第6話 キャプテンモルガンプライベートストック

 じっと唯を見つめると、マスターは「畏まりました」と上品に会釈をして背景になっていたリカーラックから一つの瓶を取り出した。

 

「お客様、冒険はお好きですか?」

「……冒険? えぇ、そういう番組を見るのは」

「では、こちらキャプテンモルガン・プライベートストックのストレートはいかがでしょう?」

 

 それはまさに唯のイメージに合致するザ・ウィスキーボトルという形状の瓶をしていた。ラベルには海賊のイラスト。

 

「私、ウィスキーは……」

「こちらはウィスキーではありません。海賊のお酒。ラムです。いかがでしょう?」

  

 確かに海賊らしき男性がパッケージイラストに堂々と立っている。

 トクトクトクとロックグラスにストレートで注がれるラム酒。美味しそうな、甘くて良い香りがふわりと鼻を刺激する。同時に細長いカクテルグラスに水を入れて差し出してくれた。


「チェイサーです。甘く、飲みやすいですが、非常に度数の高いお酒ですのでゆっくり、舐めるようにお楽しみください」

 

 パチンとバーテンダーは指を鳴らす。言われた通り唯はラム酒を口につけてみた。にがめのコーヒーみたいなコクがあるのに、サトウキビの甘い口当たり。


 これ、おいし。顔に出たらしくマスターは嬉しそうに微笑んでいる。恥ずかしい気持ちと何だかマスターが可愛らしく思えてきた唯はまだまだ残っているキャプテンモルガンのグラスを見ながら、

 

「これ、氷入れてもらう事ってできますか?」

「えぇ、結構ですよ! オンザロックも大変美味しいです」

 

 カラン。


 よく見るとバカラのグラスに宝石みたいな氷が奏でるお酒の音色。琥珀色のラム酒から香る芳醇なそれはどこか現実を忘れさせてくれる魔力を持っている。

 やや薄暗い店内で葉巻を蒸すのもいいだろう。店内に流れるシックな音楽に耳を傾けてもいい。一杯のお酒と共にに自分と向き合う時間なのだから、

 

 秋田唯あきたゆいは今、人生初のバーにる実感を全身で感じていた。微笑のマスター、そして気持ちい照度の店内、耳を澄ますと入ってくる音楽。店内をゆっくりと見渡すがお客は自分だけらしい。まさか人生初のバーでこんな風に度数の高いお酒をオンザロックで飲んでいるなんて昨日時点では想像もつかなかっただろう。

 

「このお酒ってどんなお酒なんですか?」

「では少しお話しさせていただきますね! ラベルの海賊の方ですが、17世紀に実在したヘンリー・モーガンです。キャプテンモルガンのラムは英国やカナダ、南アフリカを主に、その他30カ国で愛されています」

「海賊って海外でも人気なんですね」

「それがですね。ヘンリー・モーガンさんは海賊は海賊でも国益に沿って活動されていたので英雄視されているんです」

 

 そう言われると、何だか気品あるお酒のように感じてくるのだから人間というものは不思議な生き物だと唯は自分の事ながら思う。重量感のあるボトルを見つめていると、ふと唯は気になった事があった。

 

「プライベートストックってどういう意味何ですか?」

「お客様、良いところにお気づきになりましたね」

「秋田です。秋田唯っていいます」

「それでは秋田様、このキャプテンモルガンですが、数種類ございます。まず、スパイスドラム。キャプテンモルガンシリーズの中で最もポピュラーな物です。ドンキホーテなどでもご購入可能かと思いますよ。今飲んでいただいているプライベートストックに味が似ていますね。ただ、少し深みや味わいが弱いかもしれません。続いて、今秋田様が飲んでいるプライベートストックですが、こちらはモルガン家だけで当初楽しむ為に作られた特別で最高級のラムでしたが、現在味わいなどを再現して製品化しています」

 

 最高級のラムを飲んでいたんだという気持ちになり、唯はテンションが上がる反面、これいくらするんだという不安も感じてきた。

 

「あの、マスター……」

「はい、いかがなさいました?」

「最高級って……これ一杯おいくら程するんですか?」

 

 クスりと笑うマスター唯はどっちの意味の微笑みなんだと思ったが、マスターが見せてくれた料金表に安心した。ラム酒は一杯500円から高くても1000円。このキャプテンモルガンプライベートストックは800円。

 

「随分お安いんですね?」

「今、日本はウィスキーブームが静かになり、クラフトジンブームが来ていますが、まだラムブームはそこまで熱くないので、人気が出てきて希少性が高くなってきたら、変わっちゃうかもしれませんね」

 

 悪戯っぽく微笑むマスターに唯もあははと笑って、空になったグラスを見て、二杯目を注文。

 

「あの、このボトルって買う事ってできますか? ボトルキープ的な?」

「えぇ! 大丈夫ですよ! 意外と当店ではボトルキープされる方いらっしゃるんです! ほら、あちら、タンカレーのNo.10や芋焼酎の魔王。レミーマルタンのVSOP。あれらは当店の常連さんが入れているボトルですね。では秋田様、改めて唯さんもそのお仲間ですね!」

 

 タクシーを呼んでもらいタクシーが到着するまでの時間、ゆっくりとキャプテンモルガンプライベートストックを楽しみ、唯はタクシーに乗る頃にはこの店の大ファンになっていた。お見送りしてくれたマスターに手を振って、次はいつ行こうかなと“Bar Bacchus“に来店する夢を見て家路についた。

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