第11話

 その間俺は、一人で教室にいるしかない。だから、いつも誰もいない教室で、自作したラジコンを改造して遊んでいた。配線やモーターが丸出しの無残なラジコンだったが、教室内で走らせたりしてたんだ。




 俺が二年生の頃、事件が起こった。それは、当時の学級委員長が学級会で急に手を挙げたことが発端だった。


 委員長は皆に語った。『儀保君が休み時間にいつも一人でいるが、それでは儀保君がかわいそうだから儀保君も含めた皆で遊べる遊びを考案すべきではないでしょうか』


 俺はその言葉に戦慄した。一人でラジコンをいじるのが心から好きだったし、馬鹿共の遊びの輪に入りたいなんて一瞬たりとも思ったことがない。それを、俺がまるで惨めで救済が必要な存在であるかのように見なして主張する。俺はそんな委員長の独善的な行動に吐き気を催すほどの怒りを覚えたんだ」


 そして、気づくと儀保の口からはすらすら言葉が流れ出ていたという。それは、


 さっきから聞いてりゃ馬鹿女、公衆の面前で偽善を振りかざして気持ちの悪い自慰行為を公然と行いやがって反吐が出るんだよ。

 俺がいつお前みたいな低能の仲間に入れてくれなんて頼んだんだタコ。当の俺が言ってもいないことを、お前の極度に貧困な想像力で勝手に捏造して、そのグロテスクな虚構に気持ちよく酔ってるんじゃねぇ。

 だいたいお前みたいなやつは普段から、幼稚なクラスの仲間達を私が正しい方に導いてあげないとみたいな、それ自体一番幼稚で反吐が出る使命感に駆られて馬鹿なことを頻繁に口走っているが、そういうお前こそクラスの連中から一番に冷笑されてるんだよ。

 ちょっとは自己批判能力を磨いて出直して来やがれクソアマ。


 といった内容の罵詈雑言だった。


「それだけでは終わらなかったんだ。委員長への悪口を言い終わると、俺の視界に、普段からクラスの中心的な雰囲気を出している連中が飛び込んできた。俺はお互いに顔を見合わせて笑いあっている奴らに、

 

 おい、そこで笑ってるド低能のゴミども。自分たちは牙を剝かれることはないとでも高をくくっていたのか。

 そんなわけあるか馬鹿。複数人でヘラヘラ笑いあうことしかできないお前ら。マスを掻いてその汚い手で髪の毛をいじくり倒す性欲に支配された豚共。お前らのやりとりを眺めているくらいなら、排泄物でも眺めている方がせいぜいましだ。

 人生に一度でも何か物事を真剣に考えたという経験はないのか。という俺の言葉も真剣に受け取らず、仲間内でへらへら笑って誤魔化すんだろ弱虫が。


 と言葉を投げかけた。


 その次に俺はクラスの隅に固まっている男子たちに怒りの矛先を向けていった。なぜなら、そいつらの、俺達は依然安全圏にいるみたいな顔がムカついたからだ。


 おいそこのオタク共。学習能力のない猿が。

 クラスの中心の連中たちに食って掛かったからって、俺がお前らの味方だとでも誤認したかクズ共。

 いつも周りの目に怯えて膝を突き合わせているお前ら。本当は運動なんてしたくないくせに、周りの目に怯えて毎日グラウンドへ歩いていく惨めな存在。

 自分の意志の主張もできないような軟弱野郎共の味方になんて誰がなるか。薄汚いマザーファッカ―共が」


 僕は軽く引いた。なんでそんなことを言うのだろう。


 儀保は話を続ける。


「その翌日から俺はクラスで孤立した。


 アルミ製の卓上収納ボックスを解体して作成したシャーシに、トイラジコンを分解して得た電波送受信部とタイヤ、モバイルバッテリーを改造して製作したRC用リチウムバッテリー、卓上扇風機から取り出して改造したモーター、爪切りやフライ返し、プラモデルから取り出した部品にコーナンで買ったパーツを組み合わせて作ったステアリング機構。


 それらを理科室から盗んだ銅線で接続して、はんだ付けした。


 そうして完成した俺のラジコンは、決して裏切らない俺だけの友達だった。俺は一つの改良が終わる度、教室内の机や椅子の支柱を縫ってラジコンを走らせた。その中に自分が乗って自由自在にハンドルを切る姿を想像しながら。


 俺を取り巻く状況は、あの日以来、がらりと変わり、教室は悪意に満ちた沈黙に満ちて、いつでも耳を澄ますとどこからか俺の悪口が聞こえる。


 孤独には慣れていたが、そんな風に皆から嫌われて孤立するのは初めての経験だ。俺はつらい現実を忘れるためラジコンにのめりこんだ。ラジコンに新たな改良を施すたび、ますます人と向き合う意欲を失った」


「俺が阿弥田と出会ったのはそんなときだった。陸上部で長距離のエースだったあいつは二年になったころ何の前触れもなく陸上部をやめ、代わりに競歩部という得体の知れない団体を作った。


 同学年の皆がその事実に当惑した。あいつはみんなの人気者だったからだ。すぐに阿弥田の奇行の原因は新しく入ってきた一年の女子、佐野歩美という女だと知れ渡った。


 噂はすぐに校内に広がった。柴犬の無実を晴らすために地域中を訪問して、犬の唾液を摂取して回った頭のおかしい女。そんな女に尽くすために陸上部を退部した元エースの阿弥田。噂をされないわけがない。


 ある日の昼休み、俺がいつものように一人でラジコンのステアリング機構を分解して組みなおしていると、渦中の阿弥田が、突然教室に入ってきた。


 教室に入ってきた阿弥田は、手に大量のビラを抱えていた。


 それが競歩部勧誘のビラだと、俺は噂と照合してすぐに気づいた。


 じき教室から出て行くだろうと俺は思った。教室に車椅子の俺しかいないんじゃ競歩部の勧誘のしようがないはずだ。


 だが意外にも、教室に入ってきた阿弥田は、俺が弄んでいたラジコンに気づき、こちらに近づいてきた。そして何を言うかと思えば、


『もしかしてそのステアリングのジョイント部分って、ガンプラの肩に使うやつじゃないか? 肩関節を流用してボールジョイント式にすることで方向転換をスムーズにしてるのか。よく考えてあるな』


 そんなことを言ったのだった。


 あの当時、自作ラジコンの構造についてそんなふうに語れる中学生は、俺か阿弥田くらいだっただろう。気づくと、ユニバーサルジョイントは摩擦が大きすぎて、使ってるサーボの出力ではスムーズに動かせなかったから、苦肉の策でガンプラの部品を使っただけだ、そんなことをつい俺は話していた。


 そうしてしばらくラジコン談義を交わしたあと、思いがけず、阿弥田は手に持ったビラを俺に渡してきたのだった。


『部員三人いないと部活動として申請できないんだ。最初は陸上部の一部門として活動しようとしたけど、却下されて困ってる。よかったら入ってくれないか。名前貸すだけでもいいから』


 などという阿弥田に、俺は思わず笑い出しそうになった。こいつは俺の脚が見えていないのだろうか。歩けない男が競歩部に入ってどうするのだろう。


 だが阿弥田はそれを見ても軽く笑うだけだった。

 

 結局俺は競歩部に入った。それからよく阿弥田や歩美が河川敷に歩きに行くのについていった。俺は初めて、学校に自分の居場所を見つけられたような気がしたんだ。


 高校に入った俺は無線部にはいって、阿弥田や歩美とは違う道を行くことになった。だがいまでもあの時のことは忘れていない。何でもないような顔をして俺にビラを差し出してくれたあのころからずっと」


 阿弥田が戻ってきたのはそれから一時間くらい後だった。満足そうに尻尾を振る太郎を連れて戻ってくると、オフィスチェアに腰かけた僕の足元に目線を落としてにっこり微笑んだ。


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