第32話 パンタ・レイ/賽は投げられた



「状況は!? 何がどうなっているっ!」

 切迫した面持ちで魔王城の廊下を小走りで進みながら、ルトは隣りで並走するオーク──猪のような姿形をした魔族に怒声を飛ばした。

「はっ! 現在賊は十階にいた兵士を蹴散らし、十一階へと到達。怒涛の勢いで十二階へと向かっている最中のようです!」

 装着している全身鎧をガチャガチャ鳴らしながら、ルト同様強張った顔付きで説明するオーク。その額には大粒の汗が滲んでおり、それだけで事態がどれほど緊迫しているかを窺わせるものがあった。

 聞く所によると賊はかなりの手練れらしく、兵士達も押され気味の状態にあるらしい。早く状況を立て直さなければ、このままだと城内全体に動揺が広がりかねない。



 ──なんでよりによってこんな大事な日に……!



 忌々しげに舌打ちを零しながら、ルトは最上階近くにある自室を目指す。

 実を明かせば、すぐさま最上階にある謁見の間に向かうつもりだったのだが(現にここまで来る道中、とある転移魔法装置でショートカットしたぐらいだ)、近くにいた兵士に詳しい話を聞きたかったし、何よりこの格好のままではいざという時に戦えない。

 通りすがら、窓に映った自分の姿をふと見遣る。

 薄紅色に粧られた頬。長いまつ毛は少しでも瞳を大きく見せようと、咲いたばかりの華のように開かれており、その周りはほんのりとだがアイメイクが施されている。唇はリップを塗っておいたおかげで今でも艶やかに煌めいており、自慢の黒髪はミランお勧めのシャンプーの賜物か、一本の枝毛も無く、さながら清流の如く綺麗に流れていた。

 普段から化粧なんてしないので初めは困惑するばかりだったが、そこはミランの手伝い(恥ずかしながら協力を煽いだのだ)のおかげもあり、こうして満足のいく出来になってくれた。化粧だけでなく、このワンピースやパンプスもミランに見立ててもらった物であり、正直彼女がいなかったらもっと悲惨な事になっていたと思う。

 図らずも今回の一件で、いかに自分が外見に無頓着だったか、思い知らされる形となった。こういうのが後々現場の指揮に影響する事もあるし、これからはもう少し身なりに気を付かなければ。

 そうなると、またミランの助言が必要となるわけだが、なんだかますます彼女には頭が上がらない一方だ(仮にも上司なのに)。

 そんな風に女性らしく考えられるようになったのも、と出逢えたおかげだ。

 そう、彼──。

 ルトの初恋にして最愛の人。



 カケル。



 全ては、そのカケルの為に。

 今日この日、魔王城を発ってしまうカケルに、せめて最後の時だけは一番綺麗な自分を見せたかったが為に準備したものだった。

 当のカケルの反応も上々で、口ごもりながらも「可愛いよ」と言われた時は、嬉しさのあまり心臓が飛び出るかと思った。



 それほどまでに──胸がドキドキと高鳴っていた。



 あの時のカケルは照れたように頬を紅潮させていたが、自分はもっと真っ赤になっていたに違いない。あんな一言でこんなにも一喜一憂するなんて、我ながらどれだけカケルにご熱心なのだ。今更ながら、カケルの前で痴態を晒していないか不安になってきた。

 まあでも、泣き顔だけは見せずに済んだので良しとしておこう。

 きっとカケルの事だ。泣いている姿なんて見せたら、すごく心配するに決まっている。本当は今日この日が来るまで何度も涙で頬を濡らしていたのだが、彼の前では決して泣くまいと心に誓ったのだ。ただでさえ相当なとがを抱かせてしまっているカケルに、これ以上重荷になるような真似はしたくなかったのである。

 ここで本心を語るならば。

 カケルと別れると決めた今でも、これで本当に良かったのかと惑う自分がいる。正直に言えば、この瞬間でさえ片時も離れたくないと思ってしまっているのだ。これではいけないと、自分でも分かっているはずなのに。

 だが、いつまでもカケルを魔王城に留めておくワケにはいかない。それは母──先代魔王でもあるフレイヤも危惧していた事だった。

 というより、ついこの間に指摘されたばかりではあるのだが──正直、あまり思い出したくないほど苦い記憶なのだが、要所要所を端折って説明すると、フレイヤはこう語っていたのだ。



『ねえ、ルーちゃん。あなたがどれだけカケル君の事を想っているかは、今までの話を聞いて十分理解したわ。それこそ、カケル君の為なら自分の身すら投げ出すんじゃないかって心配になってくるほどにね。

 それでもね、ルーちゃん。魔王であるあなたに、こう問わずにはいられないよ。

 仮にカケル君と懇意にしているのが人間達にバレて、彼が人質にでも取られた時、ルーちゃんは魔族の為にカケル君を切り捨てる事が、果たしてできるのかしらって』



 その問いに、ルトは何も答える事ができなかった。

 ただ黙考し、煩悶するぐらいしかできなかった。

 本来ならば、ここで即答すべきだった──魔王ならばどちらを選択するかだなんて、決まりきった事であるはずなのに。

 だがそれでも、愛する人を──カケルを排斥するような真似など考慮すらしたくなかった。

 そんな惑い苦しむルトに、フレイヤは何も責めはしなかった。しかしその瞳は、ルトに決断を迫るような──魔王ならばどうするべきかを、言外に語っていたように思う。

 ルトとて、それは十分に理解しているつもりだ。それでも──頭では分かっていても、本能が考える事を拒否してしまうのだ。

 無論、いつまでも答えを保留しておくわけにはいかない。これはカケルやルトだけの問題ではない──魔族の存続に関わってくる話でもあるのだ。口にこそしなかったものの、フレイヤなら私情など挟む余地無しと言い切っていたのではないだろうか。あくまで母としではなく、元魔王の見地として。

 だからこそ、ルトも散々迷い抜き、張り裂けそうな胸の痛みに耐えながらも、答えを出したのだ。



 蒼月そうげつの日に、カケルに別れを切り出すと……。



 今でもあの日の事を思い出すと、涙で込み上げてきそうになる。実際、あの日はカケルの前で──正確には彼の腕の中で啜り泣いてしまった。泣けば彼に未練を残してしまうと直前まで堪えていたのに、悲愴感に満ちたカケルの顔を見て、たまらず涙腺が決壊してしまったのだ。

 だから。

 だからあれから、せめて最後の日だけは決して涙は見せまいと──笑ってカケルを見送ろうと心に誓ったのだ。

 ほんの少しでも、彼の心の負担を減らせるように。自分の元気な姿を見せて、快く旅立てるように。

 そして。

 大好きな人の顔を、涙なんか視界が滲まぬよう、この瞳でしっかり灼き付ける為に……。

 なのに。



 これが彼との永久の別れとなる、大切な時間になるはずだったのに──!



「こんな時に侵入者だなんて、間が悪いにも程があるぞ……っ」

 ぎりっと歯噛みしながら、自室へと急ぐルト。そんなルトの剣呑な雰囲気に当てられたのか、隣りに並ぶオークもどこか恐々とした様子でこちらを窺っている。これでは部下達に余計動揺を広めかねない。



 ──冷静になれ私。激情に駆られるな。王たる者として腰を落ち着け、状況を細部まで俯瞰し、皆を先導しろ。



 暫し立ち止まって深呼吸。瞑目しつつ、思考をクリアに。そして全ての感覚を研ぎ済ます。

「……? 魔王様?」

「確か、賊は三人だったな?」

「は、はい。一人は剣士。もう一人はトンファーを使う軽業師。最後は魔法使いのようです」

 静かな口調で発したルトの言葉に、オークは萎縮しながらも応答する。

「一人だけならまだしも、何故上階にまで入って来ている? 門番は何をしていたんだ?」

「そ、それが事態が発覚した後すぐに様子を見せに向かわせたのですが、その時には既に事切れていまして。おそらく何らかの方法で門番の目を掻い潜り、そのまま突破したものと思われます」

 何らかの方法──門番や城内にいる兵士達をいともあっさり欺くほどのすべ。その実体は知れないが、どうやら今回の賊は珍妙な小細工を弄する策士のようだ。ある意味、一番厄介な相手と言えるかもしれない。

「それなら、ライガー隊の方はどうした? 賊を通したという報告はまだ上がってきていないぞ」

「そちらに関しては、賊の侵入が発覚したと同時にすぐホーフの森へと使い魔を向かわせたのですが、未だに連絡が無く……」

 それは、連絡が取れない状況の最中にいるのか。

 それとも、既にさせられているのか。

 どちらにせよ、あのライガー隊を出し抜くほどの──その手腕と器量を買ってホーフの森の検問を任せるまでに至ったライガーをも突破してみせた侵入者。これは単に頭が切れるだけの雑魚と甘く見ない方が良さそうだ。

「ライガー隊の件はもういい。後で調査隊を派遣させる。それよりも、これ以上の侵入は許すな。何としてでも喰い止めろ。私も準備が済み次第、すぐ指揮に入る」

「はっ! 承知致しました!」

 そう威勢良く敬礼した後、ルトとは逆方向──階下へと走り去って行くオーク。その後ろ姿を見届けるような素振りも見せず、ルトは早々と自室に向かって歩を進める。

 オークにはああ言ったが、果たして彼らだけで侵入者を相手取る事ができるだろうか。無論彼らとて日々鍛錬を積んでいる屈強な兵士達だ──そうそう簡単にやられはしないだろうし、事実、これまでも幾度となく侵入者を排除してくれた。それだけ部下に絶対の信頼を寄せているし、誇りにも思っている。

 だが相手はライガーをも倒したかもしれない猛者──しかも何かしらの強力な魔法アイテムを所持している可能性が高い。故に、今回の賊を過小評価する気には微塵もなれなかった。



 ──まあ、14階には対魔法用結界アンチマジックフィールドもあるし、そこまでの心配は必要ないと思うが……。



 アンチマジックフィールド──文字通り、範囲内にある魔法全てを無効化させるトラップ。それは魔法のみならず、魔力を帯びたアイテムならばどんな物でも効果を失わせる。

 オークの話が確かならば、賊の一人に魔法使いがいたはず。それならこれで敵の弱体化も図れるだろう。魔法アイテムを持っているなら、尚の事。

 しかし。

 何故だろう。この言い知れぬ不安感は。

 そう──まるでこちらの思惑など歯牙にも掛けず、あっさり自分の元へと辿り着きそうな、そんな予感がする。

 嫌な胸騒ぎを覚えながら、ルトは更に足を早めた。



 ◇◆◇◆◇◆



「ぐああああァァァァァァ!!」

「ちきしょうっ! 一体何なんだよは! 魔法アイテムの類いか!?」

「だったら対魔法用結界アンチマジックフィールドで無効化されているはずだぞ!?」

「お前ら一旦引け! 固まって動いたらの格好の餌食になるぞ!」

 魔族達の悲鳴が木霊する。ある者は苦痛に叫び、ある者は怒号を飛ばし、またある者は動揺の声を上げ、城内は阿鼻叫喚の惨憺と化していた。

 そこより遠方──約五十mほど離れた地点で、壁際に身を隠して様子を窺っている金髪の男がいた。

「ふむ。距離を取られてしまったか。まあ賢明な判断と言えるかな」

 顎をさすりながら、金髪の男──もといアレスは、「さて、どうしたものか」と思案げに呟きを漏らした。

「罠があるなんて知らなかったから、とっさにを使って牽制──どころか、図らずも敵の勢力を削げたまでは良かったものの、このままだと下手に動けないなあ」

「じゃあ敵が混乱している内に、ウチが先陣をきって奴らを蹴散らしてくるっスよ!」

「いや、カンナ。心強い申し出で嬉しい限りだけど、それはやめておいた方がいい。その証拠に、ほら──」

 隣で血気盛んにファイティングポーズを取る、赤毛にポニーテールの少女──カンナに対し、アレスは今し方撤退したばかりの敵前方を指差す。

 するとそこに、弓を持った五匹ほどのゴブリンが姿を現し、横一列に並んで矢筈をつがえ始めた。その後方に十数名ほどの敵兵が控えており、こちらの出方を窺っているように見える。おそらくは距離を取りながら、前方を弓兵で固め、アレス達が飛び出してきた所を狙い打つ算段なのだろう。

 幸い、壁に身を隠せていられるし、何より先ほどの攻撃がまだ尾を引いているだろうから突撃を仕掛けてくる事はないだろうが、これだとどちらが先に痺れを切らすかの根比べになってしまう。その内追っ手もやって来るだろうし、いつまでも此処でのんのんびより、というわけにもいくまい。どうにかして打開せねば。

「リタ。どこに対魔法用結界が仕掛けられているか、おおよその見当は付くかい?」

 アレスの問いに、リタと呼ばれた茶髪にフリルの付いたカチューシャをした少女が、壁から少しだけ顔を覗かせた後、「そうですね。」と暫し考え込む素振りを見せて二の句を継いだ。

「あくまでも推測ですが、あちらとこちらの境目──ちょうど中心部辺りにあるのではないかと。範囲自体は狭いので突っ切ってしまえばすぐ効力は消えると思いますが、ご覧の通り弓兵が睨みを利かせていますし、罠を破壊しようにも、ここからだと核となっている部分が分からないので、どちらにせよ向こうまで近付く必要があるかと思います。」

「なるほど。じゃあ罠の核となっている部分を破壊した後に、リタの魔法で一気に叩きかける……というわけにもいかないね」

 仮にその作戦でいくにしても、核を探している間に敵から袋叩きに遭いかねないし、そもそも、核が見つかるという保証も無い。仮に核が見つかったとしても、簡単に破壊できる代物かどうかも未知数だ。そんな危ないギャンブルに賭ける気など、微塵も起きなかった。

 詰まる所、いかにしてあの罠を危険な真似をせずに攻略するかという問題に帰結するわけなのだが……。

「アレス様。それならアレス様が今手にしているで、どうにかできるんじゃないっスか? さっきみたいにドババーンっと」

、ねえ……」

 カンナが指差したそれを、アレスは片手で持ち遊びながら、眉根を寄せて見遣る。



 MK2型手榴弾。

 別名、パイナップル。



 パイナップルというだけあって表面はデコボコしており、質感はやたら硬い。ただ実際のパイナップルと違って片手で収まる程度の大きさであり、それほど重みも無い。何より本当のパイナップルだとしたら、こんなメタリックな構造などしていないはずだ。

 それを証明するかのように、頭頂部に輪っか状のピンが付いており、これを引き抜いて衝撃を与えると爆発する仕組みとなっている。



 そう、爆発。

 単刀直入に表せば、これは爆弾なのだ。

 それも、こちらの常識を遥かに上回る、かなり高精度な。



 アレスの知っている爆弾は、まず導火線に火を付けるという手順が必要になるし、それ以前にこんな小型の物で数十m範囲の規模に及ぶ威力など、見た事も聞いた事もなかった。

 試しに一度、この手榴弾を使ってみるまでは。

 あの時の衝撃は、今でも脳裏にこびり付いたように忘れられない。何せ頑丈な岩を、いともあっさりバラバラにしてしまうほどだったのだ。正直あの場面を目の当たりにした時は、さすがのアレスも腰を抜かした。

 これもアレスが所持している拳銃と同じ、先祖の遺産──かつて大英雄と呼ばれた勇者の遺した物なのだが、厳重に封印されていた理由が、実際に使ってみてよく分かった気がする。

 遺産と共に置いてあった古ぼけたメモ帳にも、取り扱いには十分配慮するよう記されていたが、さもありなん。使い方を一歩間違えれば、こちらの身にも被害が及びかねない。

 さて、そんな何かと驚きが絶えない手榴弾ではあるが──

「これを使えば、弓兵達も一気に片付けられるんだろうけど、あそこまで投げれるまでの腕力は無いなあ」

 そう。

 手榴弾というだけあって、本来は敵に投げて爆発させる代物だ。その爆発圏内(細部を語るならば、爆炎ではなく爆発した際に飛来した破片で殺傷する物なのだが)から遠ければ遠いほどに、その効果も薄れるのだ。

 弓兵とアレスとの距離は目算で約50mほど。それも敵の矢が飛んでこないよう、素早く壁から抜け出して手榴弾を投げなければならない。全力投球でも届くかどうかも分からないのに、無理な体勢で投げたところで、結果は推して知るべしだろう。

「まあ、発想自体は悪くないと思うんだけどねぇ」

「うぅ。良い案だと思ったのに、残念っス~」

「申し訳ありませんアレス様。私の透明化の魔法がもう少し持続できたら、こんなに早く見つかる事もなかったのに……」

 しゅんとするカンナに当てられたのか、いつも感情が読み取りにくいリタの表情が、心なし沈んでいるかのように見えた。

 いや、本当に沈んでいるのだ。長年一緒にいたアレスだからこそ──いついかなる時もそばで仕えてきてくれた従者だからこそ、よく分かる。

 だから──

「気に病む必要はないさ、リタ。僕には『変異の羽衣』があったから良かったけど、リタ自身とカンナの二人分の魔法を掛けていたんだから。むしろ慣れない魔法でよくここまで頑張ってくれたと感謝したい所だよ」

「そうっスよリタ! リタは十分に頑張ってくれたっス! もっと誇っていいんスよ!」

「まあ元を辿れば、カンナさんが『変異の羽衣』を一つ駄目にしたせいなんですけどね。そしたら私一人分の透明化で済んで、もうちょっとだけ敵の目を欺いて先に進めたはずなのに。」

「まさかのフレンドリーファイヤ!?」

 せっかくフォローしたのに! と涙目になるカンナ。相変わらず、仲が良いんだか悪いんだかよく分からない二人だ。

「もっとも、あの対魔法用結界でどのみちバレていたでしょうけどね。」

「そうだね。むしろ早く魔法が解けたおかけで、罠に掛かっても比較的動揺せずに済んだし、怪我の功名と言えるだろうし。だからカンナは何も悪くなんてないさ」

「ア、アレス様~。ありがとナス!」

「噛んでますよ。」

 と言ったものの、これからどうしたものか。

 当初の計画通り、魔族に化けて門番を屠り、そのまま城内に敵を欺きながら(アレスはゴブリンに、リタとカンナは透明になって)侵入したまでは良かったが、予想より早くリタ達の魔法が解けてしまったし、対魔法用結界があるだなんて完全に予想外だ。

 本音を言うなら、魔王戦に備えて何かと温存していたかった所なのだが、そうも言ってられないかもしれない。

 手榴弾は残り三つ。

 拳銃の弾丸は残り四発。これだけあればどうにかこの危機をくぐり抜ける自信はあるが、如何せん対魔王戦を考えると心許ない。

 切り札はそれ以外に無くも無いのだが、こちらは本当に最後という最後という局面でしか使えない。

 最小の労力で最大の結果を。その為には、一体どうしたらいいのか。どうするべきなのか──



「だいたい、カンナさんは反省が足りないんですよ。本当に『変異の羽衣』をボロ雑巾にしてしまった事を心の底から申し訳なく思ってるんですか?」

「思ってるっスよ! これまでも何度か謝ったじゃないっスか!」

「謝意が足りませんね。あと一万と二千回は謝ってほしいところです。」

「そんなに謝ってたらあっという間に今生が終わって、創世記が訪れちゃうっスよっ!」

「一生寝ないで謝り続ければ、あるいは叶うんじゃないですか?」

「睡眠の重要性! 睡眠の重要性!」

「カンナさんの脳筋なら、睡眠なんて別に必須じゃありませんよ。元々使うほど脳を働かせていないんですから。だから余分な栄養が全部胸に行ってるんですよ。」

「なっ、逆恨みも良い所っス! いくら自分が貧乳だからって、やたらと妬むのは良くないと思うっス!」

「ですから貧乳ではなくB乳であると何度言えば分かるんですか。一万光年歩譲って、品のある乳と書いて品乳でも可ですけど。」

「どこか譲ってるんスか! 階段から蹴り落として、自分だけ上り詰めてる感じに聞こえるっス!」

「当たり前じゃないですか。カンナさんと私は恋敵なんですから。今運命の追い風は私に吹いているんです。わざわざライバルを後押しするような甘い真似など、するはずがありません。」

「何言ってるんスか! アレス様のハートを射止めるのはウチっスよ。その証拠に、アレス様の私に対する好感度は着実に上がってるっス。エンディングは見えてるっスよ!!」

「甘いですね。甘過ぎる。私なんてアレス様の為なら、何でもご奉仕する所存ですよ。正常位、騎乗位、座位、立位、後背位、エトセトラエトセトラ。そしてゆくゆくは、アレス様のミルクを私の体内に注いで貰う予定まであります。どうですか? この私の未来まで明るい家族計画は。」

「言っている意味は分からないっスけど、ミルクぐらいなら、ウチもアレス様に飲ませてもらうっスよ!」

「なん、ですと……。まさか下からではなく直接口に注いでもらうなんて、さすがの私もその発想は全くありませんでした。専門用語で言うところの精い──」



「──なるほど。その手があったか」



 それまで苦笑を浮かべながら、敢えて黙してリタとカンナの小競り合いを眺めていたアレスが、急に天啓を受けたかのように指を鳴らした。

 その様子を見て、「どうしたのですかアレス様。突然声を上げて」とリタが眉をひそめながら訊ねる。

「二人の話を聞いて良い案が思い付いてね。とりあえず二人共、耳を貸してくれるかい?」

『……?』

 唐突な提案にわけが分からずキョトンとしながらも、リタとカンナは言われた通りにアレスのそばへと寄った。

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