第7話 また濃ゆいキャラが現れた



「近くを歩いていたら誰かの声がしたものデスから、気になって様子を見に来たんデスが、いつの間にか意識を取り戻していたみたいデスねー」

 抑揚のない──ともすれば、与えられた台本を何の感情も起伏も込めずにそのまま音読すればきっとこんな感じになるのだろうと言った、まるで覇気が感じられない静かな声音。聞く人によっては精気すら吸い取られそうなその棒読み声は、カケルの眼前に映っている黒い影──白いカーテンの向こう側にいる人物から発せられていた。

「意識を無くしてから一週間近く経っても目が覚めないものデスから、最悪一生このままかもしれないと危惧していましたが、どうやら杞憂で終わってくれたようで何よりデスよー」

 そんな言葉と共に、閉じられていたカーテンがシャッと開けられ、黒い影が姿を現した。

 その人物は、何と言うか──思わず言葉に詰まるほど異様な格好をしていた。

 歳はカケルとそう変わらないくらいだろうか──小柄な背に、痩身と呼ぶにはあまりにも華奢過ぎる体躯。一本足りとも混じり毛の無い長く綺麗な白髪は緩くおさげ風にして垂らしている。片目は何か眼病でも患っているのか、医療用の眼帯が。もう片方の目は、寝不足のせいなのか隈が色濃く残っており、眠たげに瞼を半分近く下ろして、こちらをぼんやりと見つめていた。

 そしてそれ以上に──これだけでも十分変わっていると言えるのに、そんな事すら些末に思ってしまうほど、服装が異様を通り越して異常だった。

 白衣を着ていたのだ。いや、それだけならまだ普通だと呼べるかもしれないが、あちこち血の付着した真っ赤な白衣を着ていたのだ。もはやそれは“白”衣と呼称するのもおこがましい代物になっていた。

 きっと、こういう人の事を変態とか言うのだろう。もしくは狂気のマッドサイエンティストか。何にせよ、あまりお近づきにはなりたくないタイプには変わりなかった。

「ん? 何デスか? ワタシの顔をじっと見て」

「へ? あ、いや…………」

 おぞましい白衣を着た彼女に、終始無言で凝視していたカケルは、その問い掛けにハッと我に返って言葉を濁した。まさかここで素直に「気が狂ったかのようなイカレた格好をしていますね」などと言えるワケが無い。

 そんなワケもあり、カケルはどう反応したものかとしばし逡巡してみせた後、

「えっと……とりあえず、あんた誰っすか?」

 と当たり障りの無い──というよりは、突然現れた初対面の人間に対して素性を訊くという、ごく普通の対応に留めた。

「ああ。そういえば、まだ名乗っていませんでしたネ。これは申し遅れまして──ワタシ、ここ魔王城で医者をやらせてもらっている、リビングデッドのミランという者デス」

 まあ、平たく言うとゾンビって奴デスねー。

 彼女──ミランはそう言って、そばに置いてあった丸椅子を手元に寄せ、ゆっくり腰を落ち着けた。

 医者。ミランは確かにそう言った。なるほど、それなら白衣(血だらけだが)を着ているのも頷けるし、カケルが負った致命傷もミランが治療してくれたのだろう。

 だが、ゾンビというのがどうにもいただけない。昔よくやっていたゾンビアクションゲームの影響か、ひょっとしたら自分が意識を失っていた間に良からぬ薬を投与されたのではないかと、そんな風に勘ぐってしまうのだ。それこそ、同族を増やす為のT−ウイルスとか、疑心暗鬼に陥ってしまうヤバい寄生虫とか。

「何やら、ワタシに対して妙な想像を膨らませているみたいデスが──」

 と、考えが顔に出てしまっていたのか、ミランは失敬だと言わんばかりに肩を竦み、溜め息混じりに言葉を紡ぐ。

「心配しなくても、変な薬は打ってませんヨ。第一、勇者さんには一切危害は加えないよう、ルト様に仰せつかってますからネ〜。それに、瀕死状態だった貴方をワタシの所まで運んだのも、そこにいるルト様なんデスよ?」

「魔王が……?」

 ミランに言われて、未だそばでスヤスヤと心地良さそうに寝息を立てているルトを見やる。うむ。魔王かわいいよ魔王。

 いや、そうじゃなくて。

「つーかオレ、その魔王に殺されかけたワケなんですけど……」

「本気で殺すつもりは無かったそうデスよ? 勇者さんに隙を突かれて、思わず条件反射で動いてしまったと、泣きながらそう仰られていましたから」

 言われてもみると、意識を落とす前にルトが泣きながらカケルに寄り添っていた記憶が朧気ながらにあったのを思い出した。てっきり死ぬ間際の夢か幻とでも思っていたのだが。

 という事は、ルトが自分を助けてくれたと判断して間違いないみたいだ。まあ、その助けてくれた人がカケルに致命傷を負わせた張本人でもあるので、感謝の念はあまり湧いてこないけれども。

「にしても、あの怪我でよく助かったなオレ。背中ごと腹を貫かれたハズなのに……」

「ええ。ワタシも最初見た時はこりゃダメかと思っていましたが、『ふっかつのじゅもん』が無かったら今頃死んでいたでしょうネ〜」

「え、何そのレトロな響きがする治療法」

 あれか。パスワードの入力を間違えると、呪われた音楽が流れたりするんだろうか。一体何のパスワードなのだと言われても、答え兼ねるものがあるが。

「ひとまず、そんな危険から脱して間もない状態なので、傷口がある程度塞がるまでは今後一切の食事は水のみになりますから、余計な物は口に入れないでくださいネ?」

「え? それじゃあ栄養失調になっちゃうんじゃなイカ?」

「デスので、その間はその点滴から栄養を摂取してもらいまス。胃腸も損傷している状態で食物を口にしたら大変な事になりますからネ〜」

「なるほど……」

 静かに頷くカケル。そんな状態ならば、素直に忠告通りにした方が良いだろう。無意味に反骨精神を発揮して、これ以上傷口を悪化させるなんて愚の骨頂だ。

「もう一度言わせてもらいますが、決して水以外の物を口にしてはいけませんヨ? 特に肉や魚と言った消化の悪い物は決して食べないでくださいネ? いいデスか。絶っっ対に余計な物を胃の中に入れないでくださいネ? 絶対に絶対デスよ?」

「……いや、うん。やめてくんないかな? その『押すなよ! 絶対押すなよ!』みたいな煽り方は」

 それとも、今すぐ死ねとでも言いたいのだろうか、この医者は。助けてくれておいてそりゃねぇよと思うカケルだった。



「ん……んん…………」



 と、先ほどからの会話で目が覚めたのか、ベッドに寝伏せっていたままだったルトがあくびを噛み殺したような吐息を漏らしつつ、ゆっくりと上半身を起こした。そして半分瞼が閉じたままの瞳を指でこすり、ぼんやりとした面持ちでカケルの方へと視線を向ける。

「ゆう、しゃ…………?」

「よ、よっす」

 未だ夢心地の中にいるのか、ボケーッと意識がはっきりしていなさそうなルトに掛けられた言葉に、ひとまず軽く手を上げて応えるカケル。少々ぎこちない反応になってしまったが、こればっかりは仕方ない。なんせこの眼前にいる少女に殺されかけたワケなのだし。

 そのままの体勢でいる事数分。しばし無言のままカケルを見つめていたルトは、次第にその金色に彩られた双眸を剥いて小刻みに震え始めた。

「どうした? 寒いのか?」

「ゆ…………」

「ゆ?」

「ゆうしゃ――ッ!!」

「きゅうべぇ!?」

 いきなりルトに抱き付けられ、驚きのあまり妙な声を上げるカケル。ルトはそんなカケルに構う事なく、首に回した腕をより強く力を込めてカケルを抱き締め続ける。

「ゆうしゃゆうしゃゆうしゃ! 良かった! 気が付いて良かった! あのままずっと目が覚めないんじゃないかって、もうゆうしゃと前みたいに話す事も出来なくなっちゃうんじゃないかって! 私、私……っ!!」

「ちょ魔王!? これ以上首を絞められたらダメ逝く! 逝く逝く逝く逝っちゃう〜ッ!!」

 昇天寸前のAV女優みたいな苦鳴を上げつつ必死にルトの腕をタップするカケルだったが、テンションがMAXハートになっているせいなのか、一向に拘束を解く素振りを見せない。冗談抜きで、早く何とか脱しないと、このままガチで死んでしまいかねない。

「はいはいルト様。勇者さんが目を覚まして嬉しいのは分かりますが、そのくらいにしておきましょうネー」

 と、天使達が空から迎えにやって来る幻覚が見え始めた頃、ミランがそんな言葉と共にルトをカケルから引き離した。

「げほげほっ。悪い、助かった……」

「いえいえ。一応ワタシの大事な患者モルモットデスからね」

「おいルビ! ちょっと言い間違えたどころじゃ済まない言い方だったぞゴラ!」

 やはり、一刻も早くここから逃げた方が良いのではないだろうか。危なげな薬を投与される前に。



「良かった……」



 不意に、ミランから抱きすくめられて床に腰を下ろしたままのルトが、安堵の嘆息を混じえながらそう呟いた。いや、また殺されかけた身としては全然良かったとは言えないのだが。しかも、担当医から実験体として見られている現状だし。

「良かった。生きていてくれて、本当に良かった……」

「うっ」

 瞳に涙を滲ませながら、心底嬉しそうに微笑むルトに、カケルは思わず言葉を詰まらせて黙する。やべえチョー可愛いと見とれてしまったのは誰にも秘密だ。

「ルト様。こうして勇者さんも目を覚ました事デスし、いい加減仕事に戻られたらどうデスか? ただでさえ仕事の合間を縫いまくって勇者さんの看病をしていたせいで、作業が進んでいないんデスから」

「うっ。本当はまだここにいたいんだが……致し方ない。それじゃあミラン、後の事は頼んだぞ?」

 承りましタ、と恭しく頭を下げるミランを見届けた後、ルトは慌ただしく立ち上がり、カーテンを開けて出入り口へと向かい始める。

 そうして、カーテンを閉じて半分だけ顔を覗かせた後、

「じゃ、じゃあな勇者。大人しく療養しておくのだぞ?」

 と頬を赤らめながら、ルトはカーテンを閉めてバタバタと退出して行った。

 ルトの後ろ姿を見送った後、カケルは人知れず溜め息を漏らす。

 なんだかんだでこうして魔王城──ひいてはルト達の世話になる事になってしまったワケだが、しかし本当に良かったのだろうか。仮にもカケルは勇者。こんな事が配下の魔物達に知られれば、信頼を失って魔王という名の地位も危うくなるのではないだろうか。まあミランのような忠実な部下もいるみたいだし、適当に裏で手を回していそうだが。

 それにいくら敵対関係とはいえ、こんな手厚い施し(再三指摘するが、元凶はルトにある)を受けた以上、ルトとの関係も多少は見直すべきなのかもしれない。

 少しくらい、こっちから歩み寄っても良いかな? と思うくらいには。

「さて。ルト様もああ言っておられたわけデスし、今後は絶対安静デスからね? くれぐれも激しい運動は控えてくださいヨ」

「ああ。言われなくても、もとよりそのつもりだよ。どっちみちこの体じゃあ身動き取れないし」

「えええー……?」

「いや何でそこで嫌そうな顔すんの! 安静にしろって言ったのお前じゃね!?」

 ルトより何より、この医者との対応をまず考慮すべきかもしれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る