第28話 君の知らない物語



 他国に対する牽制。

 アリシアのその言葉に、動揺を隠し切れず瞠目するカケル。

 それでは、まるで。

 まるで──他国に侵略されるのを最初から念頭に置いていたかのような、そんな言い方ではないか……!

「何故そのような真似をするのか──そう思われても無理はありません。何せ我が国は山奥にある田舎の小国ですから」

 愕然とするカケルの表情を見て心中を察したのだろう、懇切丁寧な口調でアリシアは先を紡ぐ。

「侵略するにしても足場は悪く、およそ戦争するのに向いている所ではないですし、資源が豊富にあるわけでもない。敢えて言うなら畜産や農業などが盛んではありますが、しかしそれもわざわざ侵略するほどの利益なんて雀の涙にも等しいと思います」

 言われてもみれば、周りは牧場か畑ぐらいなもので、その他はほとんど手付かずの木々ばかりだったのを思い出した。アリシアの弁にもあった通り、畜産関係は盛んだった印象だが、その代わり人数が疎らなのだ。

 元々国民自体が少ないという理由もあるが、あくまで自分達が満足に生活できるだけの衣食住を──。そういった国の方針なのか、はたまた単なる国民性なのか、上昇志向というのがまるっきり感じられなかったのである。

 故に、アリシア達のいる国を武力で手に入れて得る物なんて、せいぜいちょっとした蓄えと、広大な森林ぐらいなものだ。そんな国にわざわざ攻める理由なんぞ、上記以外に欲する何かがあるのか、もしくはそれだけの恨みを買ってしまったかのどちらかしか思い浮かばない。

「つ、つまり」

 と。

 衝撃のあまり口が開けずにいたカケルが、未だ脳内の処理が追いつけずにいるものの、覚束ない口調で言葉を紡ぐ。

「つまり、アリシア様が提示した以外に、他国が侵略してくるだけの理由があるという事ですか?」

 ご推察通りです、と頷くアリシア。

「それは、一体──」

「その──少々申し難い事があるのですが……」

 と、何かしら気掛かりな事でもあるのか、アリシアは逡巡するように視線を彷徨わせて言い淀んだ。

「あの、アリシア様。言い難い事だったら、無理して話さなくても……」

「いえ、躊躇っている場合ではありませんでしたね。大変失礼しました」

 決心が付いたのか、アリシアはそう言って、定まらなかった視線をまっすぐカケルに向けて重々しく口を開く。



「他国が我が国を狙う理由の一つ、それは──わたくし自身なのです」



「え」

 想像していたのとは違う予想外な言葉に、カケルは意表を突かれたように呆気に取られた。

「アリシア様が──ですか?」

「ええ。その、先ほどまでの会話の中で、わたくしがよく殿方からの求婚をお断りしている──というお話を覚えてらっしゃいますか?」

「まあ、はい」

 これだけの美女だ。むしろ告白されない方が不思議なぐらいだと感想も抱いたくらいである。

「その殿方の中で、わたくしに断れた事を面白く思われていない方もいらっしゃるみたいで……」

「恨まれている、と?」

「掻い摘んで言うのであれば……」

 なるほど。漫画やアニメでありがちな、「よくもこの俺様を振りやがってあのアマ! 絶対後悔させてやる!」というヤツか。国一つ動かせるほどの者なら、どこぞの王子様か、裏で権力を握っている大貴族──といったところだろう。

「今のところ、はっきりと宣戦布告されたわけではありませんが、周囲で不穏な動きが見え隠れしていますし、いつどこの国と開戦したとしてもおかしくない状況に立たされているんです」

「でも、それって逆恨みですよね? そんなくだらない理由じゃあ、そこの国の民は納得できないんじゃないんですか?」

「確かにその通りですが、真実をありのままに明かすとも思えません」

 さもありなん、か。プライドの高い人物なら、自ら恥を晒すような真似をするとも思えないし、戦争するつもりでいるなら、適当に最もらしい理由をでっち上げた方が得策だろう。実にしょうもない話だが。

「現在我が国に、他国と渡り合えるだけの戦力はありません。元々戦争なんて縁のない所でしたし、せいぜいが迷い混んだ魔物の群れを追い払う程度の兵力──本当に開戦ともなれば、我が国が勝利する見込みなど、ほぼゼロと言っても過言ではないでしょう。そこでわたくし達が考えた対抗策が──」

「勇者召喚、ですか?」

「……仰る通りです」

 気まずげに肩を落として首肯するアリシア。

 実際、押しつぶされそうなほど心苦しくさで惑っているのだろう。

 自国の戦争に、関係ない異世界の人間を巻き込むだなんて、そんな非人道的な所業に。

「わたくしの家系は元々魔力が高い者が多く、祖先の中には魔法使いを生業にしていた人もいたと聞き及んでおります」

 表情に陰を差したままだが、それでもアリシアは気丈にカケルを見据えて話を続ける。

「その祖先の一人に、異世界から獣や龍を召喚できる稀有な魔法を使う方がおりまして、かつての大英雄──かの悪名高い初代魔王を討伐したという勇者も、わたくしの祖先が異世界から召喚したと言われています」

「え、そうなんですか?」

 まさか伝説に出てくる大英雄が、自分と同じ異世界から来た人間だったとは。一体どこの世界から喚ばれたかは分からないが、ひょっとしてカケルと同じ所だったりするのだろうか。

「そして祖先の言い伝えでは、召喚された者は特別な力を宿すらしく、かつての大英雄も人間離れした超人的な身体能力を持っていたそうです。それだけでなく、その方は不思議な道具を所持していらしく、数百にも及ぶ魔物の群れをたったの数撃で蹴散らした事もあるのだとか」

「たったの数撃って……」

 思わず生唾を嚥下するカケル。いくらカケルと言えど、たったの一人──それも剣だけで数百もいる魔物に勝てる気などまるで起こらない。一体どんな道具を使えばそんな真似が出来るのだろう。ミサイルやバズーカ砲でもあれば、可能なのかもしれないが。

「そうした伝承を踏まえ、わたくし達はいずれ起こるとも限らない他国の侵略に備え、異世界から勇者を召喚し、魔王を討伐してもらう事によって他国を牽制する為の抑止力を保持しようと結論を下したのです」

 抑止力。分かりやすく元いた世界で例えると、原爆や水爆といった核兵器のような物だろう。

 現実に使用する機会は滅多に無いが、所持する事によって相手に警戒心を与える──それがアリシア達にとっての勇者、もとい異世界人だったというワケだ。

「当初、わたくしとしては無関係の異世界の民を我々の争いに巻き込むなど反対でございました。しかし他国に対抗するだけのすべがそれ以外にもはや無く、断腸の思いで受け入れるしかありませんでした。

 卑しい女とお思いでしょう。醜い人間だと見下げた事でしょう。それでもわたくしには国を──民を守らねばならぬ責務があるんです」

 だからと言って、決して正当化できるような理由ではありませんが。

 と、それまで真摯に言葉を並べていたアリシアが辛そうに目線を伏せた。

「や、そんな気負わななくても、オレは全然気にしてませんから」

 困ったように頭を掻きながら、カケルは言う。

 実際のところ、異世界に召喚された事自体は何とも思っていないのだ。むしろ始めはマンガやアニメの主人公になったみたいで狂喜乱舞したくらいである。

 なので、こうして謝られても正直反応に困るだけだし、今でも召喚された事に不満や後悔は無い。まあ、聞いていて気持ちの良い話でなかったのは確かだが。

「一国の姫ともなると、色々と抱える問題も大きいでしょうし、少なくともオレに対してそこまで気を遣わなくてもいいんですよ?」

 あまりぞんざいに扱われたり、場合によっては生死に関わるような事実を軽々に語られるのもどうかと思うけども。

「……お気遣い、本当にありがとうございます。お優しいんですね、カケルさん」

 ふわっと、華が咲くように笑みを浮かべるアリシア。その表情に、胸が一瞬高鳴るのを感じつつも、やはり以前とは違う感覚に、どこか不思議に思う自分がいた。

 それは、こんな美少女にもう心惹かれなくなってしまっているという疑問も含まれているが、アリシアと初めて対面した時以上の熱情を、前にも感じたような気がしてならないのだ。



 それは、果たしていつの時だったのだろう。

 すぐそばに──それこそ手元にあると分かっているぐらい判然としているのに、まるでかすみがかったように掴もうとしてくうを切る感覚。

 その内、時が経てばその正体も分かる日が来るのだろうか──。



 まあ、それはそれとして。

「じゃあやっぱり、オレとの婚約も政略の為に仕方なく決めた事だったんですね……」

 そこに最初から恋愛感情なんて無かった。あくまで、カケルを引き留めるだけの材料でしかなかった。結論から言えば、そういう事だったのだろう。

 むしろ、向こうにしてみれば渡りに船だったに違いない。後の重要人物となる存在を、婚約という鎖でそばに繋いでおけるのだから。

 アリシア曰く、婚約は反対だったけど、カケル自体は嫌でなかったとあったが、こうなると逆に好感を持たれていたかどうかも怪しい所だ。てっきり恋愛フラグが立ったとばかり邪推していたが、単なる勘違いだったのだろうか。

 立ったら立ったで今となってはややこしい事態に発展しかねないし、そうなる前に彼女のフラグが折られた方がお互いの為なのかもしれない。

「自分から言い出しといてなんですけれど、今でも快く思ってないなら、無理に婚約なんてしなくても……」

「いえ違うんです! 確かに初めは国の為──カケルさんに対する罪悪感も含めて婚約を了承しましたが、今は心からカケルさんと夫婦の契りを交わしたいと思っています!」

 その普段粛々としたアリシアらしかぬ大声に、カケルは呆気に取られて惚けてしまった。

「あっ、その、すみませんっ。突然大きな声を出してしまって……」

 わたくしったら、なんてはしたない事を──と真っ赤に染まった顔を隠すように、両手で頬を覆うアリシア。どうやら、恥じていらっしゃるらしい。きゃわわ。

「──ですが、先ほどの言葉に嘘偽りはございません」

 わたくしは、カケルさんの事を誰よりもお慕いしております──。

 言って、まだ紅潮したままではあるけれど、それでも真摯にカケルの目を見つめて、アリシアはそう告げた。

「んえぇ!? え、えっーと……ま、まじもじるるもですか?」

「マジです」

 あっさりボケを流された。

 ていうか、姫様が「マジ」とか言っちゃった!

 な、なんだか、すこしだけ興奮しちゃうな……。

 なんてバカ言ってる場合じゃなくて(ほとんど照れ隠しのようなものなのだが)、ひとまず、もう一度冷静になって検討してみよう。

 アリシアがカケルの事を慕っていると言った。

 とどのつまり、好きという事だ。ラブという事だ。月が綺麗ですねという事だ。

 どういう事だってばよ。

「あのー、どうしてオレなんかを? 自分で言うのもなんですけど、甲斐性無しだし、よく周りからバカテス(あまりのバカさ加減に、テストすら無意味の略)とか言われますし……」

「あまり自分を卑下するものではありませんよカケルさん。少なくともあたくしは、そんな貴方の姿に救われたのですから」

「救われた──ですか?」

「はい」

 一体どこで救われたと言うのだろうか。今までアリシアに色んなアプローチをしてきたけれども、何か人生観を変えるような真似をした覚えはないのだが。

「恥ずかしながら、わたくしは幼少の頃から外の世界を知らず、ずっと我が城の中で生活しておりました。まあ、父がわたくしを溺愛するあまり、城外に行かせたがらなかったという事情もあったのですが」

 まるで心当たりがなく悶々とするカケルに、アリシアはお伽話でも聞かせるような口調でゆっくり言の葉を重ねていく。

「そしてそれは十六歳となった今でも変わらず、外には危険がいっぱいだと周りの方々に教えられながらも、窓から見える景色を眺めては、世界には一体どんな人や街、獣や植物で溢れているのだろうと夢見ていました。わたくしにとって外の世界とは、書物で読んだ知識と想像でしか知りえないものだったのです」

 世間知らずにも程がありますよね、と自嘲気味に苦笑するアリシア。

「そんな時でした。城という堅牢な檻の中で、カケルさんに出会ったのは。

 わたくしが初めてカケルさんを召喚した時、無事に魔法が成功したという感慨ばかりに頭がいって、正直カケルさん自体に対する印象はあまりありませんでした。せいぜいが、異世界の民なだけに珍しい格好をしているな、ぐらいだったと思います」

 言われてもみれば、アリシアを初めて目にした時も、感動したように瞳を潤わせて喜色に輝いていたが、カケルに好印象を抱いている節はまるで無かった気がする。いきなり異世界に召喚されて狼狽していたせいもあるが、今頃になってこんな事に気付くとか、自分も大概ぼんやりした奴である。

「ですがその印象も、こうして何度も逢瀬を重ねていく内に変わっていきました。

 カケルさんからしてみれば、魔王討伐だなんて無関係の──それこそ命懸けの旅だというのに、そんな素振りはおくびにも出さず、行く先々で楽しそうに今までの旅路を話すカケルさんを見て、なんて芯のお強い方なのだろうと深い感銘を受けました。

 それだけではありません。各地で出会った人々や魔物との熾烈な戦い、不思議な光景や秘宝が眠るダンジョンに入った時の話──どれもがとても新鮮で、自分が体験したかのようにワクワクしてしまいました。

 いつでもどこでも幸せそうで、危険な旅にも関わらず楽しそうにしているカケルさんの姿がとても羨まして眩しくて──いつしかわたくしは、そんなカケルさんに恋心を抱くようになっていたのです」

 薄っすらと頬を朱に染めて、熱の籠った視線をカケルに向けながら、アリシアは訥々と語る。

「わたくしにとってカケルさんは、我が国を救う勇者というだけでなく、童話に出てくる王子様のように見えたのです。いつしか閉じ込められた檻をこじ開けて、お姫様の手を引いて外の世界へと連れ出してくれるわたくしだけの素敵な王子様。

 そんな事、この国の王女である以上は決してありえてはなりませんし、わたくし自身も民達を見捨てるだなんて真似をするつもりはありません。

 それでもわたくしは、カケルさんに希望を見出してしまったのです」



 こんなわたくしでも、カケルさんと共にいられたなら、毎日が輝いた生活を送れるんじゃないかって──



 そこまで話し終えて、アリシアは呼吸を整えるかのように「ふう」と深く息を吐いた。

「勝手に幻想を押し付けて自意識過剰な女だとお思いでしょう。けれども、わたくしの想いに嘘はありません。

 だから今では、カケルさんと一緒に未来を築いていきたいと──心の底からそう思っております」

 そう言うアリシアの瞳は、秘境にある泉のように澄んでいた。

 見ているだけで吸い込まれそうなほど、曇りの無い一点の眼差しをカケルに向けて。

「あ、えっと、その……」

 ルトに続いてアリシアから二度目の告白を受けて、どう反応すれば良いか分からず、あたふたと意味の無い呟きを漏らすカケル。まさかこんな真っ正面から(と言っても、鏡越しだが)情熱的な告白をされるなんて、思ってもみなかった。それも一国の姫様に。

「あ、ありがとうございます?」

「いいえ、礼を言われるような事ではありません。結局、カケルさんを騙して利用していたのに変わりはないのですから」

 むしろ、責められて当然なぐらいです。

 そんな風に表情を陰らせて、「こんなわたくしでも」と縋るような瞳でカケルに言う。



「こんな愚かで汚れたわたくしでも、カケルさんは変わらず愛してくれますか?」



 そのまっすぐな質問に。

 カケルは。

 カケルは──

「オ、オレは…………」



 ──────ブンっ。



 と。

 突如として、テレビの画像にノイズが走ったかのように、アリシアの姿が急にぶれ出した。

「もう時間切れのようですね……」

 至極残念そうに眉尻を下げるアリシア。この通信魔法には色々と難点があり、いつまでも会話が続けられると言うわけではないのだ。前回の時もそうだったし、初めの頃なんて通信がいきなり途絶えた事もあるくらいだった。

 原因は多々あるみたいだが、魔法に詳しくないカケルには窺い知れない苦労があるのだろう。

「それではカケルさん。名残り惜しくありますが、お話しもこれで終わりにしますね。

 最後になりますが、カケルさんが今手にしているその手鏡──それだけは絶対に手放さないようにして下さいませ」

「これですか?」

 言って、腕を掲げたまま、手中の鏡の背を見やる。

「元からそのつもりはないですけど、でもどうして?」

「それがないと通信ができないという理由もあるんですが、その手鏡にはある魔法を掛けてあり、持ち主が絶命するとその鏡も割れるようになっているんです。

 そしてその鏡が割れると、わたくしの手元に戻るようにも魔法の力が込められていて、言わばカケルさんの生存を知らせる大事な役割を担っているわけなんです」

「え、じゃあ何かの手違いで割れたりしたら大変なんじゃあ……」

「それは心配に及びません。ちょっとやそっとでは割れないよう、強化魔法が掛けてありますから」

 えらく用意周到だった。

 まあ向こうにしてみれば、国の行き先に関わる事だし、王様か誰かの命令でもあったのかも知れない。常に監視されているようで、気分の良いものではないが。

 そうこうしている内に段々とアリシアの姿が透け始め、鏡から出る光も弱まってきた。完全に消えるのも時間の問題だろう。

「またいつこうして話せるかは分かりませんが、一刻も早い魔王討伐の一報を聞ける事を心待ちにしております」

 ──そして次に会う際は、先ほどの問いに対するお答えもぜひ。

「では、カケルさんの息災と再会を遠い地から心よりお祈りしております」

 そこまで言って。

 アリシアの姿は、燐光と共に跡形も無く消え去った。

 空へと散りゆく燐光を眺めながら、カケルは「はあ〜」と長い嘆息を吐いて、掲げていた鏡を力無く下ろした。

 微風による葉擦れと虫達の不協和音が辺りを包む。静寂と言っても遜色ない雰囲気に、カケルの心も次第に落ち着きを取り戻す。

 湖に一粒の水滴を落としたような、静かな波紋だけを残しながら。

「………………」

 いつになく、今回の会話は緊張してしまった。殆ど近況を告げる間もなく終わってしまったのだが、これで良かったのだろうか。アリシアからしてみれば、カケルの元気な姿を見れただけで満足だったのかもしれないが。

「これが魔王と出会う前なら、きっとはしゃいでたんだろうなあ」

 これまで面と向かって好意を告げられた事が無かったので、アリシアのあの告白には本気で驚いた。なんとなくそんなに好かれてはいないんだろうなとは勘付いていたし、それも魔王であるルトを倒せば印象も変わるだろうと今まで気楽に構えていたが、まさかこんな時に告白されるとは。タイミングが悪いったらありゃしない。

「というより、悪いのはオレの方だよな……」

 元々の発端は、自分の軽率な行動である事に違いはない。故に、アリシアには何の非も無いのだ。カケルを政治利用していた云々は別にして。

 そう、アリシアは悪くない。

 全ては、自分の責任なのだ。

 だからあの時、アリシアからの告白を断ろうとしていのに、この後に及んで自分はまだ怖じ気づいて、結局何も言えないままに──



「────カケル?」



 と。

 虫の騒然さに混じって、不意に聞き慣れた──けれど、何故だかひどく懐かしく感じる少女の声が、背後から聞こえてきた。

 振り向くと、そこには。

「──少しだけ、いいか?」

 儚げな笑みを浮かべたルトが、蒼い月の光に照らされながら、寂しげに佇んでいた。



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