第25話【番外編】やはりお義母さまとのラブコメはまちがっている



 これは、もうひとつありえた可能性の話。

 話は、カケルが先代魔王フレイヤに初めて接触した頃まで遡る。



 ◇◆◇◆◇◆



「ふーん。ルーちゃんから話は聞いていたけれど、本当に勇者らしくない格好をしているのねえ。まあ、見た目はあたし好みの童顔だけど」

 聖堂と似た広さの薄暗い部屋。蒼い炎を放つ燭台の淡い光の中で、豪奢な玉座に足を組みながら腰を落としている女性──もとい、先代魔王にしてルトの母親であるフレイヤが、蠱惑的な笑みを浮かべながらカケルを眺めていた。



 全  裸  で



 …………。

 ……………………。

 おかしい。

 何かがおかしい。

 ルトからフレイヤが会いたがっているという話を聞いて、ビクビク怯えながらここまで訪れたのに、どうしてこんな絡みつくようなねっとりとした視線を向けられているのだろう。自分の予想では、てっきり娘であるルトを孕ませてしまった件で断罪されるものだと、こうして冷たい床の上を正座して身構えていたのに。

「あら。どうしたのカケル君」

 恥ずかしげもなく、むしろ自分の美貌を見せつけるかの如く、そのたわわに実った大きな胸を張るフレイヤに、カケルは目のやり場に困りつつも戦々恐々とした面持ちで次の言葉を待つ。

「随分と恐縮しちゃってるじゃない。ルーちゃんから聞いた話じゃあ、もっと自分に正直な子かと思っていたのだけれど。すぐさまあたしにルパンダイブするくらいに」

「あはは。いやー、ソンナコトナイデスヨー?」

 思いっきりカタコトで言葉を返すカケル。疑ってくださいと言わんばかりの不自然な口調だった。

 そもそもルトの件さえなければ、言われなくても誘いに乗ってその魅惑のバデーにむしゃぶりついていた所なのだ。今はどうにか理性でリビドゥを抑えつけてはいるが、それもいつまで持ちこたえるかも分からない。それくらい目の前の銀髪美女(しかも凹凸のはっきりとした素晴らしいお身体だ)は魅力的なのだ。百年以上生きている魔族らしいが、どう見ても二十代後半ぐらいにしか思えないし。

 何より、目を惹くのはその胸だ。バストだ。おっぱいだ! ──さすがはあのルトの母親と言ったところか。とても美しい形をしているのである。

 ツンと若々しく上に張った乳房。されど揉めばマシュマロのような柔らかい弾力で手のひらを包み込んでくれそうなそのもっちり感。色艶の良い健康的な肌が、一層男子のとある部分を隆起させる。具体的にどことまでは言わないが。

 そして、この巨乳っぷりである。

 間違いない。あれはFカップだ。



 フリーダムのFだ。

 フロンティアのFだ。

 ファンタジスタのFだ!!!!



「──我が人生に、おっぱいの悔い無し……!」

「言ってる事は下劣なのに、ホント心の底から嬉しそうな顔をするわねぇ」

 いけない。感情が昂ぶるあまり、つい心の内を吐露してしまった。

「ふふ。でもそういう素直な子は好きよ。とても好感が持てるわ」

 と口許を綻ばせながら、実に優美な動作で足を組み直すフレイヤ。にも関わらず、絶妙な角度で大事な部分が隠れて見えなかった。おのれチラリズムこんちきしょーめ。

「それで? さっきまで何か言いたそうにしていたようだけれど、何かあたしに訊きたい事でもあるのかしら?」

「あー。まあ、あるっちゃあると言うか……」

「ちなみに、あたしの性感帯は乳首と太腿よ」

「………………」

 まだ言ってません。訊いてもいません。でも参考にさせて頂きます。

「えーっとですね、じゃあせっかくなので訊かせてもらいますが……」

 ごほんと咳払いをして場を取り直しつつ、カケルは意を決してフレイヤに問い掛ける。

「何で服、着てないんですか?」

「カケル君……」

 フッと乾いた笑みを漏らしつつ、まるで無知の幼子を諭すような生温かい視線を送って、フレイヤは言の葉を紡ぐ。



「人は人、服は服よ?」



 全く説明になっていなかった。

「えっ。ええ? あの、ワケがさっぱり分からないんですが……?」

「つまりね、あたしはありのままの姿でいるのが好きなのよ。服を着ていると、何だか生まれたままの自分を否定されているようで嫌なのよ。カケル君もあるでしょう? 服に支配されていたくない──街中をヌーディストな姿で練り歩きたいって時が」

「ああ。あるあ……あったっけ?」

 いかな変態紳士を自負するカケルと言えど、その発想までは思いつかなかった。



 結論から言おう。

 フレイヤさんは疑いようのない変態だった。

 それも、露出狂という名の。



 ……………………。

 あれ? むしろこれって、なまら最高なシチュエーションなんじゃね?

 ──などという考えが頭をよぎったが、ルトの母親である以上襲うワケには勿論いかないので、カケルにしてみれば生殺しもいい所だった。

「それにカケル君も悪い気はしないでしょう? どう? ムラムラビンビンしてこない?」

「ぶっちゃけ、ウルトラまぐわいたいです」

 あ。またして本音がだだ漏れてしまった。すぐに軌道修正せねば。

「──というのは冗談でして、そのままの姿だと正面が向けないので話しづらいと言いますか、どうにかしてほしいと言いますか……」

「あら。あたしなら別に全然気にしていないわよ。さっきも言ったけれど、裸でいるのはあたしのスタンスだし、それ以上に……」

 と、フレイヤさんは前屈みになりながら頬杖を付きつつ、カケルに挑発的な笑みを向けて言う。



「あたしは、最初からそのつもりで裸のままでいるんだから」



「お、おおう……」

 前屈みになっているおかげで、太腿の上で押しつぶされているフレイヤの胸を見て、思わず言葉にならない呻き声を漏らすカケル。

 何という破壊力。これはカケルのようなおっぱいソムリエでなくても、男子ならば誰でもこうかはばつぐんだ!

 駄菓子菓子、もとい、だがしかしだ。

 ここで下半身の命じるままに暴走したら、それこそ一巻の終わりだ。ルトを妊娠させて、その上母親まで押し倒しとなってはバッドエンド一直線だ。この若さで、悲しみの向こうにマッハGoGoGoするわけにはいかない。

「あらー。意外に強情なのね」

 未だ粘り続けるカケルに眉をひそめつつ、フレイヤはゆっくりと上半身を起こす。

「これでも結構誘惑しているつもりなんだけれど、こうなったら、最終手段に出るしかなさそうね」

「え? 一体何を……」

 困惑するカケルをよそに、フレイヤは意味深に笑みを深めつつ、組んでいた足を解き始める。

 そして、ついに。

 満を待して、その御本堂が。



 御 開 帳 へ と !



「ああ……ああああああああああああああああああああ!!」



 カケルは絶叫した。

 開かれた本堂から神の祝福めいた後光が差し、圧倒的な光の奔流が茫然自失とするカケルを呑み込み、世界を白く染め上げる。

 さながら、それはベジータのエネルギー波を喰らって塵芥と化すナッパのようでもあった。

 無論、全てカケルの錯覚でしかないのが。

 さりとて、そんな幻に囚われてしまうほど、素晴らしいの一言に尽きる光景だったのである。

 果たして、それは何か。



「パイ○ン……だと?」



 そう、パイ○ンだったのだ。

 それも毛穴一つ見当たらない、天然100%の。

 敢えてもう一度言おう。



 パ イ ○ ン だ っ た の で あ る !



 ……ルトに続いて、まさか二人目のパイ○ン。

 ひょっとして魔王一族は、皆パイ○ンだったりするのだろうか。そう思うと、思わず喉を鳴らさずにはいられない。ゴクリンコ。

「うふふ……。目論み通りいったみたいね」

 計画通り、と妖艶に目笑しながら、おののくカケルの元へとフレイヤは歩みを進める。それも一切秘部を隠そうともせずに、悠々と。

 淫らだ。大変に淫らだ。ダイミダラーだ。そのいっそ勇ましいとも言える艶姿に、カケルの前しっぽ(隠語)も準備万端とそそり立つ。

「どうカケル君。ようやくあたしとエッチな事をする気分になった?」

「いやいやいや。というよりオレ、てっきり娘さんと妊娠させてしまった件で、シリアスな話を展開するものとばかり思ってたんすけど……」

「そういうのは、別の世界線のあたし達がもうしてるから、別にいいのよ」

 今何か、すごくメタい事を言われたような気が。

「でもやっぱり、娘さんとやらかした上、その母親とまでヤっちゃうというのは、さすがにどうかと……」

 最後の理性でどうにか踏み止まるカケルに「確かに、倫理的にはいけないのかもしれないわね」と神妙な顔で言葉を返すフレイヤ。

「それでもね、カケル君」

 と、カケルのすぐそばへと歩み寄ったフレイヤは、おもむろにその場で屈み、視線をじっと合わせて先を紡ぐ。

「あたしにはカケル君しかいないの。略奪愛だなんて──それも娘の恋人を寝取ろうとするなんて最低な行為だと自分でも分かってはいるけれど、それでも、あたしを満たしてくれるのはカケル君しかいないの」

「……何でそんな、会ったばかりのオレにそこまで……」

 先ほどまでの妖艶な表情を浮かべていた時とは打って代わり、まるで縋るような潤んだ瞳で懇願するフレイヤに、カケルは疑問を抱いて訊ねる。

「……カケル君はね、あたしの好きだった人にそっくりなの」

 もういなくなっちゃったけどね、と付け加えながら、フレイヤは静々とした口調で続ける。

「その人の事がね、今でも忘れられないの。時折、夢にまで出てくるくらいに。

 そんな時にね、ルーちゃんからカケル君の話を聞いたのよ。そしたら、好きだった人と特徴が何もかもそっくりだって聞くじゃない。そしたら居ても立ってもいられなくなって、気付いた時には裸でカケル君を出迎えていたってワケなの」

 なるほど。そのかつて好きだった人と似ているらしいカケルの話を耳に入れ、こうしてここまで呼ばれて来たという事か。

 そうして対面してみれば、意中の相手と酷似したカケルが現れた──。

「最初は半信半疑だったのよ? でも実際に見てみたら、本当にあの人そっくりだったんだもの。とてもビックリしたわ。同時に確信した。この子になら、あたしの全てを捧げても構わないって」

 言って、唐突にカケルの手を取り、胸元へと寄せるフレイヤ。

 まるで己の胸の高鳴りを、カケルへ伝えようとせんばかりに……。

「フ、フレイヤさん……?」

「だからねカケル君。君へのこのありったけの愛を、この一言に込めるわ」

 すう、フレイヤは深く息を吸って瞑目した後。

 何を言われるのだろうと緊張で顔を強張こわばらせるカケルに、フレイヤは思いの丈を大いにぶちまけた。



「カケル君と、合体フュージョンしたいっ!」

「あれ!? どうしてこうなった!?」



 そこは愛するカケルに求婚を申し込むとか、そういう場面ではなかったのか。展開が予想斜め上過ぎて、正直躊躇いしか覚えない。何が何やらでワケが分からないよ。

「もうダメ。我慢できないわ。カケル君、あたしとしよう? 愛しさと切なさと心強さが溢れるくらい、カケル君の錆び付いたマシンガンで今を撃ち抜きましょう?」

「まだ錆びちゃいないっすよ! 今でも現役ビンビンで──って、どこ触ってんですかフレイヤさん!? あっ。そこはらめぇぇぇぇぇ〜っ!」

 カケルの誰得な嬌声が、辺りに虚しく響き渡る。

 そうしてカケルとフレイヤは、夜が明けるまで存分に快楽をむさぼったのであった……。



 ◇◆◇◆◇◆



「一体いつまでそうしているのかと思っていたら、何をブツブツ気持ち悪い妄想を垂れ流してんデスかアンタ」

「アイエエエ!? 医者っ!? 医者ナンデ!?」

 突然背後から声を掛けられ、カケルは驚愕しながら後ろを振り返った。

 そこには医者──もといミランが、心底くだらないモノを見たと言わんばかりのジト目で佇んでいた。

「先代様の部屋──もとい地下へと続く階段へと連れて行った後、念の為また様子を見に来てみれば、アンタ……」

「ちなうんですちなうんです! というか居たのなら言えよ! ビックリしただろうがっ!」

「だってこんな面白そうなもの、途中で止められるわけないじゃないデスかやだー。まあ実際、単にキモかっただけでしたが」

「貴様……!」

 つまり、あれか。要約すると、今までの妄想をじっくり聞かれいたという事になるのか。何それ死ねる。恥ずかし過ぎて墓穴があったら入りたいくらいだ。まあ、無自覚に口を開いていたらしい自分が一番悪いのだが。

 でも仕方ないではないか。今からルトの母親に会って罵倒されるのかもしれないと思うと、妄想の世界に逃げ出したくなってしまったのだ。確かにちょっと都合の良過ぎる設定だったかもしれないが。

「それにしてもまあ、よくあそこまで具体的な妄想を広げられますネ。ここまで来る前に先代様の人となりは説明しておきましたけども、童貞を拗らせた魔法使いでさえ、そこまで妄想豊かではありませんヨ。つくづく身悶えするような酷い内容にマジ引きましたワー」

「もうやめてよぉ! オレのSAN値はとっくに0よ!?」

 あまりの羞恥プレイに、顔を覆ってかぶりを振るカケル。自業自得とはいえ、これはきつい。

「それならとっと先代様の元へと行かれたらどうデスか? 足踏みするのも分からないでもないデスが、あんまり待たせるのも返って印象を悪くするだけデスよ?」

「うーん。いや、でもさあ……」

 ミランに促されて、改めて真横の階段を見るも、何だか奈落の底に繋がっているようで、どうしても決心が鈍るのだ。また階数がやたらに長く、薄暗いせいで先が見えにくい所も、より恐怖心を募らせる。願わくは五体満足、平穏無事に済めば良いのだが。

「やっぱ心の準備というか? いきなり会いたいと言われても、こっちとしては事前にイメトレしておきたいというか? そりゃあ一人娘を孕ませてしまったんだから、早めに謝っておくべきなんだろうけど、だからと言って差し入れも無しに行くのもそれはそれで心苦しいというか──」

「いいから、早よ行けヤ」

「にゃんぱすーっ!?」

 話の途中で突如ミランに蹴り上げられ、カケルは無様にも階段を転げ落ちていく。

「それでは、愛愛愛に撃たれてバイバイバイ」

「てめえぇぇぇぇ! 後で覚えてやがれぇぇぇぇ!」

 腹の立つほど清々しい笑顔を浮かべて手を振るミランに、カケルはあらん限りの怨嗟の念を込めて叫んだ。



 これより後、カケルの願い虚しく、フレイヤによって散々しぼられる事となるのだが。

 それはまた、別のお話。

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