第27話 亡き王女のためのパヴァーヌ
「今までろくに連絡ができず、本当に申し訳ありませんでした。言い訳になってしまうかもしれませんが、どうにもここしばらく、天候が安定しなかったものですから……」
と。
姫様──もといアリシアが、言葉通り申し訳なさそうに眉尻を下げて低頭した。
「いやいや! 頭を上げてください姫様! 天気が悪かったのなら仕方ないですよ。蒼月の光が無いと上手くいかないのなら、尚更」
「そう言ってくださると、心救われます」
およそ平民に接する態度とは思えない畏まったその言動に、恐縮しつつも必死にフォローを入れるカケル。そんなカケルに対し、アリシアはゆっくり顔を上げて、ホッと安堵したような笑みを零した。
そんな何気無い──アリシア本人してみれば普段通りの表情に、カケルは暫し目を奪われる。一つ一つの所作に気品を感じさせるというか、世界最高峰の荘厳な景色を目の当たりにしているかのような、そんな神々しい存在を前にしている気分になってしまう。
何となく、無意識に萎縮してしまうだけのカリスマが──他を圧倒させてしまうだけの美しさが、この少女にあるのだ。よくもまあこんな超絶美少女に、昔の自分は婚約を申し込むだなんて無茶な真似をしたものである。
そしてそのまま、カケルは久方ぶりに相するアリシアの姿(正確には、魔法で実物を映し取った姿なのだが)を矯めつ眇めつ眺める。
天から降り注ぐ光の梯子のように煌めく、淡いブロンド色のゆるふわショート。宝石かと見紛うばかりの美しいエメラルドグリーンの瞳。肌は毛穴一つ見当たらない、実にきめ細やかな色白で、水で打てば勢い良く跳ね返りそうなほど瑞々しい。目鼻立ちも文句どころか、溜息が零れるほど完璧に整っていた。
目が行くのは顔の造形ばかりではない。その肢体はすらりと細長く、腰も無駄な贅肉など無く、きゅっと引き締まっている。普段は絢爛豪華なドレスを纏っているらしいその身を、儀式を行う為の正装なのか、修道服にも似た純白の
アリシア・ロゼッタ姫。
ロゼッタ国の第一王女にして、天使の生まれ変わりとも称される聖少女。
そして、先祖代々から伝わる勇者召喚の魔法を継承した、最高位の魔法使いでもある。
もっとも、使える魔法は微々たるもので、先述の勇者召喚にしろ、数々の道具と魔法使い達の協力を介してようやく扱えるどうかの不安定なものであり、その他にしても、戦線や日常生活で重宝されるようなものではない。今アリシアが発動しているこの通信魔法一つ取っても、成功させるには色々な条件が必要となり、正直使い勝手が良いとはお世辞にも言い難かった。
とは言え、どの魔法もアリシアの繊細な技術と並々ならぬ魔力があってこその賜物であり、そういった点がアリシアを最高位の魔法使いたらしめているワケでもあるのだが。
ちなみに補足しておくと、爆乳である。
大事な事なので二回言うが、爆乳である。
爆乳なのである!!!!!!(あ、三回言っちゃった)
目測だが、おそらく愛カップもといIカップはあるのではなかろうか──そう判断せざるを得ないとてつもなく大きな二つの果実が、白布をこれでもかと言わんばかりに押し上げてらっしゃるのだ。おっぱい様が降臨されているのだ。ロケットおっぱいがボインボインなのだ!
姫様で美少女で爆乳──この三種の神器を前にして、果たして籠絡しない者なんて存在するだろうか。いや、存在するはずがない(反語法)。
「あの、カケルさん? そうじっくり見られると、さすがにわたくしも恥ずかしいものがあるんですが……」
「えっ。あ、すんません! 姫様のあまりの美しさについ見惚れてしまいました!」
「ふふ。相変わらずお世辞が御上手ですね」
いや、決してお世辞なんかではないのだが。この姫様はどうも自分に対する評価が低過ぎる。
「それにしても、特にお変わりない様子で安心しました。惜しむらくは、鏡越しなのでカケルさんの顔しか見られないのが残念ではありますが……」
「ああ、そちらでは鏡でしかこっちの様子が見られないんでしたっけ」
こちらではアリシアの姿が立体映像のように浮かび上がって見えてはいるが、向こうでは儀式で使っている円鏡でしかカケルの姿を映せないらしい。つまり、精々がカケルの顔ぐらいしか向こうには見えないのだ。
だがそのおかげで、腹部の傷を悟られずに済んで幸いだったと言えるかもしれない。もっとも、上着で隠れているので分かりはしないだろうけど。
「でも、こうしてカケルさんのお姿が何事もなく見られて安心しました。連絡が取れない間、ずっとどうしているか心配だったんです」
「オレもです姫様。姫様の笑顔がまた無事に見られて、気分はハッピーマテリアルです!」
「仰っている意味は分かりませんが、本当にお元気そうで何よりです」
と、上品に口許を綻ばすアリシア。さすがお姫様なだけあって、表情一つでも所作に隙が無い。
「ところで、カケルさん? 少し気になってはいたんですが、わたくしと話している間は『姫様』でなくアリシアと名前で呼んでもらってもよろしいんですよ? 以前にもお願いした事でもありますし」
「あー、まあ確かにそんなお願いをされましたが、やっぱり姫様を名前で呼ぶには少し抵抗が──」
「……ダメでしょうか?」
「うっ」
思わず仰け反るカケル。
これはいけない。反則過ぎる。そんな潤んだ瞳で可愛く頼まれたら、嫌だなんて言えるわけじゃないか。悪逆皇帝のギアスぐらい抗えるはずがない。
「えーと……それじゃあ、アリシア様で」
「別に、アリシアと普通に呼んでもらって構わないんですよ?」
「いや、ここはやっぱりアリシア様と呼ばせてもらおうかと」
「……思っていたより、強情な方なんですね」
ですが、無理強いは良くありませんね──と残念そうにアリシアは苦笑を浮かべて、妥協を口にした。つーか、何だこの会話は。まるで付き合ったばかりのカポーみたいではないか。これがもし第三者だったなら、
「爆ぜろリア充! 弾けろシリアス!」
と呪詛を唱えていたところだ。
「では改めて、カケルさん」
「あ、はい。アリシア様」
「……カケルさん」
「……? アリシア様?」
「ふふふ。名前を呼ばれているだけなのに、何だか少しこそばゆい感じがしますね」
何この人。外見だけでなく反応も可愛い過ぎる。そんな頬を赤らめて恥ずかしがって、姫様が可愛い過ぎて生きるのが辛くなるではないか。もうダメかもしれんね(理性が)。
「すみません。あまり殿方に名前を呼ばれた事がありませんでしたから、何だか新鮮で、つい」
「はあ」
「それも、その、お慕いしている方なら尚更と言いますか……。ヤダっ。あたくしったら殿方の前で何てはしたない事を……!」
「………………」
顔を両手で隠して身をよじらせるアリシアとは反面、冷や汗を流して口を閉ざすカケル。
おかしい。いつの間に自分はアリシアに恋愛フラグを立てていたのだ。しかもこんなあからさまに。
とは言え、兆候が決して無かったワケではない。前回会った時も『だいぶ打ち解けてきたかな?』という実感を持てたし、初めて会った頃に比べてだいぶ態度が軟化しているのだ。今まではもう少し表情が硬かったと言うか、無理に合わせていた感じだったのに。
これも地道にコミュニケーションを取ったおかげなのだろうが、しかしここまで気持ちをはっきり伝えるほどでは無かったはずだ。一体彼女の中でどういった心境の変化があったのだろうか。
それより何より、動揺しているのは自分に対してだ。これまでは遠回しながらもちゃんと自分の想いを告げられたというのに、今では正直困惑しかないのだ。散々アリシアに求愛しておきながら、だ。
今でもまだ、アリシアにドキっとする瞬間はあるにはある──が、それはアイドルに抱く憧れに近いものがあって、今までのような胸の高鳴りを、全く感じなくなってしまったのだ。
それはきっと、アリシアに対する恋心が自然に冷めたとかではなく。
ルトとの鮮烈な記憶が──彼女と幾度となく交わした逢瀬が、アリシアへの想いを上回るほど濃厚だったのだと思う。
果たして、その感情は『好き』と公言できるものだろうか?
フレイヤが言うような、自分の全てを捧げられるほどの愛をルトに対して抱いていると、心の底から言い切れるだろうか──?
「……ルさん。カケルさん?」
「へ?」
先ほどまで物思いに耽っていたせいだろう──アリシアに呼ばれていた事に気が付かなかったカケルが、ハッと我に返って「すみません! またボーッとしちゃって……!」と慌てて頭を下げる。
「ああいえ、どうかお気になさらず。ですがどうかしたのですか? なにかとても悲愴というか、苦心されているような感じでしたが……」
心配げに瞳を揺らすアリシアに「何でもありませんよ」と努めて笑顔を作って言葉を返す。
言えるわけがない。こうしてアリシアと話しているのに、ルトを──他の女の事を考えているだなんて。
今更婚約を無かった事にしてくれだなんてふざけた言葉、アリシアに言えるはずなんて──
「こんな事を言うと、幻滅されるかもしれませんが」
と、未だ表情が冴えないカケルに思う所でもあったのか、アリシアは妙に重々しい雰囲気を漂わせて、そう不意に切り出した。
「本当の事を申し上げると、わたくしはカケルさんと婚約するのは嫌だったんです」
「え……?」
全く予想だにしていなかったアリシアの言葉に、思わず面食らうカケル。
やはり驚かれますよね──と苦渋そうに俯きながら、アリシアは続ける。
「突然こんな事を口にしてしまって申し訳ありません。ですが、もう少しばかり静聴して頂いてもよろしいでしょうか?」
わたくしの身勝手な懺悔を──
そう言うアリシアに、カケルはしばし逡巡した後、
「わかりました。オレもどうしてか気になりますし」
と返した。
「ありがとうございます。……先ほども述べました通り、当初カケルさんとの婚約は本意ではありませんでした。ただ一つ弁解させてもらえば、決してカケルさんと婚約する事自体が嫌だったというワケではないのです」
それを聞いて内心ホッとした。こんな女神様に実は嫌われていたとか、あまりにもショックがでか過ぎる。もしそうなったら、
「元々わたくしは誰かとお付き合いするつもりなどなく、今までも何人かの殿方に交際を申し込まれた事があったのですが、大変心苦しく思いながらも全てお断りさせて頂いていました」
酷い人間ですよね、と顔を陰らせながら呟くアリシアに、「そんな事ありませんよ」とカケルは
アリシアほどの美貌の持ち主だ──言い寄って来る男など、それこそ星の数ほどいるだろう。その気持ちを受け取るかどうかは本人次第だし、その事にあれこれ指図される謂われなどあるわけがない。
「それなのに何故カケルさんだけは婚約を受け入れたのかと言うと、それはこちらの勝手な理由でこの世界へと強引に召喚してしまったという負い目もあったのですが、実は──」
「王様の──お父さんの意思でもあった、という事ですか? それも国の将来に関わるほどの」
「……もうお気付きになられていたんですね」
正確には、フレイヤの言葉──それも散々悪罵の雨を浴びせられて気付かされたのだが、今の会話にはあまり関係ないので黙っておく事にする。
「仰る通り、婚約の承諾はあたくしの意思ではなく父の──陛下による意思です。ですがそれは親としての立場ではなく、王としての決定でした。これも民を──ひいては国を守る為に、迷いに迷って決めた事だったのです」
「国を守る、ですか?」
「はい。カケルさんからしてみれば、迷惑でしかないのでしょうけれど……」
そう心苦しそうに目を伏せて、「そもそも」と話を続けるアリシア。
「カケルさんは、何故ご自分がこの世界に召喚されたのかお分かりでしょうか?」
「え、そりゃあ魔王を──世界を滅ぼそうとしている存在を倒す為じゃないんですか?」
まあ、実際は全然違ったのだが。
「それも一理──いえ、むしろそれが大前提となってくるんですが、わたくし達がカケルさんを召喚した理由は、
魔王を倒した勇者──かの最強にして最恐の存在を屠ったその人物を──
他国に対する牽制として、我が国に迎える為だったのです」
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