第332話 エースとして
初回こそ満塁のピンチを迎えてしまった番匠さんは、その後も四球やヒットでランナーは出すものの何とか本塁を踏ませず、2回3回を無失点に抑える。一方の川江さんも、強力な湘東学園打線を何とか躱すピッチングで、2回3回ともに最少失点の1点に抑える。4回表を迎えて、試合は3対0と湘東学園リードだ。
「ふう……」
「ナイスピッチ。咲進学園相手に3回無失点は上出来過ぎるね。
あと1イニングお願いね」
「……はい!」
先頭バッターに死球を当てた後、3イニングで3四球だからやっぱりコントロールは悪い。3イニングで4四死球ということだからね。でも今大会でも前評判ではコントロールの良かったピッチャーが、甲子園という舞台に慣れずに一球もストライクが入らず8四死球とかあったし、番匠さんはメンタル面も十分に強い。
「というかうちの投手陣のコントロールが良すぎるだけなんだけどね。地味に優紀ちゃんとか、死球を与えたことが無いんじゃない?」
「あー、いや私もあった気がするよ?久美ちゃんは間違いなくあったはずだけど」
「はい。私は2度ほどありますね。優紀さんはどちらかというと、死球が当たる方のイメージが強いです」
優紀ちゃんは失投が少ないから、その点でも安定しているピッチャーだ。今の番匠さんが、今後成長して安定感のあるエースになってくれたら嬉しいけど、その道のりは長そうだ。
4回表の攻撃は湘東学園の下位打線から始まって、この試合初めての無得点。川江さんも、来年は相当厄介な投手になっているだろうね。同じ球種で、変化量が違うというのは本当に厄介だし、連打で繋ぎにくい。
でも、この回川江さんは疲れが見え始めた。初めての甲子園の舞台、ここまでも川江さんはかなり投げて来ているし、次の回の上位打線では捉えられるだろうね。
4回裏の咲進学園の攻撃は、湘東学園と同じく7番からの攻撃。まず先頭バッターに四球を与えると、送りバントを決められてワンナウトランナー2塁。ここで川江さんに代打が送られ、1年生が打席に立つ。
……ああ、あの子は不味いね。何となく雰囲気で分かるけど、体付きを見るに小柄ながらかなりしっかりと鍛えていることが分かる。確か名前は、緒方(おがた)さんだったかな。
初球、高めに外された球を見送った緒方さん。続く2球目で、2塁ランナーが走り、緒方さんは打って来る。ヒットエンドランを仕掛けてきて、打球はショート、水江さんの元へ。
……別に水江さんは、深く守っていたわけじゃない。打球もそれなりに速く、それを捌く水江さんはかなり素早く1塁へと転送したけど、緒方さんの走り出しが速くて結果はセーフ。ワンナウトランナー2塁がワンナウトランナー1塁3塁となって、打席には1番の石居さんが入る。
初回はデッドボールだった石居さんは、2打席目にはヒットを打っている。ここで1点を返されると、咲進学園の次の投手次第では苦しくなるかもしれない。詩野ちゃんもそう考えたのか外野も内野も前進させて1点も与えない構えを見せるけど、石居さんは綺麗な流し打ちを見せて1点を返される。130キロのストレートを簡単に打ち返せるのは、川江さんがいるからかな。
1点を返された上で、状況はまたしてもワンナウトランナー1塁3塁で、今度は打球が外野へ飛んだ。番匠さんの暴れ球は相手のパワーに押し勝ってはいたけど、3塁ランナーは俊足を見せた緒方さん。犠牲フライとして、飛距離は十分だった。
2点を返され、3対2となったところで続くバッターを三振に打ち取り、何とか凌いだ番匠さんは、この回まででマウンドを降りる。1年生で、咲進学園相手に4回2失点なら上々だけど、たぶん番匠さん自身は納得していない。
次の5回裏は宮守さんで凌いで、6回裏からは私がマウンドに立つ予定だ。その前に5回表の攻撃で、点を取らないといけない。1点差まで詰め寄られているから、ワンチャンスでひっくり返ってしまう。まあでも咲進学園に、川江さん以上の投手が残ってないのははっきりと分かっているから気が楽だ。
5回表、この回の先頭バッターのひじりんが素振りをしていると、向こうのベンチからまた小さい子が出て来る。1年生の越智(おち)二美(ふみ)さんだ。……投手の越智(おち) 二美(ふみ)さんと内野手の越智(おち)満利子(まりこ)さんの双子コンビは、強豪名古屋ガールズで超有名だった。湘東学園も声をかけたけど、それを断った双子だ。
特に満利子さんは大砲タイプだったから欲しかったなと思い出しつつ、二美さんを見つめる。最速124キロと球速は1年にしては速い方だけど、甲子園に出て来る投手としてはさほど速くない。しかし恐ろしくコントロールが良く、内角低めギリギリに制球したストレートを投げた後に外角高めに決める高速シュートを投げたり出来る。このコントロールが良いと言うのは、成長したらとても厄介だろうね。
……まあでも、凄いとは言っても1年生。満利子さんは代打でも出てこなかったし、二美さんも打ち崩せないピッチャーじゃない。案の定、うちの1番2番コンビがストレートを狙い打ちしてノーアウトランナー1塁2塁で私に打順を回す。表で1点差に追い迫った裏の守備で、点は取られたくないだろうけど、ここでも敬遠を選択するのかな?
そう思っていたら、勝負してくれるようなので遠慮なくバックスクリーンに運ぶ。続く智賀ちゃんもツーベースヒットを打って、後続で1点を毟り取り、試合は7対2で5回裏を迎えた。
5回裏のマウンドには、宮守さんが立つ。出番こそ少ないけど、間違いなく湘東学園の中継ぎエースは宮守さんだ。
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