第5話 ビアマグのサントリー・プレミアムモルツ・香るエール

 スーパームーンだとかブルームーンだとか昨今色々な呼ばれ方がしているこんな月が近くに感じられる日は犯罪が多くなるという都市伝説があったりする。  


 が、大きく、美しい月を見ていると人は気分が高揚するのかもしれない。普段は大衆居酒屋でまともに洗っているのか分からないサーバーのビールをアルバイトが注いで持ってくる物に満足し、味付けの濃いオツマミを二、三頼んで帰る事がルーチンだった。新人雑誌編集者の秋田唯あききたゆいはちょっとした仕事のミスにクヨクヨしていたが、歩いていた先にポツンと出された看板を見て“Bar Bacchus“に足を運んだ。

 

「いらっしゃいませ! “Bar Bacchus“へようこそ。どうぞお好きな席へ」

「あの……勢いで来ちゃったんですが、こういうお店、初めてでして、ははっ」

「当店がお客様のバー初体験ですね! 大変光栄です」

 

 そう言ってわざとらしくマスターは胸に手を当ててお出迎えのポーズ。唯は少しだけ安心するとマスターの案内されたマスターが目の前にいる席に座る。

 

「お飲み物はお決まりですか?」

「普段、ビールか酎ハイしか飲まないので……」

「では一杯目は喉も渇かれているでしょうし、ビールなんていかがですか?」


 そういえばバーでもビールは飲めるんだったなと唯は、マスターに尋ねてみる事にした。バーで出すビールってどんな種類なのか?

 

「どんなビールがあるんですか?」

「当店でご用意しているサーバーの生ビールはプレミアムモルツの香るエールでございます。ただ、瓶や缶で宜しければ、一般的によく見られる銘柄から日本全国のクラフトビール。そして世界各国のビールもご用意していますよ」

 

 お酒の話になるとグイグイくるマスターだなと唯は少し苦笑しながら、「じゃあ、香るエールいただけますか?」

「かしこまりました」

 

 ガラスのグラスジョッキで出される物だと思っていたが、陶器のビアマグでマスターは唯に香るエールを差し出した。可愛いサメの絵が描かれている。少し歩いて喉も乾いていたので、


「いただきます!」

 

 唯はビールを口につけて驚いた。フルーティーなプレモルの香るエール、クリーミーな泡とスッキリとした味わい。口にした時、ジュっと炭酸が弾け、鼻腔から香りが抜けていく。一口飲んでビアマグをコトンと質のいいテーブルにおく。今までとりあえずビール、で飲んでいた物を五感で楽しんでいる。

 

「わー! このビールなんでこんなに美味しいんですか? マスターの入れ方が上手だからですか?」

 

 唯の質問にマスターは微笑のまま、

 

「ビールの専門店などもそうですが、ビールサーバーのメンテナンスをしっかりしているという事と、注ぎ方も確かに重要なファクターですが、今お客様」

「秋田です。秋田唯です」

「ありがとうございます。秋田さんが飲まれたビールの味、限りなく近い物をご自宅でも再現できますよ。それが、今お出ししているビアマグになります。容器に極小の穴があり、ビールを注ぐとその穴から空気が混ざり今飲んで頂いたきめ細かい泡になります。少しお疲れのようでしたから普段のジョッキではなく、こちらビアマグを使わせていただきました」

 

 初めて入店した唯の事を瞬時にマスターは予測してこのおもてなし、なんなら本来は店に通って欲しいところだが、今飲んだビールの簡単な再現まで教えてくれた。唯は無性にさっきまでクヨクヨしていた事が馬鹿馬鹿しくなってきた。

 

「マスター、こういうお店ってカクテルとか強いお酒飲むんですよね?」

「イメージとしてはそうですね。ですが、当店のお客様の中にはビールを一、二杯飲んで帰られる方や、焼酎をキープされている方なんかもいらっしゃいますよ。もちろん、私としてはカクテルや、各種スピリッツのお話なんかをさせていただければ嬉しいですけどね」

 

 そう言ってウィンクする。イケメン女子だなと唯はマスターを見ながら苦笑する。

 

「プレミアムモルツの香るエールがこんなに美味しかったなんて知りませんでした」

「こちらはサントリーさんがジャパニーズエールシリーズとしていくつか展開されている看板商品です。元来、海外のエールの飲み方はエールそのものを楽しむ文化がございます。ですが、日本ではビールはお酒のお共である事が多いですからね! お食事に合うエールをというのが根本の考えなんです。シーサイドエールや芳香エールなど、種類も出ていますが、私も初めてこの香るエールを飲んだ時には驚きました。なんと、立ち食い蕎麦屋さんみたいなお店で出されていたんですよ!」

 

 子供みたいに嬉しそうに語るマスター、入店した時は微笑のままだったのに、家族や恋人でも語るようにお酒の蘊蓄や経験を話してくれる。そんな話を聞いていいると普段何気なしに口にしていたビールが妙に愛おしくすら思えた。

 

「あっ、飲み終えちゃった」

 

 同じ物のおかわりでもいいんだけど、せっかくバーに来た。カクテルでも頼もうか? ここは少し背伸びをしようと唯は決める。

 とはいえ、ウィスキーやらの事も全然知らないし、

 

「マスターおすすめの強いお酒ってありますか?」

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