第331話 緊急登板
「ええ!?首を寝違えた!?」
「本人には部屋で安静にするよう言うとる。問題は、誰を先発にするかやな」
「……優紀ちゃんでも良いけど、3回戦から間があまり空いてない準々決勝で投げさせて、決勝でも投げるローテにするぐらいなら………」
「……まあ、あいつしかいないわな」
準々決勝当日、島谷さんが首を寝違えたせいで満足な投球ができないとのことで、急遽先発を代えることになった。島谷さん本人は相当落ち込んでいるみたいだけど、こういうことがあるのは仕方ない。昨年の夏の甲子園で大阪桐正の5番を打っていた大村さんも、湘東学園との試合日当日に寝違えたせいで背中を痛め、全打席ノーヒットだったからね。あの試合、大村さんの打席は6打席ぐらいあったのに。
野球に怪我は付き物だけど、こういう怪我もあるから身体には細心の注意を払わないといけない。投手とか、特に普段の行動から気を付けないといけないからね。湘東学園の怪我は今まで、優紀ちゃんの肩へのデッドボールや詩野ちゃんのクロスプレー交錯、北条さんの半月板損傷や本城さんの脇腹肉離れなど、わりと多い印象を受けるけどこれでも少ない方。
……いやでも爪割れとか細かい怪我は数えればキリがないし、やっぱり野球は怪我の多いスポーツなんだと思う。アキレス腱断裂とか重い怪我をした子はまだいないけど、時間の問題かな。
寝違えたせいで投げれないのはとても悔しいだろうけど、島谷さんはまだ2年生。どうせ明日か明後日には治っているだろうし、大人しくするよう声をかける。……そういえば、風呂場で転んで怪我したのも島谷さんか。練習や試合での怪我はないのに、日常生活の方で怪我をするのは不運なのかもしれない。
そして御影監督と相談した結果、今日の先発は1年生の中で唯一1軍に入っている番匠さんに決める。今日は宮守さんの継投は確実に起こるとして、私がロングリリーフをすることにもなるかもしれない。何せ今日の対戦相手は、春の関東大会でも当たった咲進学園だ。その時の先発も、番匠さん。
相手の先発も川江さんで、あの試合の再現になっている。番匠さんもあの時から成長したとはいえ、甲子園初マウンドは緊張するはず。一方の川江さんは、1回戦から投げているからかもう慣れているね。
1番 二塁手 木南聖
2番 左翼手 伊藤真凡
3番 三塁手 実松奏音
4番 一塁手 江渕智賀
5番 中堅手 勝本光月
6番 右翼手 高谷俊江
7番 遊撃手 水江麻樹
8番 捕手 梅村詩野
9番 投手 番匠留佳
1回表の湘東学園の攻撃は、ひじりんから。初球、ひじりんが川江さんのノビのあるストレートをカットすると、その球速は川江さんの自己最速の135キロ。あれが低めに制球されているのを見るに、2年生世代では間違いなくトップクラスだね。何なら宝徳学園のエース真弘ちゃんに迫るものがあるよ。
2球目のカーブをひじりんは流して、上手く三遊間を抜く。ノーアウトランナー1塁になると、真凡ちゃんがサード正面へのゴロを打ち、これが進塁打に。ワンナウトランナー2塁になって、私の打席は、流石に敬遠だ。しかしこれが今甲子園初敬遠ということで、地割れのような野次やブーイングが川江さんを襲う。……最後の夏、もうこの野次を味方に付けない選択肢はない。
あえて打席の端に立ち、本当にバットを軽く持って不貞腐れ気味な態度を見せる。そして外へ大きく外れたボールを見た後、2球の空振りをした。
カウント1-2。もしも私が普通の強打者なら、勝負が再開される可能性は十分にある、未だに打席の端に立っているし、打つ気は極力抑えている。でも、こんなことで勝負されるなら、私は最初から勝負されていると思うし、満塁敬遠なんてきっとなかった。
……そこから3球、外のボール球が続いてフォアボール。5番の智賀ちゃんは鋭い打球で一二塁間を破ったけど、良い当たり過ぎてひじりんは本塁へ還れず。ワンナウトランナー満塁。
6番の光月ちゃんは、このチャンスで打ち上げる。しかしながら、飛距離は犠牲フライとして十分。ライトへの大きな当たりによって、ひじりんはホームに還って先制点。私も3塁まで進んで、ツーアウトランナー1塁3塁。
ここで2回戦3回戦と絶好調だった水江さんに打席が回るけど、カーブを打ち損じてショートゴロ。結局この回は、1点だけだね。1対0と1点リードで迎えた1回裏のマウンドには、寝違えて泣き寝入りしている島谷さんの代わりに番匠さんが立つ。せっかくだから、声をかけようかな。
「1年生の夏に、甲子園のマウンドに立てる者は限りなく少ないよ。そのチャンスを与えて貰える実力があるんだから、自信を持って投げ込んでね」
「うす」
今日の気温は、37度と極めて熱い。まだ本格的な投球練習もしていないのに汗を掻いている番匠さんは、それが蒸発しているのか湯気みたいなものが出ているけど、闘志みたいに見えるね。
春季関東大会では、関東中にその怪物ぶりを知らしめた番匠さんは、今回もその怪物ぶりを世に知らしめるはず。初球、番匠さんが投げた球は135キロ。相手校の先発、川江さんの最高球速と同じだ。
そしてその135キロの球は、吸い込まれるようにして咲進学園の1番、2年生遊撃手の石居(いしい)さんの太ももに当てる。……まあ、頭の方に行かなくて良かったというか、ごめんなさいとしか言えない。
幸いなことに石居さんの反射神経が良く、全反射しなかったから大事には至ってなさそうだけど、番匠さんは頭を下げて謝る。うん、こういうところはちゃんと出来るんだから普段から礼儀正しくしてほしい。そして1球ぶつけた後は四球を出してノーアウトランナー1塁2塁のピンチでクリーンナップを迎える。
立ち上がりのコントロールの悪さに加えて、甲子園のマウンドに苦しんでいるのかなと思ったら、そこから3番4番を連続三振に打ち取る番匠さん。5番には再度フォアボールを与え、ノーヒットなのにツーアウト満塁というピンチを迎えるけど、6番をファーストゴロに打ち取って何とか無失点に切り抜けた。
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