第21話 セ◯ムしてますか?



 魔王城地下二十階。普段は幹部クラスの者でさえ許可なく立ち入る事ができない所に、先代魔王のいる部屋がある。

 先代魔王。

 文字通り、現魔王であるルトより前に魔族の頂点を張っていた王の事だ。噂では歴代最強と謳われるルトに負けず劣らずの実力を持ち、隠居した今でも陰ながら魔王城を支えているとも聞く、相当の大物である。

 しかしそれとは別に、カケルにしてみれば軽々に流す事のできない重大な意味合いも持つ。



 ルトの母親。



 そう──ルトの生み親なのだ。

 つい先ほど、カケルの子を身籠ったと耳を疑うような爆弾発言をしたルトの、実の母親。

「まるで、完全体セルに勝負を挑まれたラディッツみたいな気分だ……」

 自分でもよく分からない喩えに首を傾げつつ、長い石造りの階段を淡々と──されど心持ち重い足取りで下りていく。

 階段を下り始めた当初は陽光も行き届いていた事もあってさほど気に留めていなかったが、階が減るにつれ、だんだんと薄暗くなってきた。

 ポツポツと壁際にロウソクの火が灯ってはいるが、如何せん足下が暗くて気が抜けない。まるで今のカケルの心情を表しているかのようだ。

 憂鬱、という意味で。

「オレに会いたいって、これどうみても説教フラグだよなぁ……」

 溜め息混じりにそう呟きつつ、足を滑らせないよう壁伝いでゆっくりと階段を下りていくカケル。

 一体どれだけの時間が経ったのだろう。もうそろそろ二十階に着いていい頃合いだと思うが、まるで最深部に近付いている気がしない。段差が長いせいもあるのだろうが、自分の下りるペースが遅いのが何よりの原因だろう。

 気の重さが足の重さと直結しているというか。

 一歩ずつ──いや、この場合一段ずつと表現した方が適切か──兎にも角にも先を進む事に重さが増していってるかのようだ。

 そういえば。

 と、ここまで来る前に──正確にはルトから母親の事を聞かされた後のミランとの会話を思い出す。



『何だか家族に自慰行為を見られた後の息子みたいな顔をされてますが、まあ覚悟を決めて行くしかないとワタシは思いますヨ。親にしてみれば「娘を孕ませた責任取ってよね!」ってやつでしょうし、会わないワケにはいかないでしょうから』



 とミランにさとられて、不本意ながらも──というかめちゃくちゃ嫌々ながらも、こうしてルトの母親のいる所に向かっているのだった。

 娘を孕ませた──その鉛のように重い言葉に、強制的に突き動かされたような形で。

 もしくは、鎖に繋がれて無理やり引きずられているかのような感覚で。

 ルトにはこんな不謹慎な事、口が裂けても言えやしないが。

 というか、口にしたら物理的に裂かれそうだ(主にミランに)。

 などと考えている内にようやく最下層に辿り着いたのか、長かった階段は終わりを告げ、曲がり角の無い一直線の通路に出た。

「さしずめ、死刑台へのグリーン・マイルって感じだな……」

 ルトの母親が何の目的があってカケルを呼び出したのかは分からないが、あまり穏やかな用件でないのは確かだろう。願わくは、五体満足無事で済めばいいのだが。

 その為にも、今は頑張るしか他ないのだろう。

 正直、全力で逃げたい気分ではあるのだけれど。

 カケルさん@がんばりたくない。

 とは言え、本当に頑張らなかったら命の保証がない。現実から目を逸らさず、いい加減そろそろ腹を決めるしかないか。

 抗えそうにない運命という名の導きに、カケルは重い溜め息を吐きつつ、暗い通路を渋々歩いた。




「何だここ……」

 通路を抜けると、かなり奥行きの広い空間に出た。

 ちょうど、カケルが通っていた高校(特に偏差値も高くもない、至って普通の学校だ)と同じくらい面積だろうか。天井だけやたら高く、真っ暗闇で灯り一つ見えてこない。ロウソクがちょろちょろと壁に掛けられているが、ここまでの道中同様、微妙に薄暗くて気味が悪かった。

 それでもよく目を凝らして前方を見てみると、カケルの身長よりやや高い程度の扉と、その両隣りに巨大な石像が鎮座していた。まるで雷門を守る雷神像と風神像のような有様だ。どちらと言うと、銭湯で現代にタイムスリップしてきたローマ人みたいな見た目ではあるが。

「……あの扉の向こうに、ルトの母親が待ってるのか?」

 幻覚だろうか。あの扉からゴゴゴゴゴという凄みのあるオノマトペが浮かんで見えてくるのは。

「まさか扉を開けた瞬間、血を吸う仮面に襲われたりしないよな……?」

 そんな風に恐々としつつ、ゆっくり歩を進めていくと──



 ポチッ



 と、ボタンじみた何かを踏ん付けたような感触がした。

「あー、うん。これはあれだねー。漫画やゲームでありがちな、あれなトラップがあれな感じであれ的な……」



 真上。

 それは突然、滝のような汗をダラダラと流しているカケルの頭上に、それこそ前振りなく無数の剣が振り注いできた。



「しぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 間一髪、とっさに真横へと飛んだカケルは、そのまま転がって次々と刺さる剣の山から距離を取った。

 グサグサグサ! と、剣が床に刺さる無骨な音が断続的に響く。

 もう剣は尽きたのか、体勢を立て直した時には、既に剣の雨はんだ後だった。

「あやうく、串刺しになるところだった……」

 突き刺さったままの剣を見つめながら冷や汗をダラダラと流してぼそりと呟くカケル。どうやら侵入者をミンチにしようとするぐらい、ここは剣の貯蔵は充分らしい。ホームセキュリティ過剰過ぎるぞオイ。

 さて、ともあれこれは困った。これでは扉にも近寄れない。先ほどの同じようなトラップが他にもあるかもしれないと考えると、どうしても二の足を踏んでしまう。完全に手詰まりな状況だった。

「とは言え、このままというわけにもいかんしな……」

 一度この広間に入ってしまった以上は、どこにトラップが仕掛けらているか分かったものではない。迂闊に入り口にも戻れやしないなんて、一体どんなクソゲーなのだ、これは。

 よしんば無事に戻れたしても、ルトの母親の心証は最悪だ。娘を孕ませておいて挨拶にも来ない最低野郎という烙印を押されてしまう。だったらトラップぐらい解除しとけよという話でもあるのだが、相当な親バカらしいし、この出迎え方も別段不可思議なものでもないのだろう。

「まいったな。ある意味究極のジレンマだぞこれ」

 うんこ味のカレーとカレー味のうんことどちらが良いかと訊かれたら、迷わずうんこ味のうんこ(美少女限定)と答えられる程度には思い切りのあるカケルではあるが、しかし命が関わるとなると話は別だ。そんな簡単に選べられるワケがない。

 命は地球より重いと言うが、あれは少し解釈を間違えていると思う。

 自分の命は地球より重いのだ。

 地球に──まして命に、重いだの軽いだのあるかどうかは知らないが。

 と。

 禅問答じみた、およそらしくない事を考えていた内に──



 扉の前に鎮座していたはずの二体の石像が、音を立てながら唐突に動き出した。



「──!? こいつ、動くぞ……!」

 などと、ネタを飛ばしている場合ではなかった。

 明らかに敵意剥き出しな感じの石像二体に、カケルは一切視線を逸らさないまま、静かに後ずさる。もはやトラップがどうとか考慮している場合ではない。



 ──先に仕掛けてきたのは、一番カケルに近付いていた右手側の石像だった。



 その石像はけたたましい足音と共に一気に肉薄し、攻撃の予備動作を取ってきた。

「くっ──!」

 大きく片腕を振り下ろしてきた石像に、カケルは前方横に──剣が突き刺さっている側に飛び込んだ。

 そして剣の一つに目星を付け、柄を握って床から勢いよく抜き取る。

 とその瞬間、待ってましたと言わんばかりに眼前に佇んでいたもう一体の石像が、蚊を叩く要領で平手打ちを繰り出してきた。

 その攻撃を反射的に剣で受け流し、すかさず腕を斬り落とそうと刃を全力で振り下ろす。

「かってぇぇぇぇぇぇッ!!」

 が、刃先すら通らないその硬さに、カケルは手の痺れを覚えつつ後ろに飛んで間合いを取った。

 横に並び立つ二体の石像を睨みながら、次の対策を練る。

 剣では無理。魔法は使えない。敵前逃亡をさせてくれるほどの隙もない。

 なら、一体どうするか──

 んなもん、とっくに決まっている。



 剣で斬れないのなら、それよりも斬れ味のある物でぶっ倒せばいい!!



「『我ここに、聖遺物召喚の儀を取り行う』」

 カラン、と剣を放り捨て、カケルは詠唱を始めた。

「『いにしえより語り継がれし聖なる剣よ。我がめいに従い、その姿を我の前に示せ』」

 詠唱を紡いでいく内に、カケルの足元に浮かんだ魔法陣が、輝かしい光を放って上昇していく。

 と、その異変を感じ取った石像が、すぐに行動を起こしてカケルの元へと詰め寄った。

 しかしそれは、今のカケルにしてみれば、時既に遅い反応だった。

「『愚かなる罪人に裁きの鉄槌を』」

 最後の詠唱を終えた同時に、カケルは攻め寄る石像に向かって正面から跳躍した。



「来い! 『デュランダル』──!」



 刹那。

 どこからともなくカケルの手に出現した一台のチェーンソーが、最も前方に出ていた石像の首を跳ね飛ばした。

 そして首が無くなった部分に飛び乗り、カケルは敵を見据えつつチェーンソーを構え直ながら言う。

「さあ──お仕置きの時間だ」

 不意に握り潰さんと猛然と掴みかかってきた石像の手を避け、再度天井高く跳躍するカケル。

「だらぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 そんな裂帛の気合いと共に、カケルは石像の頭頂目掛けて一気にチェーンソーを振り下ろした。

 ガガガガガ! と耳がつんざくような音を響かせながら、カケルは手を止める事なく石像を両断していく。

 そして真っ二つに斬り終えたその時には、ズンッ! と首を跳ねられた石像と二つに分かれた石像とがそれぞれ床に沈んだ後だった。

「──っっ。ああもう、まだ病み上がりだってーのに、勘弁してくれ……」

 ズキズキと刺すように痛む腹部に、たまらず床に手を付くカケル。さっきまでずっと我慢していたが、さすがに我慢の限界だった。

 見ると出血はしていないようだが、包帯に隠れて見えないだけで、実は傷口が開いているかもしれない。またミランに診てもらう必要がありそうだ。

 まあ何にせよ、ひとまずの危機は脱せたようで、ホッとし──



「あら。あの傀儡くぐつを一人で倒しちゃうなんてすごいわねぇ。あのルーちゃんをあと一歩といったところで追い詰めたというのは、まんざら嘘でもなかったという事かしら」



 と。

 唐突に聞こえてきたその声に、カケルは声の出処──扉の方へととっさに目を向けた。

「まあ、それぐらいでないと困るとも言ったところかしら。なんせルーちゃんのお腹にいる子には、当然君の血も受け継ぐ事になるのだから」

「あなたは……」

 淡々と言葉を紡ぐその女性に、カケルは驚愕を露わに注視した。

「はじめまして、になるのかしら。あたしがルーちゃんの母親にして先代魔王、フレイヤよ」

 先代魔王フレイヤは──

 未だ驚いた様子のカケルを見つめて妖艶に微笑みながら、当然のように凛然とそこに佇み、漫然のように獅子をも悄然とさせる威圧的な雰囲気を放ってそうのたまったのだった。



 ……全裸で。

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