第8話 初めてのバー (モンキーミックス、ジントニック他)

 ふんふんと珍しくマスターの気分がいい。はじめてのお客さんがやってきたんだなとそんな様子に気づくのは常連のシユウ。


 いつもの離れた席で本日はスウェーデンのプレミアム・ウォッカをストレートでゆっくりと舐めながら観察している。マスターに絡まない理由は大学生のカップルが初めてバーに来たと盛り上がっているから、そんな中で常連がしゃしゃり出るのはよくない常連だ。

 シユウは、常連の行いでその店は良くもなり悪くもなる事を知っている。

 さて、大学生のお二人にマスターは何を出すんだろうと聞き耳をたてる。


「すみません、大学の二次会抜け出して来たんですけど、こういうところ初めてで」


 ほぉ、中々良い男じゃないかとシユウは思う。女の子の前で恰好をつけて、わけの分からないカクテルなんて頼み出したら目もくれないなと思っていたところ、お次はマスターがどうフォローするかだなと面白がる。

 まずマスターは簡易メニューの載っている物をカップルに見せて、


「何か気になる物や、お飲みになりたいものはありますか? ちなみに、ノンアルコールも取り揃えていますよ!」


 まぁ、これもベタなところだなとショットのウォッカが無くなった。今頼むのは二人に迷惑だなと待っていると、マスターが自然にシユウのグラスにお代わりをそそぐ。軽く会釈するシユウ、カップルの二人と目があったので、笑顔を見せる。大学生のカップルは美人でカッコいいシユウを見て、嬉しそうに笑顔を返す。


「あのー、やっぱりジントニックとかがいいんでしょうか?」

「そうですね。お好きであればそれでも構いませんし、特にルールはございませんので何でもいいんですよ! 当店のお客様では最初に焼酎のお湯割りを頼まれる方だっていらっしゃいます。ドライマティーニを初めて飲んでみたいという方もいらっしゃいましたし、お酒は自由ですよ!」

「じゃ、じゃあジントニック頂けますか!」

「畏まりました。お連れ様も同じ物でよろしいですか? それとも何かお作りしましょうか?」

 

 いいねいいねとシユウはマスターの提案を評価する。せっかくバーに始めて来たんだ。お行儀よくジントニックやジンフィズもいいけど、やはりカクテルを頼むのもバーに来た感を出せるじゃないとお酒が進む。

 

「オススメの甘いお酒ってありますか?」

「お客様はフルーツなどお好きでしょうか? バナナやオレンジなど」

「大好きです!」

 

 シユウはマスターはあのカクテルを作るつもりだなとピンと来た。

 確かにあれはとても甘くて美味しい。

 まず、バナナリキュールのクレーム・ド・バナナ、そして果汁100%のオレンジジュース。そして最後はトニックウォーター。

 輪切りにしたオレンジを添えると尚美しい。


 マスターはバナナリキュールとオレンジジュース、そして氷をシェイカーに入れると、普段よりやや大袈裟にカップルの前でシェイクする。

 これぞバーテンダーとも言えるシーンにカップルは感動していた。オールドファッショングラスに氷を入れ、シェイクした物を注ぎ、トニックウォーターで満たす。そしてそれを優しくステア。

 もちろん輪切りオレンジも忘れない。


「お待たせしました。モンキーミックスでございます! そして彼氏さんのジントニックもご用意しますね! 普段は特に希望がなければタンカレーを使うのですが、本日はブードルスを選ばせていただきました」

 

 辛口のジンを使うのかとシユウは少し驚く。やはり初見にはタンカレーのジントニックが一番だろうと思っていたのだが……マスターには何か考えがあるんだろう。優しくライムを絞り、皮を少し拭いてグラスに落とすとマドラーで少し潰す。そして氷、ブードルスのジン、そしてトニックウォーターを注ぎ、氷を持ち上げるように2回程ステア。

 

「お待たせしました。ジントニックでございます」

 

 二人はそれぞれカクテルが用意されたのでグラスを持って軽く当てると乾杯。シユウはグラスは掲げるだけにしてくれ! とそこまででかかったがやめた。この“Bar Bacchusお酒の神の酒場“にあるグラスはどれも一級品。知る人が見れば今の光景は卒倒しそうになる。

 しかし、マスターはそういう事は全く気にしない。

 二人の新しいお客様を楽しそうに見つめている。

 

「うわー! 潤くんこれすっごいおいしー!」

「美香ちゃん、僕のジントニックも凄い大人の味だよ。交換してみる?」

「うん!」

 

 成程、こうなることを予見していたのかとシユウは納得した。本来バーで注文したお酒以外を交換して飲むなんて無粋だが、お酒の飲み方は人それぞれ、マスターがそれを見越して提供したのであれば文句を言えるわけもない。

 二人はマスターに作ってもらったカクテルを二杯お代わりして、手を繋いで帰って行った。とても幸せそうに、また来ますと嬉しい言葉ももらってマスターは満面の笑顔……から無表情に変わる。

 からがらんと深夜1時、そろそろ看板にしようかと思った矢先、

 

「ますだぁあああ! 聞いてヨォおお!」

 

 もう一人のうるさい常連、美優がやってきた事で時間的に朝方まで店を開けておく事がほぼ確定した。

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