荻窪の雑貨屋

黒月

第1話

 友人に買い物に付き合って欲しいと頼まれた。彼女の趣味は雑貨屋巡りだ。主にヨーロッパのアンティーク雑貨を集めている。私はどちらかといえば昭和レトロが好みなのだが、どちらも混在して「アンティーク」「レトロ雑貨」として並べられている店も多いため、こうして誘われては一緒に雑貨屋巡りをするのが常だった。


 どこの店に向かうのか聞くと荻窪だという。行動力のある彼女は大手の骨董市から縁日の骨董市、小さな個人店までとにかく様々な場所に足を運ぶ。

「この間、気になるお店を見つけてね、」

と、これから行く店について話し出した。


 その店を見つけたのは、先週のこと。荻窪、高円寺周辺にはこうした小さな雑貨屋が点在している。別の雑貨屋に行ったあと、ちょっと足を伸ばしてみようかと思って街を散策していたら見つけたのだという。

 雑居ビルの一角。6畳あるかないかの店内に店長らしき老人。

 扱っているのはヨーロッパ風の茶器や、テディベア、アクセサリーなど。店内の中央には猫足のソファー。友人の好みにぴったりの店だな、と話を聞きながら想像する。

 その一角に飾り棚があり、そこで彼女曰く「出会った」らしい。

「出会ったって?」

「テディベアの置物」

 白い陶器製のテディベアの置物に、彼女は一目惚れしたらしい。即購入と至らなかったのは値段が彼女の予想より、0が一つ多かったからだという。

「それで、ようやく決心が付いた、と」

「そう、私を待っている気がしてならないの」

 私も自分好みのニッチな趣味の雑貨をみつけた時など、「これは私が買うべき」などと感じるので、彼女の言い分もわかる気がした。


「このビルの3階」

 到着したのは荻窪の細い路地の先にあった、5階建の古いビルだった。予想の3倍は古い。おまけにエレベーターもない。

 3階まで上がり、店名を確認し、入店。

 すると、彼女の顔色が変わった。それもそうだろう、店内には埃っぽい古書やヨーロッパ風ではあるものの、もっと実用的な家具や小物ばかりだった。かろうじて中央の猫足のソファーはある。

「お店、本当にここ?」

私が尋ねると、友人は前回貰ったというショップカードを見せてきた。レジ前にあるものと全く同じだった。彼女が来ない間に陳列が変わったのだろうか。


「あの、すみません。あそこに置いてあった置物って売れてしまったんですか?」

友人が、店員らしき老婦人に声をかけた。老婦人は「え、」とちょっと眉に皺を寄せて言った。

「そこに置物なんて並べたことはないですが…」

「先月、男性の店員さんにそこの棚から見せて貰ったんです、白いテディベアの置物なんですが。」

「うちは私と姉の二人でやっているお店なんですよ。男性の店員はいませんし、テディベアの置物?も仕入れたことはなかったはずです。見ての通り、古書と古道具でずっと営業していますので…」

 話が噛み合わない。確かにショップカードの店名や住所などは一致している。お店の中身だけ別のお店と入れ替わってしまったかのようだった。

「一旦お店出よう?似たようなビルと勘違いしたのかも」

 呆然としている友人に慰めるように声をかけたが、私もなんだか狐につままれたような気分だった。


 その後、周辺をくまなく歩き回ったが、友人が語っていたような店は見つからなかった。何より、店名だけはあのビルの3階で間違いないのだ。お店の、中身と店員さんだけが全く違うものになっている。この短い期間で店名そのままに営業方針が変わったのだろうか。それも考えにくい。

 釈然としないまま、その日は買い物を終えて帰宅した。


 彼女の見た店は一体何だったのだろう?彼女は今も雑貨屋巡りを趣味としているそして、あの陶器のテディベアを無意識に探してしまうのだそうだ。




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荻窪の雑貨屋 黒月 @inuinu1113

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