第2話 現状報告
拝啓。お父さん、お母さん。いかがお過ごしでしょうか。急にオレがいなくなってさぞや心配している事とは思いますが、息子はこうして異世界の地で元気にやっています。なので、どうか安心して息子の帰りを待っていてください。
さて話は変わりますが、二人に伝えなければならない大事な報告があります。
子供ができちゃいました。
ていうか、女の子を妊娠させちゃいました。テへペロ☆
……。
…………。
………………。
「なんて言えるわけねェェェェェ!!」
場所は魔王城のとある一室。一体どこの王族が使うのかと言わんばかりに豪華な装飾がされた部屋で、ある少年が頭を抱えて独り叫んでいた。
癖のある黒髪に黒い瞳。どこぞの高校の制服であろう特に飾り気の無いブレザーを着ているが、中肉中背の彼には逆に似合っていた。
一見、どこにでもいる男子高校生に見えるが、それは少年が元いた世界の話である。
そう、ここは異世界──剣と魔法、そして魔物が存在するという、いかにも王道RPGにありがちな世界に、勇者は召喚されてしまったのだ。それも本人の意思を問わずに。
とは言っても、すぐにこの世界を受け入れ──むしろ狂喜乱舞して──なおかつ持ち前の順応能力であっさりと馴染んでしまったのだが。
それは元々この少年が中2病をこじらせていて、異世界で冒険する事を常日頃から夢見ていた事も起因してくるのだが、ひとまずその辺の事情に関しては、今現在勇者が置かれている状況には関係ないのですっぱり割愛させて頂くとして……。
──勇者は今、とても困惑していた。
と言うより、あからさまに狼狽していた。
冷や汗ダラダラ。顔は青ざめ、手足も落ち着きなく(例えば、無意味に指を絡ませてはすぐに解くという行動など)動かしていた。
ちなみに、何が原因でそんな風に陥っているのかと言うと──
「まだ付き合ってもいない女の子を孕ませたなんて親に知られたら、めちゃくちゃ叱られてしまう〜ッ!」
という事だった。
……親の説教に怯える何とも情けない少年の姿が、そこにあった。
「いや、この際親なんてどうでもいいや。最悪、この世界に永住してしまえばいいんだし」
バレなきゃ犯罪じゃないのだよ。そう呟いて、勇者はニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。冒頭で心配させてしまってごめんなさいと親に謝罪しておきながら、この発言である。仮にも勇者でありながら、いっそ清々しいほどのクズっぷりだった。
「ひとまず問題は姫様の方だよなー。もしもこの事がバレたりしたら、婚約破棄どころか国中の人間達から罵詈雑言が飛んできそうし。というか、国中総出で亡き者にされそうだし……」
国中の人間達が悪鬼羅刹のごとく襲いかかってくるのを想像して、勇者は思わずブルッと体を震わせた。
そうなのだ。今を
一国の姫に平民(しかもどこの馬の骨ともわからない)である勇者が求婚──その身分不相応な願いに、さすがの厚かましい勇者もさすがに駄目元で言ったつもりだったのだが、これが意外にもあっさり承諾されてしまったのだ。
勇者を勝手に異世界から召喚させた負い目からなのか、はたまたこの少年になにかしら感じるものがあったのか──なんにせよ、勇者が飛び上がるほど喜んだのは言うまでもない。
何せ相手は女神かと見紛うばかりの金髪美少女──並びにもれなく逆玉の輿に乗れるという超優良物件。勇者のような女好きでなくとも、ますます魔王討伐に力が入ろうというものだ。
と、そんな経緯で意気揚々と旅に出掛け、割と難なく魔王のいる城へと辿り着けたまでは良かった。
良かった──のだが。
その魔王が、予想をはるかに天元突破するほど強過ぎたのだ。いや、強い弱いなどというステージにすら立っていない──彼女との勝負は、もはや勝負と呼ぶのもおごましいほどに話にならなかったのだ。
今までも幾度となく何十回と戦いを挑んできたが、そのどれもがものの見事に完敗。魔王のお情けか気まぐれか、はたまた勇者の悪運か、今日まで無事に生き延びてきたが、今でも魔王に勝てる気なんて一切合切全く湧いてこない。
だがそれ以上に、それすらも霞ませざるを得ないほどに問題なのは──
「
いや、ヤバいどころでは済まされないかもしれない。勇者が魔王を孕ませた──そんな前代未聞な事件が世界中に知られでもしたら、世界中が大パニックになるのは自明の理だ。最悪、勇者が魔王に寝返ったと受け取られ、魔王共々勇者を滅ぼしに来る輩も現れる可能性すら十分にある。どう考えてもネガティブな結果しか至らなかった。
どうしてこうなった。わけが分からないよ。こんなの絶対おかしいよ!──などと現状をどれだけ拒絶しようとも、魔王を孕ませたという事実からは逃れられない。それにこうしている今でさえ、魔族達に命を狙われていたりするのだ。ひとまず魔王の厳重な命令によって、配下達が勇者を襲うような事は表立って無いものの、隙あらば
「まあ、今のところは適当に追っ払えてはいるけども……」
腐ってはいるが、これでも勇者──それもあの魔王と何十回と渡り合ったほどだ──そんじょそこらの魔物程度では、彼に
「それよりも、一番ヤバいのは姫様達の方だよな〜。たまに連絡(向こうから強制的に)を取り合う事もあるし。今はどうにか誤魔化せてはいるけど、いつまでも続くはずがないし。あ〜ッ、どうすりゃいいんだ〜ッ!」
そんな言葉と共に、頭を抱えながら床をゴロゴロと転がる勇者。傍目から見たら、異様にしか映らない光景である。
コンコンッ
とそんな時、不意にドアをノックする音が室外から響いてきた。
が、勇者はそのノック音にまるで気づかず、「あ〜どうしようどうしよう〜ッ」と独り言を呟いて床を転がり続ける。
そうこうしている間にも、コンコン、ゴンゴンとノックする力が徐々に強まっていく。が、思考の海に溺れているせいか、勇者がノックに気付く気配は未だ無い。
そうして、何十回と繰り返しノック音が続いた後、
ドガンッッ!!
という、けたたましい破砕音と共に、ドアが勇者目掛けて吹っ飛んできた。
「ぎゃひぃぃぃ!! 何ッ? 一体何事!?」
間一髪、どうにかドアを背面飛びで避ける事に成功した勇者は、驚愕と恐怖で顔面を蒼白させつつ、ドアが吹っ飛んできた方向を見やった。
「大丈夫かカケルっ!」
そう勇者の名前を叫んで部屋へと飛び込んで来たのは、ある一人の少女だった。
膝まで届く長い艶髪。瞳は夜に浮かぶ満月のような金色。外見年齢は、現在17歳である勇者──もといカケルよりは一つ二つばかり幼く見える。しかし、その幼さも相俟って、小動物然とした彼女の雰囲気をより際立たせている。その背中に生えた、悪魔のような羽さえなければの話だが。
そしてその線の細い体は少しばかり緩そうなブラウスで包まれており、その下腹部はうっすらとではあるが、丸く膨らみを帯びていた。
この一見コスプレをしている様にしか見えない彼女こそ、勇者の宿敵であり、この城の主でもある魔王その人だった。
「え、ちょ、いきなりどしたの!?」
「どうしたもこうしたもあるか! 何度ノックしても返事が無いから、こうしてドアを蹴破ってきたのではないか! 何かあったのかと心配したぞ!」
突然の事に理解が及ばず混乱を隠せないでいるカケルの元に、魔王が小走りに駆け寄って声を荒げる。
「見たところ大事無いみたいだが、どこか怪我していたりするのか? それとも体調が悪かったり……」
「いや大丈夫だから! そんな心配しなくても、ちょっと考え事してただけだから」
「そ、そうか……」
なら良いのだが、とホッと安堵して一息吐く魔王。
「それよりも、これからドアを開ける時はもっとソフトにしてくれないか。でないと色々と危ないしさ……」
「そ、それもそうだな。もう自分だけの体ではないのだしな」
と、お腹にいるやや子をいたわるように、魔王はお腹を優しく撫でる。いや、そういった意味で言ったわけではないのだが。自分の身がもたないというつもりで言っただけなのだが。
「それよりも魔王。オレに何か用でも……」
「むっ」
カケルの言葉に何か不満でもあったか、ちょっと怒ってますよとでも言いたげに魔王は頬を膨らませる。
「カケルよ。前々から何度も言ってるが、私の事は名前で呼べと言ったハズだぞ。私達は近い内に夫婦となる身なのだぞ。お腹の子が生まれればれっきとした親子ともなるのだ。こういうのはキチンとしておくべきだ」
「あ、ああ。そういえば、そうだったな……」
とは言え、改めて名前で呼び合うなど、どうにも照れくさいものがある。そもそも今までずっと『魔王』と呼んでいたのだし、何だか未だに慣れないのだ。ある意味、自分がもうすぐ父親になるという事よりも不思議な感覚だった。
なんて思慮に耽っている間にも「さあ呼べ早く呼べ今すぐ呼べ」と言わんばかりに、魔王がじっとカケルを見つめ続ける。このままだと、名前を呼ばない限りはずっと解放してくれそうにない。
仕方ない、とカケルは深く嘆息した後、顔がだんだん熱くなるのを自覚しつつ、
「ルト」
と、名前を呼んだ。
「うむ。それでいい」
満足そうに微笑む魔王──もといルトに、カケルは恥ずかしさのあまり目を逸らす、まあただ単に、ルトの可愛らしい笑顔に見とれそうになっただけという理由もあったりするのだが。
「そ、それで一体何の用なんだ?」
「おお、そうであったな。食事の時間になってもなかなか来ないから、カケルを呼びに来たのだ」
言って、ルトはカケルの手をギュッと握って、
「早く行くぞ、カケル」
「お、おう。ルト……」
見るも無惨に変わり果てた出入り口を抜け、二人仲睦まじげに手を繋ぎながら食卓へと向かう。
ルトと並びながら、カケルは思う。
今はこうして夫婦らしい関係を築けてはいるが、ここまで来るのに色々と苦難と苦悩があったんだよな、と。
ルトには辛い思いをさせてしまったり、何度も泣かせるような事をしてしまった。カケルなんて生死の境を彷徨うような事態に至ったりと、本当に大変な日々だった。
けれど今、こうして隣りで笑っているルトを見て。
幸せそうにしているルトを見て。
自分の決断は間違えてなかったと、心から思う事ができた。
まあその代わり、悩みの種が増えたというか、現在進行形でどうにかしなければならない問題(姫様とか世界情勢とか)が山積みになってしまったのだが、それはもういい加減なるようにしかならないと気持ちの整理を付けるしかない。
なぜなら、
ルトと夫婦となると決意した
何があってもこの愛しい少女を守ってみせると、心に誓ったのだから──
そうして、カケルは思い返す。
こうなった経緯を。
カケルとルトの、二人の
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