隊長──ワニのような姿をした魔族が、弓を番えたゴブリン達に対し、即座に命令を下す。

 が。

『────!?』

 目の前で起こった出来事に、弓兵が揃って瞠目する。

 アレス達に向かって殺到するはずだった矢が、彼らに届く前に途中であらぬ方向へと弾き飛ばされたのである。

 それもそのはず──ひと時だけかと思えた烈風は、矢が放たれたその間にも絶えず発動したままだったのだ。

 魔法を発動し続けるのにも、魔力と気力を消費する。魔法を使うにしても一瞬だけだと──まして風系統のものを使うだなんて頭になく、それは完全に部隊長──ガビアルの完全な誤算であった。

 だがしかし、まだな状況などではない。

「矢は防がれたが、対魔法用結界アンチマジックフィールドがある以上は、貴様らの作り出した風がこちらに届く事など──まして、その奇天烈な魔法アイテムが届くはずなんてあるわけが──っ!?」

 今度は、ガビアルが驚愕に目を見開く番だった。

 魔法が届く事はない──その読み自体は当たっていた。

 現に、烈風は対魔法用結界によって途中で打ち消され、微風すら来る気配はない。

 そう、風だけならば。



 手榴弾。



 無論、ガビアルが件の魔法アイテムの正式名称を知っているはずがない。

 知っているのは、それが爆弾に近い何かで──かなり殺傷力の高い危険物だという事。

 そして、目標に向かって投げ付ける物だという事だけだ。

 故に、あの飛来する手榴弾が届くはずなんて──あんな人間の細腕で、しかもこれだけ離れた距離からで、ガビアルの前にいる弓兵達の所まで届くはずがない。

 届くはずがない──はずなのに。



 何故あの魔法アイテムは、こちらに向かって未だに猛然と飛んで来ているのだ……!!



「──はっ!?」

 そこで気付く。

 今更ながらに気付く。

 確かに、リタの魔法は止められた。

 しかし。



 は途中で止められても、烈風に乗って勢いを増した、あのまでは止められない──!



 いっそ、スローモーションのように感じられた。

 カツン、と弓兵達の手前で落下する手榴弾。

 一瞬の閃光。

 そして──



 



『ぎぎゃあああああァァァっ!?』

 臓腑から絞り出したかのような痛切な絶叫が、フロア全体に響き渡る。

 閃光で失明しないよう、とっさに閉じていた目を開くと、信じ難い事に、弓兵全員が血を流して倒れていた。

「くそっ! お前ら、直ちに態勢を立て直して──」

「がはっ!?」

 言葉を遮られる形で、部下の苦鳴がガビアルの耳朶を打った。

 一体何事かと、すぐ隣りにいたはずの部下へと視線をやる。

 水。

 此処にあるはずのない大量の水が、部下達を壁際まで洗い流していた。

「私達の道を阻む者は──」

 唐突に聞こえてきた少女の声に、ガビアルは脊髄反射で振り返る。

「水でも被って反省なさい。」

「貴様! いつの間に……っ!」

 声の正体は賊の一味である魔法使いの少女──リタだった。

 すぐさまリタに気付いた者達が果敢に突撃するが、まるで枯葉を散らすかのように、あっさりと部下達を魔法で吹き飛ばしていく。先ほどの唐突な鉄砲水も、リタの魔法によるものだったのだろう。

 チッと舌打ちを漏らしつつ、「お前ら狼狽えるな! 各々まとまって賊らを迎え討て!」と叱声を飛ばす。

 にしても、まさかあんな方法で対魔法用結界を突破してみせるとは。おそらく手榴弾が炸裂した後、混乱状態に陥ったガビアル達の所まで疾走し、一気に強襲を掛ける所まで計算に入っていたのだろう。後悔した所で時既に遅しではあるが、本当にしてやられた!

「一匹残らず、駆逐してやるっス!」

 そうこうしている内にも、もう一人の賊──カンナが、時にトンファーを振り回し、時に蹴り技を繰り出しながら、周りにいる兵を次々と薙ぎ倒していた。

 ──否。カンナだけではない。賊の中心人物である勇者──もといアレスも、華麗な剣捌きでこちらの勢力を続け様に削いでいく。

 狼狽えながら応戦する者。予想外の事態に放心する者。悲鳴を上げながら武器を捨てて逃げ惑う者──戦況は瞬く間に覆され、ガビアル陣営は明らかに劣勢を強いられていた。

「バカなっ! 初めはまだ我らの方が数的にも地の理から見ても優勢だったはず……! 一体我らの、何が足りなかったと言うのだ……!」

「──何が足りないか、だって?」

 人知れず呟いたはずのガビアルの独白を、耳聡く聞いたアレスが兵を斬り捨てつつ応対する。

「君達に足りないのは、勇気友情愛情純真知識誠実希望光優しさ奇跡そして何より──」

 最後の兵を袈裟斬りで屠り、勝利宣言をするかの如く剣先をまっすぐガビアルに向けて、アレスは勇ましげに言葉を紡いだ。



「──美しさが足りない」



「美しさ、だと……?」

 不敵な笑み浮かべるアレスに、ガビアルは震える四肢を胸中で叱咤しつつ手斧を握りしめる。

「そうさ。そして思い知る事になる。僕達の結束力の凄さをね」

 それぞれに得物を構えるアレスら三人。力は立つ方だと自負しているが、この三人を相手に──それもたったの一人で勝てる見込みなど、あるはずがなかった。

 それだけに強い。

 ましてこの三人が一緒になれば、尚更に。

「なるほど。美しさか」

 ふっ、と自嘲的な笑みを零しつつ、折れそうになる心を必死に奮い立たせて、ガビアルはアレス達にゆっくり肉薄していく。

 勝機など、もはや無い。応援が来るまでに、勝敗は決していよう。

 ならばせめて、志し半ばで命を散らしていった兵達に恥じぬよう──

「このガビアル、有終の美を飾らせてもらうとしよう──!」





「最期まで立派だったっスね。このワニさん」

 手に持ったトンファーを、太ももに備え付けられたホルダーに仕舞い込みながら、仰向けに倒れているガビアルを見据えてカンナがしみじみと言う。

「そうだね。敵ながらあっぱれとしか言い様がない」

 アレスもまた、刃に付いた血痕を布で拭いながら、周囲を見渡す。

 死屍累々。

 手榴弾にやられた者。剣で斬られた者と死因は様々ではあるが、数ある魔族達が、無惨な姿で倒れ伏せていた。

 だが、それも止むをえまい。

 運命は変えられない。殺される者は殺され、殺す者は殺す。

 皆、逃れようなく。

 悲しいけれど、これが戦争だ。

 今回はアレスの作戦通りに事が進んでくれたが、一歩間違えれば、自分達がこうなっていたかもしれないのだ。

 そうじゃなくても、今世界中の国々で、魔物による被害が年々増加している。こんな悲しみの連鎖を断ち切る為にも、早く魔王を打倒し、平和を取り戻さなければならない。

「アレス様。追っ手が来ない内に。」

 先を促すリタに、アレスは首肯して先を急ぐ。

 そうだ。自分達は立ち止まってなんかいられない。

 一刻も早く、この戦争を終わらせる為にも。



「行こう。魔王のいる所へ──!」


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