第3話 決戦(21回目くらいの)



 話は今より遡って数ヶ月前。

 まだルトの妊娠が発覚する前、カケルが通算二十一回目となる魔王への決戦を挑みに行った時の話である──。



 ◇◆◇◆◇



「ククク。勇者よ、よくぞここまで(中略)褒めて遣わそう」

「ハッ。それが最後の言葉に(後略)」



 初見だと一体何の話をしているのか皆目見当がつかない状況の中、勇者カケルと魔王ルトは毎度恒例となったいつものセリフを交わしながら対峙していた。というよりは、当人達さえ理解できていればそれで良いと言わんばかりに、会話が脱兎のごとく端折はしょられていた。ともすれば、形式上仕方なくやっているに過ぎないとでも言いたげな、至極面倒そうな会話にも見えなくもない。一体の何の形式なのだ、と問われても返答に困ったりするのだが。その辺は寛大な心でご了承して頂きたい。

 さておき。

 魔王城──カケルが来るのもこれで二十一回目ほどになる玉座の間。カケルとルトの2人しかいない、魔王城の最上階である。

 例によってカケルは学生服(カケルが今いる異世界では、それが学生服とは他人の目からは認識されていないのだが)のまま片手に剣を携え、ルトは赤いマントを羽織り、悠々とした面持ちで玉座に腰掛けていた。2人にしてみれば、別段思うところも無い、ごくごく見慣れた光景である。ゆえに、決戦を前にした緊迫感や臨場感などいった血気が湧き上がるような雰囲気など微塵もありはしなかった。盛り上がらない決戦もあったものである。

「魔王よ、約束通りお前を倒しに来てやったぜ!」

 ブンと剣を振り上げ、挑発するように剣先をルトに向けて、カケルは勇ましく言い放つ。

「まあ、三日後に来るとか言っておきながら、二日ぐらい来るのが遅れちゃったけどな!」

 全く約束通りでも何でもなかった。時間にルーズなのにも程がある。

「ククク。待ちわびたぞ勇者よ……。と、というか、約束の日になっても来ないから、何かあったのかと、し、心配したぞ……」

 何やら頬を朱に染めてゴニョゴニョと小声で呟いたルトに、「え、なんか言ったか?」とカケルがキョトンとした顔で聞き返してきた。

「な、何でもない! てっきり私の強大な力を前に、尻尾を巻いて逃げたのかと言いたかっただけだ! ほ、本当にそれだけなんだからな!?」

「え? お、おう……」

 やたらあくせくと腕を振り回してまくし立てるルトに、何をそこまで必死に否定したがるのか、と怪訝に思ったが、ひとまず空気を読んで頷くだけに留めておくカケル。

「なんかよく分からんが、オレが逃げるわけないだろう。オレにはお前を倒すっていう重大な使命があるんだからな!」

 ていうかぶっちゃけ、さっさと魔王を倒して、姫様と早くイチャイチャしたりニャンニャンしたりチョメチョメしたいんだ! とよこしまな本音までは漏らさずに、カケルは威風堂々とのたまう。

 どのみち故郷──元いた世界に帰る手掛かりなんてまだ見つかってもいないのだし、それならば少しでも面白可笑しく生きてやろう──そう思って、今日まで異界の地で生きてきたまでだ。正直に明かすと、世界の危機だとか魔王の脅威だとか、厨二病真っ盛りのカケルにしてみれば、都合の良い設定でしかなかった。つくづく脳天気な少年である。

「ククク。その心意気や良し。私としても戦い甲斐があるというものだ」

 言って、ルトは羽織っていたマントを勢い良く脱ぎ捨て、その身に包まれた紫染の軽装鎧を露わにした。そして背中に生えた羽を猛々しく広げて、ニヤリと口端を歪める。

「さあ──いつでもかかって来るがよい、勇者よ!」

「へっ! 言われるまでもねえ!」

 ルトの挑発に触発されて、カケルは携えていた剣を両手で持ち直し、上段に構えて気炎を吐く。

「そんじゃ、遠慮なく行かせてもらうぜ。その可愛い顔に傷が付いたとしても恨んだりすんなよ!」

「かっ、かかか可愛いだとっ!?」

 と、いざ突撃せんと足を一歩前に踏み出そうとしたところで、ルトが急に顔を真っ赤に染めて声を上げた。その上擦った声に肩透かしを喰らったカケルは、踏み出しかけた足を空中で一旦停止させて何事かとルトを見やる。

「何だよ。急に変な声を上げて……」

「き、貴様はまた私を惑わすような事を吐きおって! そんな嘘で騙されてやるほど、私は甘くないぞ!」

「へ? いや別に思った事をそのまま口にしただけなんだが……?」

「〜〜〜〜ッッ!!」

 今度は紅潮した顔を両手で覆い隠し、激しく首を振って悶え始めるルト。まるで恥ずかしい場面に居合わせて、イヤンイヤンと恥じらいを見せる乙女みたいな反応だった。単に本音を吐露しただけなのに、何なんだろうか、この反応は。いや、可愛いので別に構わないのだが。

 まあ、なんだ。

 とりあえず、これは願ってもいない──



 絶 好 の チ ャ ン ス !



「てなワケで、隙ありゃああああ!!」

 未だ顔を覆っている状態のルトに、カケルは颯爽と疾駆しながら剣を振り上げる。我ながら若干姑息な手だなと内心苦笑するカケルではあったが、勝負の世界に卑怯だとか言ってはいられない。こればっかりは隙を見せてしまった敵自身にも非があると思って諦めてほしい。

 ──なんて殊勝な事は一切頭に掠みもせず、単に隙だらけだったから攻めに入っただけのカケルなのであった。実に単細胞な思考回路である。

 そんな捨て身にも近しい突進で一気にルトの間合いまで詰めたカケルは、高く掲げた剣をルトの肩口目掛けて振り下ろした。

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