第5話 決着



 城内を暴れ回っていた光が、次第に柱となって、とある一点へと集約する。

 あまりの激しい発光に思わず目元を手で覆っていたルトは、光が静まってきたのを見計らって手をどかし、詠唱を終えたカケルの方を見やった。

 その姿は未だ光に包まれ、黒い影が輪郭として浮き出ているだけだが、その手には何かしらの武器が握られているように見える。



 聖遺物召喚。



 それは人や魔物がまだ存在していなかった時代──今となっては神話として語り継がれるほどの太古の昔、かつての神々がその手から生み出したとされる宝具を、召喚師の手元に喚び出す儀式の事を指す。無論、殆どの宝具は長い年月と共に風化し、原型すら留めていない物ばかりなのだが、ごく稀に完全な状態として現存する聖遺物もある。

 だがその殆どは、強固な魔法結界と共に、その地に住まう精霊(しかも大の人間、魔物嫌いと聞く)によって管理されていたりする物ばかりだ。仮に運良く結界を解き、精霊を出し抜けたとしても、聖遺物自体が主として認めない限り、決して手にする事はできず、その場に留まり続けるとも聞く。

 だがもしも、その聖遺物に主と認めさせる事が出来たなら、どのような時いかなる場所においても、必要に応じて召喚に応えて馳せ参じるらしい。

 つまり、どうやってそんな物を入手したかは定かではないが、カケルが唱えた『デュランダル』という名も、また──

「よう。ずいぶんと待たせちまったな」

 と。

 それまで光に包まれていたカケルの姿が、はっきりとした形で晒け出された。

 その両手に握られた、聖遺物と共に。

「これがオレの新しい相棒、その名も聖剣デュランダルだ!」

 言って、その姿を示唆するかの如く、カケルは聖遺物をブンっと下方に振って構えて見せた。

 それは、ルトが今までに見た事の無い、実に奇抜なフォルムをした剣だった。

 どこかノコギリを思わせる、ギザギザの刀身。その長く雄々しい刃を支える為のものなのか、抜き身の先が赤い箱(もしかしてツバだろうか?)によって覆われている。その側面は、古代文字だろうか――見た事のない文字で、

『Made in Japan』

 と綴れている。そして柄の部分は、両手で使う事を前提にされた物なのか、U字状になってカケルの手に握られていた。

 あれがカケルの喚び出した、聖遺物にして新たな武具──



 聖剣、デュランダル。



 …………………………聖、剣?

「………………」

「な、何さその疑わしい視線は! そりゃ確かに聖“剣”じゃないけど! どう見てもチェーンソーだけど! オレも最初見た時はビックリしたけども! でも、これも立派な武器なんだからねっ! 今時のチェーンソーは魔法少女みたいなコスプレが出来たり、周囲の人間の記憶を消す事が出来ちゃったり、何かと便利なんだからね!?」

 言葉の意味は全く分からなかったが、とりあえずあのデュランダル(カケルはチェーンソーなどと別の名で表していたが)とかいう聖遺物は、一応ちゃんとした武器であるらしい。まあ、ここにきて武器にならない物を出す方がおかしいという話でもあるのだが。

「ふむ。しかし、並みの人間には決して入手不可能と言われる聖遺物を既に手にしていたとは。やけに準備が良いではないか、勇者よ」

「当然! ま、これを手に入れるのに結構苦労もしたんだがな。これを守っていた精霊をブチ殺……おっといけね。ちょっと眠ってもらうのにあれこれ時間を掛けて木っ端微塵にしたりしてな。いやー、あの時は大変だった大変だった」

 うんうん、と腕を組みながら首を縦に振るカケル。というか木っ端微塵て。どっちみち殺してんじゃねぇか。それも限りなく惨たらしい方法で。

「さあ、雑談はこれでお終いだ。ここから第2ラウンドの始まりだぜ!」

 そう宣った後、カケルに握られているままでいたデュランダルが、急にブルンブルン! とけたたましい唸り声を上げて震え始めた。見ると、鋸みたいな刃が目で追いつけないほどの勢いで前後に回転している。一体どんな仕掛けでああなっているかは分からないが、あれで斬られたりでもしたら一溜まりもないだろう。

 それに、あれは神々が使用していたとされる伝説の宝具。となれば、何らかの加護──特殊な力を秘めている可能性が極めて高い。

 何にせよ、迂闊に近寄るのは危険だ。ここは遠隔魔法を用いて様子見した方が得策だろう。

「……よかろう。そのデュランダルとやらの力、とくと見せてもらうとしよう」

 そう不敵に笑い、パチンと指を鳴らすルト。その瞬間、ルトの頭上を拳大ほどの蒼い光球が忽然と出現し、宙へと無数に浮かんでいた。

「────行け」

 刹那、それまで浮かぶだけのままだった幾多の光球が、それぞれ意志を持ったかのようにカケルへと殺到した。

 縦横無尽に襲い掛かる光球に「えっ。なにそれこわ──」とカケルは声を上げかけたが、光球が次々着弾していくと同時に、白煙の中へと消え失せた。

 轟音に次ぐ轟音。もうもうと立ち籠もる白煙を見て思わず「ちょっとやり過ぎちゃったかな……?」と不安が脳裏を掠めたが、まあ大丈夫だろう。見た目の派手さに反して、大した殺傷能力も無いし。せいぜいが全身打ち身程度の怪我で済むだろうとは思う。手加減もしてあるし。いや、決して勇者に情を掛けたワケではなく。まして好意を抱いているワケでも決して全然なく。

 などと、誰ともなく一人頭の中で言い訳を繰り返していると、



「ヒャッハぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 と、世紀末的な雄叫びが不意にルトの耳朶を打った。

「な──っ!?」

 脈絡無く白煙の中から飛び出してきたカケルに、ルトは双眸を剥いて驚愕を露わにする。見ると、カケルは全く無傷のままだった。一体あれだけの光球の雨をどうやってくぐり抜けたと言うのだろうか。

 いや、この際どうやって無傷に済んだかだなんて後回しだ。今はこの瞬間にもルトに肉薄せんと飛び掛かろうとしているカケルをどうにかすべきだろう。

「喰らえやァァァ!!」

「ふん! その程度の攻撃、また防いでみせるまでっ!」

 地を大きく蹴って宙へと跳躍し、デュランダルを上に振り上げて猛然と襲い掛かろうとしているカケルに、ルトは片手を突き出して再び魔法障壁を作り出した。

 瞬時に雷を帯びた薄い膜がルトの周囲を覆う。そのすぐ後、カケルはルト目掛けて振り上げたデュランダルを一気に振り下ろした。あと少し判断に遅れていれば、あの回転する刃に真っ二つにされるところだった。

 そうして、ホッと安堵の息を漏らした、その時だった。



 許容しがたい摩擦音と共に、眼前の魔法障壁が一気に両断されていた。



「な、に……っ!?」

 とりあえず、驚愕に浸っている暇は無い。迫る来る猛撃を避ける為、すぐさまルトは後ろへと大きく飛び退いてデュランダルを回避行動を取った。

 ギュインっ! とまたしても鼓膜を打ち破るかのような音が響いた後、ルトがさっきまでいた場所──王座までもが一刀両断されていた。

 あの破壊力に、ルトの張った魔法障壁をも切り裂いたあの回転力──いや、おそらくそれだけでなく、何らかの魔法を消し去る加護を受けているのかもしれない。してみると、ルトの放った遠隔魔法の中を平然と抜け出せたのも納得がいく。

 兎にも角にも、あの聖遺物はかなり危険だ。なるべく距離を取って、何らかの対処を練って──

「まだまだぁ! ずっとオレのターンだぜぃ!」

 と、次の出方を練る猶予も与えず、いつの間にか隙を突いて、カケルがルトへと肉薄していた。

 とっさに魔法障壁で身を守ろうと片手を突き出しかけたが、その行動はあまりにも悪手としか言い様がなかった。

 今、魔法障壁を張ったら最後、先ほどのように容易く両断されて、その身ごと斬り捨てられてしまう──その事をルトは失念していたのだ。

「しまっ──」

 すぐに気付いて魔法の発動を止めるが、その一瞬の油断が命取り。カケルにとってしてみれば、またとない好機だった。

 そしてカケルが、せっかく得たチャンスを見逃すハズもなく──

「今度こそもらったァァァァァっ!!」

 眼前に迫る刃。思わずルトは両目を瞑り、そして──……。





 気が付いたら、カケルは床へと仰向けになって倒れていた。意識は混濁としており、前後の記憶がはっきりとしない。



 ──あれ? オレ、どうして……。



 と、急に筆舌に尽くし難い激痛がカケルの腹部を襲った。まともに動かない手をどうにか自身の腹へと寄せ、力なく撫でる。

 ぬめりとした感触。これは、血か。それもおびただしい量で出血しているようだ。体がまともに動かないせいもあり、視界にも入れられない状態なのだが、どうやら何かしらの攻撃を受けて、相当にヤバい致命傷を負ったらしい。



 ──そうだ。オレ、あの時……。



 あの時──ルトの死角を捉え、胸の内に勝利を確信しながらデュランダルを振り下ろそうとした時。

 いつからだろうか、カケルの腹に何か鋭利な切っ先が、肉を突き破って背中を貫いていたのだ。

 全くの予想だにしなかった事態に、ワケが分からず終始唖然としながらも、無意識下に自分の腹に刺さっている元凶を恐る恐る見つめた。

 それはルトの指先から伸びた、刃物のように尖った爪だった。おそらく、魔法か何かで強化したモノなのだろうが、まさか物理攻撃で仕掛けてくるとは思わなかった。これでは、いかに魔法を打ち破る加護を授かっているデュランダルと言えども、刃先などで受け止めない限り、これは防ぎようがない。

 そうして気が付いた時には、この有り様。



 ──やべー。血を流し過ぎたのか、もう痛みすら感じねぇ……。



 それだけではない。最早周りの音は一切聞こえず、視界も霧掛かったようにぼんやりと映っていた。このままだと失血多量で死んでしまうのは明らかだった。

 と。

 だんだんと押し寄せる睡魔という名の死の誘いに身を任せようとした、そんな時だった。



 ポタ。ポタ。



 と、不意に小さな雫が、カケルの頬に落ちて弾けた。

 その冷たい感触に、重い瞼を必死に開けて、雫が落ちてくる方向を見つめた。

 それは、ルトの瞳から溢れ出た涙だった。さっきまで気が付かなかったが、ルトはカケルの手を握りながら、幼子のようにボロボロと頬を濡らして号泣していた。



 ──おいおい。何泣いてんだよ。勇者を倒して泣く魔王があるかよ。



 そう思わず苦笑を漏らしている間にも、ルトはカケルの手をギュッと握り締めながら、涙を流してしきりに何かを叫んでいた。聴覚が失われていて何を言っているかは聞こえなかったが、きっと「死ぬな!」とか「しっかりしろ!」などとでも言っているのだろう。むしろ仮にも魔王なら、虫の息である勇者にトドメを刺すところだろうに。前々から思っていたが、この少女はとことん自分に甘いというか、つくづく魔王らしくなかった。

 そうこうしている間に、カケルの視界は次第に色を失い、何も映さないようになっていた。

 薄れゆく意識の中、カケルはふと思う。



 ──いくら魔王とは言っても、死ぬ間際に女の子の悲しそうな泣き顔なんて、見たくなかった、なあ……。



 そこでカケルの意識は、唐突に深い闇へと落ちた。


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